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変態猫と笑わない僕(前編)




 思い返すと情けなかった。

 突然"アレ"を見せられて、とれた行動がただ喚き声あげるだけなんて、なんて情けないことか……。


「はい、これで十分。手間が省けてよかったねー。さて、ちょっと僕とおしゃべりでも」

「いやっ、さてじゃなくて! 」

「ん、そっかそっか、まだ見足りないのかぁ」


 半裸の彼女は、下着に手をかけにんまりと笑う。


「……分かりました、行きます、行きますから」

「とか言って逃げる気だなぁ? ダメダメこっちこっちぃ!」


 萎れた僕の手を取って、彼女は、広場の真ん中へと僕を引っ張る。

 自然と上がったであろうその口角が、彼女の気持ちを顔に出してる。

 満面とまでは行かなくても、一目見てこの人いいことあったんだろうなって確実にわかる笑顔。

 ステップぎみの足取りも、付け加えて喜びをあらわに。

狩りを終えて、潜めてた感情を表に出すさまは、格好から見ても、正しく肉食動物のそれ。

 後ろに続く僕を見れば、きっとその理由まで推測できるだろう。


 ああ、いい獲物が取れたんだなって。









 


「とりあえずここら辺でいいかな。地面濡れちゃってるけど、まあ、ここでいいや。君は立ってて、僕は座るけど」


 そう言って、下着が濡れることも気にせず、水浸しの地面に座り出す彼女。

 野性味溢れる行動に、もう、彼女を彼女と呼ぶことすら躊躇いはじめてる僕がいた。

 よいしょ、と座る所作だけは、何故か上品だったけど、そんなの、アレとコレの前には足しにすらならない。


 むしろいびつで、怖い。


 制作側が奇行をさせたいがあまり、今までどんな人生歩んできたんだろうってタイプのキャラクターはたまーに見たことあるけど、もしかしなくても間違いなく、この人はその手の類いだろうと。

 ほんとに生きた人なのかと、疑わしくなってくる。


「ねぇねぇ、パン食べる?パン」

「いやっ、いらない」

「あっそう? じゃボクが」


 だって、あーんッ、ってわざとらしいくらいに大口開けて、急に取り出したパンを食べだすし……。

 一体、どういう過程でこうなったのよ、この人。


「とりあえず自己紹介くらいしよっか。材料が顔と身体だけの会話は、ボクはあんまりだからね」


 正直、要件だけ済ませて足速に退散したかったけど、何を言ったって見逃してはくれないだろう。

 僕は残った反抗心をため息にして、諦めた。




「僕は、エルフリーナ・フィン。長いからエリナって呼んで。歳は19。出身は、まあ、耳としっぽで分かるよね。特技は楽器で、自慢は物怖じしないことかな」


「君は? 」と聞かれ名前と年齢それと念の為に性別を。

 歳を聞いて驚かれたけど、そんなに16歳らしくないんだろうか、僕は。日常的に小学生に間違えられたり、4つ歳の離れた妹と双子にみられたり、そういうことは度々あったけど、異世界に来てまでってなると、やっぱり明らか子供っぽいんだろう。


「ちょっとアレは刺激が強かったかなって思ったけど、その歳ならまあ、大丈夫だよね」

「いや、どの歳だってまずいと思うんですけど」

「でも、こうやってちゃんと会話出来てるし」

「そりゃまあ、泣き出したりとかはしませんけど……」

「そうじゃなくて。君、僕になーんにも湧かないでしょ」

「えっ」

「この格好のままなのに、ここも、そこも、変に反応してないでしょ」


そうして指を刺されたのは、僕の胸部と、僕のそれ。



「普通に女の子って言うだけじゃ多分、君みたいなピュアボーイは会話にならなかったでしょ」

「……いやまあ、はい……」

「赤面されて騒がれても面倒だし、どうしようかなって思ったけど、女だって証明しながら女に思われないように否定できる上手い方法だと思ってね」


 ふふんっ、と文字通り鼻高々にして言うエリナさん。

 おそらく、女性しかないそれを公の場で見せつけるような女なんて居ない、いてもそんな奴に性欲を向けようとする男なんていない。

 多分、エリナさんは、そんなニュアンスのことを言いたかったんだろうけど、被害者を生み出してる時点で、上手いも何も無い。

 僕の初めては、もう、取り戻せはしないのだ。


「というか、あんなことするより、普通に服着ればよかったんじゃ」

「だって、僕の服まだ乾いてないんだもん。嫌でしょ? 一番人目につく服がビシャビシャなんて」

「下着はいいのに、そこは気にするんだ……」

「全く、都会の人たちは変だよ。街中にあんな道を用意しておくなんてさあ」

「あんな道って……あぁ」


 ここに来てあんな道ってのはひとつしかないだろう。

 ふん尿だらけのあの肥溜め道、この人もあのトラップに引っかかってしまったらしい。

 しかも全身洗ってるってことは、だいぶ派手にやっちまったんだな……。


「おっ、察しがいいね。君も経験あるタイプ?」

「いや、まあ…………」

「じゃあ仲間だ仲間! うぇーい!!!」


 同じ痛みを知るものとして少し親近感は湧いた気がしたけど、やっぱりこのノリにはなれない。


「ううっ……!?」


 というか、濡れてるんだから近寄ってくるなぁ!

