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王都へ 2


「えっと、そろそろ交代にしません? 自分はもう話し疲れちゃったんで」

「そうか。じゃあ、次はエリッサさん。お話、聞かせて貰ってもいいですか」

「私か……。特に話して面白い話もないんだがな」


 んんっ、と軽い咳払い。

 そして彼女の口から語られたのは、エリッサさんのこれまで。


「私は元は貴族の出だ。王都に位置するフォルフォード家の嫡女として生まれ、跡継ぎとして育てられてきた。だが年の離れた次男が産まれてから、私は跡取りから外れてな。有り体にいえば自由の身となったんだ。だから、私は幼い頃の夢を叶えようと直属護衛に入隊した」

「直属護衛隊に入るのが夢だったんですか」

「いや、正確に言えば違うな。幼い頃の私は、誰一人の犠牲も出さぬ世の中の訪れを求めていた。その夢の手段として選んだに過ぎん」

「エリッサさんって、貴族の方だったんですね」

「以外か? 」

「いや普段の様子を見てる分には違和感ないんですけど、あの部屋を見てからだと、とても貴族の出だとは思えなくて……」

「家にいた頃は、整理整頓もこなしてたさ。他にも礼儀作法、貴族同士の交流、様々なことをきちんとこなしていたつもりだ。ただ、その反動が今になって来たと言うべきだな。

 なんせ、貴族というのは色々と面倒、だろう……? 」


 そう言って目を向けたのはルフローヴさんの方。

 彼もその目線に黙って頷く。


「なんかお金持ちってだけじゃないんですね貴族って」

「なってわかる大変さがあるんだよユーリ」

「ああ」


 貴族も辛いよ……ってか。

 なんだかみんな人生大変なんだな。




 

「じゃあ最後、ルフローヴさん」

「そうか。2人に語らせたんだもんな。俺もか……」


 なぜだか、眉をひそませて口を噤むルフローヴさん。


「……何かあったのか」

「まあそれなりです」

「辛い過去なら、そう無理に話さなくとも……」

「いや、いいんです。ただどうしても雰囲気だけは暗くなってしまう。それだけは勘弁ください」


 今までになく鋭い目つきのルフローヴさん。

 ふぅ、息を出したあと彼は重たげな口を開く。



 

「俺の生まれは、セイシリア」




「っ……!」


 開口一番に放たれた、たった一言で場の空気は、淀む。

 状況の呑み込めない僕は、エリッサさんへ質問する。


「セイシリアって、どこなんですか」

「……今は、地図にない街だ」

「地図にないって……」

「全て、焼けたんだ。今は残骸だけが残る焼け野原。元の姿は、もうどこにもない」

「えっ……」

「焼かざるを得なかったんだ。王都直属護衛隊として村中を、何一つ残さず」


 その発言を聞いて頭の中によぎる、一つの事例。

 

「まさか……」


 そして、直感は的中する。

 

「ああ、ラストリゾートだ」

 

――――――――――――――――――――――――



 ラストリゾート。

 螺旋火竜討伐の直前、エリッサさんから聞かされた、おぞましい作戦の名称。

 

 どうしようもならない化け物が街に侵入した時、討伐が困難と判断された際に発動されるその作戦。

 その内容は化け物をその街の中へ封じこめ、その対象を街ごと焼き払う。

 ただそれだけ。

 そう、それだけだからおぞましい。

 家も人も見境なく全てを焼き払うという、地獄のような作戦だ。


「じゃあルフローヴさんの故郷は」

「もうないよ。ラストリゾートが発令されてしまったら最後、その街が元の姿を保つことはほとんどない。スクルドの一件が稀なだけで、ほとんどの街は火の海だ」


 冷静に彼は語るけど、故郷が焼け野原になるということが、彼にとってどれだけ苦しいことか。


「ルフローヴさんは助かったんですよね……他の人は」

「多分いない。家族も死んだ、幼馴染だったり顔なじみの知り合いもみんな巻き込まれた。助かったのは偶然王都に出払ってた俺くらいなもんだ」

「………………」


 壮絶な過去に言葉も出せず、僕はただ俯くことしか出来ない。


「そう暗い顔をしないでくれ。話題に上がる度にそんな顔されちゃあ、犠牲になった彼らも浮かばれないだろう?」

「それはそうかもですけど……」

「彼らは他の街に被害が及ばないように食い止めてくれたんだ。その功績は讃えるべきものだろう。多を生かすために、小として犠牲になる。集団として当然の摂理だ」


 当然の摂理と彼は言うけれど、その小の中には家族や友人たちがいた。

 情に厚い彼の事だ。

 今のように語れるまでにどれほどの苦悩があったか、僕には想像できないが、おそらくは相当な……。

 


 エリッサさんがルフローヴさんに問う。

 

「憎んではいるか、直属護衛隊の事」

「そんな。俺も元直属護衛隊です。国を守るためには仕方の無いことだってわかってます。例え直接の死因が護衛隊による業火だったとしても、憎む理由にはなりません」

「……そうか」

「ただ……奴を憎むことなら今だって」

 


 奴。それはきっと、ラストリゾートを発生させる原因となった対象の事。

 


