いざゆかん、試験の地へ
パーティーまでは、まだほんのしばらく。
今から若干の緊張を抱えるそのお誘いを、僕は黙って待っていることは出来ない。
もうひとつの不安の種。
僕には超えなければならない、巨大な壁がある。
「熱が入っているようだな、ユーリ」
図書館で勉強しはじめだいたい3時間といったところ。
そろそろ疲れもピークに来たという時、赤い瞳の少女はいつもの青の装いで僕の背後に現れた。
「お邪魔だったかな」
彼女はそう言って紺の前髪をかき分ける。
重たい本を持ちながら話すゼラさんは、きっとなにか業務の合間なのだろう。
「いえいえ。そろそろ休憩しようと思っていたところなので」
「そうか。勉強の内容は……やはり、試験のものか」
「はい。残すもあと数日ってところまで来ちゃったので、ここまで来たら追い込むしかないかなと」
うんと伸びをしながら僕は答える。
人生でここまで勉強という行為に打ち込んだのは初めてだ。
これだけやると、勉強が苦手というのは嫌という程わかったが、少しずつ身についていく達成感も味わえて、今じゃ不思議と嫌いって程じゃなくなっていた。
「そうだな。無理は厳禁ではあるが、自身の全力を出し切れずに終わることが何よりの無念だ。やれるだけをやりきる事、ゆめゆめ忘れるな」
「ゼラさんは、しばらくまだここにいらっしゃるんですか」
「ああ。君たちへの指導が終わったとはいえ、まだ一年の研修自体が終わった訳では無い。呼ばれればまた次の授業を受け持つこともあるだろう」
「そっか……。もし1級の授業をすることになったら、その時はまたよろしくお願いします」
「ほう、既に合格したあとを考えるか。見かけによらず自信家なんだな」
自信家か。
僕には縁もないことばだ。
「あとがないってだけですよ」
「あとがない……のか。君にも抱える事情があるのだな」
彼女は深刻に悲しげな目をしてそういうから、僕は咄嗟に誤魔化した。
「そこまでのものじゃ……」
「いや、隠す必要などない。何を賭け、何を胸に試験を受けるかは人それぞれだ。例えそれがどんな理由であろうとも、私は決して笑いはしない。誰であろうと、孤独な戦いを続けた同志として、私は心から尊敬するよ」
「適度な休憩を忘れずに。健闘を祈る」と、言い残して彼女はこの場を後にした。
ここ数ヶ月の全てがもうすぐ結果として出る。
彼女や暁音さん、支えてくれた皆への期待を裏切らないためにも、何より、自分のなすべきことを成すために。
ここが正念場、最後の追い込みを、今、かける。
そして、月日はあっという間にすぎた。
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「悠里くん、忘れ物は無いね? 」
「もう、無いってば……。一体、何回確認するのさ」
持ち物なんて、事前に支払った受験料の控えくらいなもので、筆記用具すら要らないというのに暁音さんは、朝起きてからずっと忘れ物がないかと確認し続けてくる。
はっきり言って過保護だ。
「心配だから一緒に会場まで行こうか……? 」
「だから大丈夫だって……! 」
「ホントに? 悠里くん悪運強いから、なんかに絡まれたりしそうだなって」
「そこは否定しないけど、今回ばかりは大丈夫だって」
心配してくれてる彼女には悪いけど、こんなやり取りをしている方が、多分時間の無駄だ。
覚えた知識が抜けないように、復習にあててた方が試験のためにはなるだろう。
「じゃあ、行ってきます」
半ば強引に扉を開けて外に出る。
「気をつけてね。道間違えないでね」
「間違えないよっ! 」
思春期ど真ん中な母と子を演じた僕らは、ようやく1枚の扉で隔たれる。
全く……こういう時の暁音さんはどうしてこんなにベタベタしてくるのか。
孤児院の手伝いをするって言うのは、こういった余計なまでの母性みたいなものまで育まれてしまうんだろうか。
まあいいか、僕を思ってくれてるのには変わりないんだしな。
よし、行くか。
いよいよ、試験本番だ。