 密着やめろ!無い胸を当ててくるんじゃあない!!!


――――――――――――――――――――――――


「えっと、そろそろ本題に入りませんか。何かあったから、呼び止めたんですよね」

「あーまあ、そうだった。けど、どうしよっかな」


 そう言って、分かりやすく首を傾げる彼女。


「どうしようって」

「今からボクは君に頼み事するわけだけど、それって、なんか不公平じゃない? 」

「僕は別に構わないんですけど……」


 早く済むならむしろそっちの方がいいな、と思ってしまったのは心のうちに留めておく。


「いや、それは僕がゆるさん。君には貸しも借りも作らせてやらない」

「なんですか、その意地」

「意地じゃないさ。いいかい少年、貸し借りが無いって、すっごく大事なことなんだよ。貸した側、借りた側の思い込みの差は、想像以上に怖いんだ」

「いや、本人がいいって言ってるんで大丈夫ですって」

「いいや、大丈夫じゃない。甘すぎも甘すぎ、大甘すぎって言いたいくらいには甘いよ」


 その独特だけど中身のない言い回しだ。


「いい? 人の思い込みってのは、時間が経つほど膨れるもんなんだよ。事実がどうだったとしても、頭の中はだいたい自分の都合のいい部分だけしか覚えてないんだから、そこばっかり思い出して膨らんで、結果として歪なもんが出来上がって、恩だの義理だの、望まないトラブルの温床になる」

「はぁ……」


 熱弁して、何の話なんだ。


「その顔だと、まだ怖さが分かっていないな。そうだなぁ、君にも分かるように例えるなら……

 ある日、偶然街ですれ違ったのは、とっても大きなおっぱいの子。すれ違うだけでチラっとしか見れなくて、悶々とした日々を過ご君。そしたら後日、たまたまもう一度彼女を見かける。会ってもう一度、今度は目に焼き付けようとよーく見たら、なんか意外とそこまでじゃなくて、あの日のアレはなんだったんだァあああ……ってガッカリしたとか、そういう経験あるでしょ?」

「はぁっ!?」


 熱弁して、何の話なんだ……!?



「無いですけど」

「えっ、無いの!? 」


無いよ。


「そっかぁ……ついてないのね君」

「いや、そういう意味じゃなくて。無いです、話の前提から、無いです」

「!?」


 口ポカーンってして、どんな顔してるの。


「だって、男の子って大きいおっぱい大好きじゃ」

「どんな偏見? 」

「女は顔と胸だけあればいいって思ってるんじゃ」

「なんの冗談! 」

「両手でピースしながらあへあへって揺らしてくれるのを心の底から求めてるんじゃ」

「どこの同人誌!? 」


 何があったのかわかんないけど、思い込みでとんでもなく歪なものが出来上がっちゃってるじゃん…………。


「そっかぁ……。じゃあ別の例え話を考えないと」

「大丈夫です、今ので十分伝わったんで」

「えっ、ホントに」

「ホントに。怖いくらい、ホントに」


「それなら」と、ホッと胸を撫で下ろすように息を吐いたエリナさん。

 




「……分かりました。って言っても、やっぱりお願いごとなんて特にないんですけど」


僕がそういうと、彼女の顔はパッと明るくなった。


「ん!よし!その姿勢だけでもう満点!頼むのなんて、悩み相談とか、愚痴悪口大会とか、最悪僕がした気になってさえなれば、ほんとにもうなんでもいいから……!」

「いや、した気にって……」

「だって、お礼ってそういうもんでしょ? 」

「そういう側面あるかもだけど」

「お前のためを思って、ってのは、だいたいの場合、押し付けでしょ? 」

「そういうことも多々あるけど」

「受け取る側も、微妙な物貰ったときだって、『わぁ、嬉しい! 』とか、つい過剰に反応するのは、相手をそういう気にさせるためでしょ? 」

「それも、まあ、そうかもだけど……!」


 普通に、ガッカリさせない為って言えばもっとマシに聞こえるのに、やっぱりわかんないよ、エリナさん。

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