光る朝
剣は、奴の首を断ち切った。
奴の首元からは血が溢れ、身体を伝い、地面を黒く濡らしていく。
転がる頭、下がる両腕。
もう二度と立ち上がることは無いだろうと誰もが確信するその有り様は、僕の瞳にたしかに映る。
紛れもなく、この世界でも明らかな死体。
それをつくった犯人は――。
「ああ、あぁぁぁ。ああああぁぁぁぁ!!!」
亡骸を前に彼女は、言葉を失い、へたりこんだ。
糸の切れた人形のように崩れ、例えそこが土の上であったとしても、彼女は立ち上がることはしない。
そして、誰の呼び声も届かない。
目の前で起こった祖母の死を受け止めることなんてできず、その悲しみと虚しさを声にして、嘆き続ける。
彼女をそうさせた犯人もまた、――僕だ。
僕は確かに、奴を斬った。
肉を削いで、骨に達し、そこで止まりかける剣に力を込め直し、もう一度刃を進ませた。
その時の感触は、嫌というほど手が覚えている。
僕はこの手で、人を殺めた。
例えそれが月の魔物という名の怪物であったとしても、僕は確かな行為として、人を殺めたのだ。
もちろん、正確に言えば初めてでは無い。
僕がこの地に来たあの日、僕は龍を呼んで人を殺した。
エリッサさんが護った範囲の外にいた者は、龍の放った一撃によって、犠牲となった。
龍を使ってとはいえ、間接的にだが僕は人を殺めた経験がある。
なのに、だ。
僕は、自身が殺人鬼である事に、今更強い恐れを抱いてしまっている。
人を殺したという経験を自分の中に杭として刺してこれまで生きてきたというのに、この身は、今がまるで初めてかのように振る舞う。
そんなこと、あっちゃならないというのに。
「あれあれー? 君ぃ、手が震えてるよー? 」
声がした方角は、足元。
その声は、まさか。
「お前……まだ生きて」
「へへっ、安心して。君の認知だと、人間の女の子は首を斬られたら死ぬんでしょ? 大丈夫、私も同じだから。そうでしょ? だって、君がそう代入したんだもん」
何が安心できるのか。
奴は首を斬られ、胴体と分離したというのに、まだ声を発している。
「くそっ、お前っ……」
「もおぉ、そんな目で見ないでよ。ちょっとだけ、お別れの時間をとっただけでしょ? 物騒だなぁ」
さっきまでと相変わらずの顔で笑う奴にとどめを刺すため、もう一度握る剣に力を込める。
油断していた、奴は人の形をしているだけの魔物。
確かに首を跳ねただけじゃ死ななくっても不思議じゃない。
今度こそ、この戦いにケリを!!!
――そう思ったのに、
どうしてか、力が入っていかない。
「はぁ、はぁ……! くそっ……」
「それ以上、自分に無理する必要ないんじゃないかな。私から見ても、君の役目は、充分、果たしたと思うよ」
「黙れ! 」
「かっこよかったね、覚悟決めて私を斬ったの。見直したなぁ……胆力は人並み、いいやそれ以上かも。だって、君、人を殺したんだもん」
「……!!! 」
「あぁ、ごめんごめん、私は人じゃなかったや。でも、そんな反応してくれるって事は、そういう自覚があるって事だよね。どう? 直接手を下すってのはどんな気持ち? 」
続く言葉が聞きたくなくて、怒りのまま、感情に身を任せようとした。
が、それを自分の中の何かが止める。
なんで、なんでだ。
まだ、覚悟が足りないって言うのか。
捨てれる物は捨てたはず、なのにまだ……。
「やっぱり優しいんだよ、君。甘いんじゃなくて、優しい。優しさは人の心だよ。けど、戦場に立つ者には、返ってそれが邪魔になる。私みたいに心が無い奴は、捨てるも何も最初から持ってないから気にせず進めるだろうけど、君みたいな優しい人は、戦場で一歩歩くだけでも、色んなものを捨てなきゃならない。捨てるって、何より辛いでしょ? 君がそれでも戦場に立つって言うなら、予言しちゃう。これから君は、何より苦しい選択を選び続けることになる」
「……!」
「ふふっ。まあ、選べるだけ天国なのかもだけど。問答無用で悲劇をとらざるを得ない場合もあるから。それこそ、あの子みたいに」
奴が目線を送る先。
リナさんは、今もまだ、慟哭を続けたまま。
激しい嘆きを、彼女は全身で叫ぶ。
「何が問答無用の悲劇だ。全部、お前のせいだろうが」
「私だって好きでやってるわけじゃないよ? 」
「お前の意思はどうだっていい。結果として彼女に涙を流させたのは、お前と、僕だ。偶然起きた悲劇なものか、僕らが彼女の心に穴を開けたんだ」
元に戻ることは無い心を、この先彼女は抱えていく。
ひとたび触れれば壊れてしまいそうな、脆く傷だらけになった、その心を。
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日食が終わっても、スクルドの惨状は元には戻らない。
月の魔物が事切れて消え失せた後、僕は真っ先に暁音さんの元へと急いだ。
家に帰っても姿は無く、まさか奴にやられたんじゃといやな妄想が過ったタイミングで、彼女はシナス君を連れて無事に戻ってきた。
彼女たちは図書館に居たそうで、月の魔物の来襲に身を隠していたと。
「こっちに来たら迎撃してやるくらいのつもりでいたんだけど、まさか、悠里くんが仕留めてるなんてね。ほんと、ラストリゾートキラーなんだから」
2人とも怪我らしい怪我は無いようでとりあえず一安心だ。
街の護衛隊への報告はルフローヴさんが向かってくれた。
あと一歩で早馬が出るところだったらしく、寸前で何とか間に合った。
だが、討伐したという証たる奴の死骸が事切れたあとに粒子になり消え失せ、証明ができないということで、指示を仰ぐため、護衛隊は王都への伝達部隊を派遣した。
王都側の判断にもよるが、もしかすればラストリゾート時の作戦続行が下される可能性もあるとの事で、連絡があるまで怯えた日々を過ごすことに。
街の北側、月の魔物の被害を最大限に受けた大通りには、犠牲者への手向けの花束が。
二度と帰ってくることの無い命に、街中の人が深く悲しんだ。
理不尽なまでの殺戮に、安易な慰めは生まれない。
互いが互いの心中を思い、分かち合い、そして泣いた。
愁嘆に包まれる中、それでも人々は前を向き、復興に勤しむ。
沈んだままでいたら顔向けできないと、自分自身にムチを打つように、彼らは励んだ。
僕はそこに、紛れもない人の強さを感じた。
強さを感じた先は、もう一人。
「久しぶりユーリ」
「メアさん、買い物ですか」
「まあ、そんなとこ。そっちは」
「人を見てまわってるんです」
「ふふっ、何それ? 相変わらず変な奴」
笑顔を見せるメアさんは、以前よりもトゲが無くなった気がする。
まだ口が悪いところはあるのだけれど、なんというか、しっかり、前を向いて生きてる、そんな気がする。
「今、リナさんは」
「部屋にいるよ。最近は窓を開けたら目は覚ましてくれるようになって。ご飯も少しずつ食べてくれてる」
「そう、ですか……」
「なぁ、暗い顔するなよ。小さいかもだけど、リナ姉もちゃんと前に進んでる。私も負けてられないな」
「じゃあ先がつかえてるから」と、彼女は進む。
「あっそうだ、言い忘れてた。
ありがと、ユーリ。
たぶん世界で3番目くらいに、愛してる」