「奴っていうのは」

「以前ユーリには話したことがあるか。月に関する魔物の話を」


 いつかの夜、エリッサさんと二人で話をした時に聞かせてもらった、古の時代の月と星の信仰の話。

 幾多もの人々が生贄となって捧げられ、肉の花束なんておぞましい儀式の末にこの世界の空に月が光り輝いたという歴史は、あまりの衝撃に僕の脳裏にこびりついている。


 

「月の意思……」

「ああ。月が贄となる人間を喰らうために放った魔物。それがラストリゾートを引き起こした化け物の正体だ」


 月の光が弱まることを恐れた月自身が、自らの光の源であるエーテルを補給するために人間を襲う。

 確かエリッサさんはそう言っていた。


「じゃあ、ルフローヴさんの故郷は月の犠牲に……」

「そう、だな……。星や月になったと言えば聞こえはいいが、実態は奴に喰われたんだ。たとえ死因が焼死だとしても、月の魔物さえいなければあんなことにはならずに済んだんだ」


 冷静に語るルフローヴさんだが、その怒りは確かなもの。

 言葉に滲む強弱や、作った握りこぶしに込められた力。

 月の魔物への憎き思いは、そう易々と消えるものでは無い。


「俺の一生は、奴に振り回されてきた。家族を失い友人を失い、何もかもが無くなった俺は直属護衛隊に入った。けど、そこも辞めた。理由になったのは、また奴だ」

「奴……? だって、セイシリアで焼き討ちにされたんじゃ」

「月の魔物は、討伐したって何度だって現れる。月の光が薄まり日蝕の日が来る度に、また別の個体を送り込んでくる。そこに終わりは無いんだ」

「じゃあ、日蝕が起こる度に、ラストリゾートを」

「……ああ。現状の手立てではそうすることしか出来ない」

 

 エリッサさんは、悔しげに言う。


 

「そんなっ……そんなに強い魔物なんですか、そいつは」


 街ひとつを犠牲に、相打ちせざるを得ない魔物。

 いくら強いからって、そんな行為を繰り返せば、いつかは王都の配下にある街自体が無くなってしまうだろう。

 それをわかった上でラストリゾートを発令し続ける。

 相当な強さの魔物なのは伺えるが……。

 

「強い、という次元では無い。クラス分類不能、実在確認不明、別名、三厄災の一・ムーンファントム」

「三厄災……」

「伝説に近しい魔物の別称だ。存在するのかすら怪しい強大な三体の魔物にそう付けられている」

「存在するか怪しいって……。その月の魔物はいるんですよね」

「ああ、犠牲者がいる以上確実に存在している」

「じゃあなぜ三厄災なんて分類に」


 僕の疑問に答えたのは、ルフローヴさんだった。


 

「奴は見る者によって、姿を変えるんだ」


 

「姿を変える……? 」

「ある人は触手の生えた巨大な怪物、またある人は機敏に動く人型の4足獣、極めつけは、無数の目を持つ霧……」

「……は? 」


 言っている意味がまるでわからない。


「おかしいだろ? 全て同時期の目撃者による証言だ。ここまで一致しないとなると、存在するかも怪しくなってくる。だから実態が掴めない」

「それは、エーテル器官の力でそういう幻術を見せてるとかですか?」

「いや、詳しいことは何も。なんせ討伐したという証である死骸がどこにも残っていないんだ」

「燃え尽きたということですか」

「それすらも分からない。謎だらけなんだ奴は」


 謎に満ちた化け物。ムーンファントム。

 

「私も一度だけ目にしたが、その時の奴は、私と同じ姿をしていた」

「エリッサさんと……? 」

「ああ、見間違いじゃない。あれは紛れもなく私だった。仕草、表情、そのあり方が私そのものだった」

「そんなことって」

「有り得るはずもないのだがな。ただ、そう目にしてしまった以上、有り得ずとも現実とする他ない。奴はそういう存在なのだと」


 もしも僕らが住む街スクルドに、そいつが来たら。

 そんな存在を前にして、果たして僕は何ができるだろうか。

 ふと、そんな想定が頭を過った。



「ルフローヴさんは……その後どうされたんですか」

「どうもしてないんだ。辞めたあとは一時期冒険者まがいの事をしてたけど、特にこれといって何も。モンタギュー家に拾われるまでは俗に言う流浪人だった」

「そこから何が縁でモンタギュー家に」

「それは…………だな」


 突然言葉を濁す彼。

 どうしたかと僕が問いかけようとするも、エリッサさんが目で止める。


「人には人の事情というものがあるんだ。詳しくは聞いてやるなユーリ」


 全てを見透かしたような瞳で彼女はそう言う。

 エリッサさんは、その事情とやらを知っているんだろうか。


「それは構わないですけど」

「申し訳ないな。他人には根掘り葉掘り聞いたくせに、自分だけ秘密にするなんて」


 暗い雰囲気へとなりそうだった会話は、エリッサさんの手によって話題転換が行われ、その後はたわいもない会話が続いた。


 まだ日も登ってすぐ。

 馬車の速度も平坦で、目的地の王都までは、もうしばらくはかかるだろう。

 

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