月の魔物
街の北側、門をくぐってすぐの光景はまるで地獄だ。
まだ自然の残るこの場所は、今は葉の色が血で染まり、おぞましい景色に。
老若男女、見境なく手当り次第に襲われた彼らは、みんな等しく死体と化している。
「孤児院……!まさかっ…… 」
北門をくぐってすぐの所にある孤児院。
そこは、いつも暁音さんが手伝いに行っている場所だ。
「暁音さん!!! 」
扉を開け真っ先に駆けるも、そこに彼女の姿は無い。
あったのは数名、少年少女が怯え隠れているだけ。
「ねぇ、話せる? 」
僕は彼らに問いかける。
が、今は話せるような状況ではないらしい。
それもそうだろう。
だって彼らは、僕だって見た事がない光景をその目に写してしまったのだから。
入口には一人、形の変わった女性の姿。
きっと、彼らを庇ってのことだろう。
くそっ。なんでだってそんな人が亡くならなけりゃならない。
「ルフローヴさん! 生き残りがいます」
「そうか……。ユーリ、その子ら、俺たちが乗ってきた馬車に乗せろ! 彼らだけなら逃がせるかもしれない」
「でもそれは根本の解決には……! 」
「覚悟決めろユーリ! 奴が来ちまった以上、取捨選択をするしかないんだ! 」
ルフローヴさんの熱意に流されるまま、僕と彼は、その子らを馬車に乗せる。
怯えながらも素直に言うことを聞いてくれた彼らは、惨状に目を逸らしながら何とか乗り込んだ。
「俺たちも乗るぞユーリ! 」
え……?
「何言ってるんですルフローヴさん。まだ安否が! 」
「バカをいえ。踏み込みすぎれば俺たちだって助からないぞ!!! 」
「でも!!! 」
「ラストリゾートは止められないんだ、このままずっとここにいれば、みんな揃って焼き討ちだ! 」
ルフローヴさんの判断は、おそらく正しい。
ラストリゾートが発令されてしまったなら、生き残るには、一刻も早くこの街から離れなければならない。
さもなければ、近隣の街から兵が放たれ、街ごと焼き払われるからだ。
「街に奴が出たという情報は、早馬に乗って直に王都に伝わる。その時点で近隣の村まで避難できなければ、俺たちだって助からないんだぞ」
そうだ。彼の言うとおり、ここで避難できなければ僕らだって大丈夫じゃない。
けれど、それはこの街を、暁音さんたちを見捨てるという事。
そんなの、できるはずが……。
悩んだ末に、出した結論。
「王都への最短ルートはさっき通ってきた道、ですよね」
「ああ」
「その間すれ違った馬車は」
「ゼロ、だが……」
それが意味することはつまり、早馬はまだ出ていないということ。
なら、まだ、間に合う方法が一つだけ。
「まさか……! 」
「ええ。早馬より早く、僕が、奴を倒せばいい」
「正気か!? 」
「こんな状況下で、冗談言えるはずがないでしょう」
見捨てる覚悟はできないけれど、挑む覚悟は既に決まった。
一張羅の上着を脱いで、代償の力で変化させる。
護身用の剣。
これだけ立派なものが出来れば、ある程度は戦える。
「お前は知らないんだ。だからそんなことが言える」
「そうですね。でも、ここで見捨てるって選択肢は、僕にありません」
「ちっ……考えろユーリ。相手は三厄災、エリッサさんだって今はいないんだぞ」
「……でも、勝算はあります」
この世界に来る前、あの神様から言われた言葉。
『魔物なら、人を襲う無難なものから、三厄災って、向こうじゃ区分してる恐ろしいのまで。物騒に聞こえるけど、大丈夫、君にあげるスキルなら一網打尽も余裕だよ』
相手がどんな奴なのかは分からないが、あの人の言葉を信用するなら、勝機はある、はず。
「……くそっ。おいおっさん、王都まで出してくれないか。この子ら頼む。向こうに着いたら、直属護衛隊のエリッサって人に、事情を伝えてくれ」
伝言を頼むと、馬車は僕とルフローヴさんを置いて、来た道を戻って行った。
もう、後には引けない。
「ほんとに良かったんですか。ルフローヴさん行かなくて」
「言っただろ、お前を助けられる位置に俺は必ず居るって。それに、俺にも家族がいる。お前が行くなら、行くしかないだろう」
僕らは意を決し、もう一度、門をくぐった。
「よし、行くか」




