日蝕
この曇り空は、まるで僕の心のようだった。
「ユーリ。朝飯はいいのか」
「いいです。昨日たくさん食べたので」
「……なら、もう出るぞ。スクルド行きの馬車はこれを逃すと5時間後になる。その様子だと、王都観光する気もないだろうからな」
ルフローヴさんに急かされて、急いで準備を済ませる。
来た時は楽園かと思ったこの部屋も、一泊してしまうとどうも自宅のような気になってしまう。
できることならもう一眠りと、心の中の僕は喚いているが、馬車の時間が迫っているのだ、それどころでは無い。
チェックアウトを済ませ、街へ出る。
昨日と変わらず王都は賑わいをみせているが、それはもう既知の情報だ、興味をそそられはしない。
遠くに見えるはアルティミア王城。
来た時はあの迫力に驚いたはずだが、今はなんだか萎んで見えた。
少しの名残惜しさを感じながらも、僕らは馬車に乗り込み、王都を後に。
小さくなっていく街の外壁をぼーっと見守る。
その間、妙な焦燥がやまないのはどうしてだろう。
「お土産、買い忘れたからかな」
「なんだ、戻るか? 」
「いや、大丈夫です。多分、余計なもの買っていった方が怒られると思うので」
「そうか。嫁さん、怖いんだな」
「そういう関係じゃあないですよ」
肘でつつかれ、薄ら笑いを浮かべる僕。
その間も、心ここに在らずといった具合だ。
何が原因。昨晩の出来事を引きずっているのだろうか。
「なあ、ユーリ。昨日のことは聞いてもいいのか」
昨日のこと。それが何を指すのかと言われれば、間違いなく。
「王様の胸ぐら掴んだこと、ですよね」
僕からしてみれば知り合い同士の口論の延長線でああなったのだが、関係の無い人たちからすると、いきなり王様にガンを飛ばして掴みかかったわけだから、どういう事なのか聞かずにはいられないだろう。
果たしてどう説明したものか。
「……突然ですけど、僕と王様が元々知り合い同士だったって言ったら、信じますか」
「まあ、信じられないわな」
「ですよね……。でも、それ以外に説明のしようがないんです」
何がどうして神様が、王に。
そこの謎は今も謎のまま。
僕にしてもそこの説明はできないまま。
「まあでも、あの王様も素性が不明だからな」
「えっ……? 」
「だいたい10年くらい前だったか、急に王が変わったんだよ。先代の王女様が突然連れてきて、次の王はこの人にするって」
「血の繋がりとかは……? 」
「分からないよ」
「そんなんでいいんですか」
「初めは良くなかったさ。でも、あの人の人柄と功績は、国中の人を認めさせた。誰より国のために尽くしているって、みんなが折れた」
「それで、王様に……」
「もちろん納得できない奴らもいた。そいつらは、今は独立して国を作ってる。王は王の血を引く者のみが受け継ぐべきだって、堅いことを唱え続けてる」
「堅いこと、か……。じゃあどこの馬の骨かも分からない王様を、民衆は受け入れているんですね」
「まあ、そうなるな。ぶっちゃけ、俺も子供だったし詳しいことはあんまり分からないけど。でも、あの人の悪い噂はほとんど聞かないな」
「そうですか……」
結局のところ、説明のしようがないことは変わらず。
神様がなぜ王になったのか、成り立ちを聞いても不明点が多い。
ただ一つ、手がかりがあるとするなら。
「その先代の王女様っていうのは」
「さあ、あの王様が現れてからは、すっかり表舞台には出なくなったな」
「そう、ですか……」
まあ、そう簡単にはいかないか。
先へと進む馬車は山道に遭遇する。
岩肌が露出した急斜面、とても登るには険しい山道。
越えて行くには厳しいこの山を、馬車はくぐって通過する。
馬車がギリギリ通過できるほどの大きさの隧道。
偶然にしては出来すぎたサイズ感、恐らく先人たちが開けたのだろう。
魔物や土砂、崩落など、死と隣り合わせの作業。
果たして、発展のために犠牲者は何人でたのか。
危険を顧みずに勤しんだ彼らにせめて、見合うだけの報酬があったことを祈るばかりだ。
山道を出ると、うっすらと光が差し込んでくる。
いつの間にか曇り空も晴れて、空は青一色。
なのに、どこか暗い。
曇天とはまた違う、晴れ晴れしている中の暗さ。
一体どういう空模様なのか、僕は思わず空を見渡す。
その時、浮かび上がっていたのは、円。
「……綺麗」
真っ先に気づいたのは僕だった。
太陽が月に隠れ、円を描く。世にも珍しい現象。
日蝕、いつか日本でも見たような見ていないような、そんな曖昧な記憶しか残っていない。
にしてもこんなに綺麗な円を描く日蝕は中々無いんじゃなかろうか。
金環日蝕、言葉だけは理科の時間で学んだからうっすらとは知っている。
金の輪の名の通り、美しい輝きを放ち続けている輪。
数秒、僕は思わず見とれた。
その光に魅了され、手を伸ばしかけてしまったのだ。
「……っ! 」
気づいた時には、彼も空を見上げていた。
「……まさか、な」
脳によぎるは、最悪の想定。
何もかもが燃え、焼きただれる絶望の未来。
作戦名、ラストリゾート。
「おいおっさん、スピード上げてくれ! 」
「こ、これで最高速ですよ! 」
「何ビビってんだよ、出せるだろもっと!!! 」
一秒でも早く帰らなければならない。
一時でも早く無事を確認しなければ、このざわめきは治まらない。
「僕からもお願いします! 大切な人がいるんです! 」
馬にさらに鞭打ってまで急ぐ僕ら。
草原をかける僕らの目の先には、ようやくスクルドの外壁が見える。
「まだか! まだなのか! 」
「そう言われましても……! 」
数分とかかる距離が、今はずっとずっと長く感じる。
焦りが止まない。苛立ちが止まらない。
もどかしくて、余計な想像が止まることを知らない。
そして、それはとうとう現実になる。
「くそっ! 」
「そんなっ……! 」
方角北、街の入口には、門番だった物が2つ。
腹を貫かれ顔が潰され、身元の特定が不可能なほどの損傷。
血の跡を見るに、数メートルは引きずられている。
明らかに、人間の所業じゃない。
馬車から飛び降り、門をぬける。
僕らを待っていたのは、形の変わった住民たち。
壁に打ち付けられ地面に叩きつけられ、もはや人の原型は無い。
飛び出した臓物までも完膚無きまでに潰されていて、復活なんて世迷言を口に出すことははばかられるほど。
人間だけを集中的に狙い、惨殺の限りを尽くしている。
「ルフローヴさん……これって」
「あぁ……あぁ! どうしてどこまでもついてまわる! 」
その反応からも間違いない。
スクルドの街は、月の魔物に狙われたんだ。




