全部背負うから
僕の剣は再び落ちた。
音を鳴らし、地面にカランと。
「何をやっているんだ!!! そいつは、月の魔物!!!お前も散々みただろう。人を弄び、食うだけのケダモノ、そいつに人の心なんかあっちゃいない。騙されるな! 」
「そう、だとしても……! 今のあいつは、紛れもなくリナさんのおばあちゃんなんです」
「それがどうした!!! そのまま奴を放って置けば、みんな焼け死ぬんだぞ」
「分かってます! けど……!!! 」
剣を踏みつけ、僕は言う。
「一人でも犠牲が出るなら、僕にはまだ、できません」
一瞬の静寂の後、
「ユーリ、お前!!! 」
と、リナさんを押さえながらルフローヴさんは声を荒らげる。
「ごめんなさいルフローヴさん。でも、僕には切れないんです。例え犠牲が1人でも、切り捨てるなんて僕には、そんな決断、できないです……! 」
自分でも、正しくない選択なのは分かってる。
でも、たったリナさん一人だったとして、彼女が受ける心の傷を、一体誰が受け止めると言うんだ。
いくら少数だからって無下にするなんて、そんなの神様と同じじゃないか……。
全て転移者自身の責任だ、なんて言い切った神様と。
場は完全に膠着した。
「いいか、ユーリ。今この場でそいつを倒せるのはお前しかいないんだ。悔しいが、俺じゃあ奴の間合いに入れる気すらしない。分かったか、この場にいる全員の、この街に住む全ての人の命をお前は背負ってるんだ」
「分かってる、つもりです」
「なら、その上でお前はそんなことを言ってるんだな」
「……はい」
背を向いたまま、僕は答えた。
「いいかユーリ! この街に入った瞬間から、俺たちは選択をしなきゃならない立場なんだ! 温いことを言ってる場合じゃない! 小の犠牲で多を救えるなら、迷わず選べ。それは、限りなく必要な犠牲だ!!! 」
その言葉に、僕は簡単には返事ができない。
彼だって、月の魔物に大切な人を奪われてる。
そんな彼が、自分の大切な人たちを必要な犠牲だと言い切るまでどんな苦労があったか、僕には計り知れない。
彼だって、救えるものなら救いたい思っているはずだ。
孤児院の子供たちを真っ先に逃がしたのもそう。
きっと、感情を押し殺して僕に声をかけているんだ。
「でも……僕にはできません! 」
ひとえに、僕が弱いからだ。
彼女のことを思うふりして、ただ責任を負うだけの自信が無いからだ。
いつか奴が言ったように、僕は選べない。
何かを犠牲に何かを得るというのは、できやしない。
戦場に立つべきじゃないのかもしれない。
それでも、これが間違いだとは思えない。
「ユーリ。このままどうするつもりだ」
「僕が、こいつを抑え続けます。何か、状況が変わるまで」
――――――――――――――――――――――――
お兄、私どうしたらいいかな。
この場所にいて、私だけが蚊帳の外。
それが何より苦しいの。
「僕が、こいつを抑え続けます。何か、状況が変わるまで」
ユーリは、きっとリナ姉を思ってくれてるんだ。
あのバケモノ、あいつがリナ姉のおばあちゃん……。
分からないけど、そうなんだって。
リナ姉とおばあちゃん、二人はすごく仲良しで、親代わりで友達代わり。
私でも二人の間に割って入るなんてできなくて、それくらい硬い絆で結ばれてる。
こんなこと言ったらお兄は怒るだろうけど、きっと私とお兄みたいな関係性なんだと思う。
もしも、現れたのがリナ姉のおばあちゃんじゃなくて、お兄だったら。
私、どうしてたのかな。
また会えるなんて思ってなくて、いっぱい喋りかけてたかな。
ハグして、頭撫でてもらって、それからそれから……
リナ姉に、止められてたんだろうな。
きっと暴れて、泣き崩れて、今のリナ姉よりずっと酷く取り乱したと思う。
先に行っちゃった人たちには、分からないかもだけど、残された方って結構辛いんだよ……?
色々溜まるものがあって、降り積って、時々爆発しそうになるけれど、それでもあなた達はいない。
どれだけ辛いか、きっと一生かかっても治らない病。
治療法も特効薬もない、自然治癒なんてもっとできるはずがない。
そんな中でも生きていかなくちゃならない。
お兄が居なくなってから、世界は暗く、澱んで見えた。
それを支えてくれたのは、紛れもないリナ姉。
だからね、今度は私が支える番だ。
今までリナ姉に背負わせてきたツケを、今度は私が背負う番。
例えリナ姉が暗く澱んで、私より深く沈んでしまっても、私が、代わりに背負うから。
「ユーリ、斬って」
リナ姉が、世界はこんなに綺麗なんだって思えるまで。
「私が、全部背負うから」
――――――――――――――――――――――――――
僕は奴を向いたまま、剣を拾う。
「ユーリ、まさか」
「ええ、状況が変わったんです」
付いた砂を払い、剣を向けると、奴も察したようで。
「言っとくけど私、タダで死ぬ気は無いからね。こんなのだけど一応月の魔物だし、多くの人が巻き添いになるラストリゾート? を狙って避け続けるつもりだから」
「そうはさせるか! 」
全速力で駆けて、奴の首を狙う。
「やめて!!! 」
攻撃を再開したことにより、リナさんの悲鳴じみた声も再び響く。
だが、それでも今はこいつをっ!!!
「さっきより、鋭いなぁ! あぁもう! 」
余裕が無いのはお互い様だ。
神の御業の如く避け続ける奴にどうにか攻撃を当てる必要がある。
チャンスは一回、確実に仕留めきれるタイミングで。
「やめてやめてってねぇ離してって!!! ねぇ嫌だ嫌だ嫌だ! お兄さん退いて! そいつ殺せない!!!!! 」
例えどれだけ怨みを買おうとも、覚悟は、もう!!!
「代償変換! 」
「見え見えだって!!! って、脚か――」
手に持っていた剣を代償に、蹴りの威力を最大限に。
想定外の不意打ちを食らった奴は吹っ飛び、丘の柵に頭を打つ。
「ルフローヴさん、剣を!!! 」
リナさんの拘束をとき、彼は腰に提げた剣の一本を僕に投げる。
それと同時に彼女は、駆けた。
僕を取り押さえるべく、僕に向かって、全速力で。
怒りと憎しみに満ちた彼女の表情の向かう先はただ一人。
何より大切な祖母を痛め付ける、僕に。
姿勢はくずれ、足はもつれる。
けれど歩みは決して止めない。
泥が跳ね、衣服につこうとも今の彼女には関係無い事。
獣とも言える野生をむき出しにした様で、手を伸ばす。
全ては、奴を、僕を止めるため。
あと一歩、もう少しで手が届く――
だが、それ以上に早く、投げられた剣は僕の手元へ。
「あぁ……ああああぁぁぁぁ!!! 」
彼女の崩れゆく表情を最後に、僕の目は奴の方へ向き直す。
既に決まりきった決着。
自然と加速する魂動に目を背け、僕は剣を振る。
「くそっ、ああああぁぁぁぁ!!! 」
舞う血液が僕に返り、この戦場に終わりを告げた。




