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【3000pv突破!】異世界転移に終止符を!!!  作者: パラソルらっかさん
一章 あなたみたいになりたかった
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変態猫と笑わない僕(後編)




「じゃあ、一つだけ……」


 躊躇っていた僕が口を割ったのがよっぽど嬉しかったのか、エリナさんは身を乗り出して、ブンブンって効果音が似合うくらいにしっぽを揺らした。

 悩み事なんだから、そんなに楽しそうにされるのは複雑な気分だ。やっぱり、相手を間違えたのかもしれないな。




「さっき、人助けしたんです。でも、助けたあとにお礼を言ってもらえなくて。それが嫌だったとか、そんなんじゃないと思うんだけど、なんか、あんまり気分が良くなくて」

「ほほう」

「……なんて言うか、僕には、向いてないのかなって。人助けとか、誰かのために動くとか、そういう正義の味方、みたいなの」


 言いながらむず痒くなって、僕は自然と頭を触ってた。

 言葉にすると子供っぽいなと感じて、恥ずかしくなる。

 だけど、いい年こいてこんなこと言う僕を、エリナさんはさっきまでと変わらない、猫背のあぐらのままで受け止めてくれてる。


「何? 君はその、正義の味方ってのになりたいの」

「いや、そうじゃないんですけど。そんな人になれたらこんな自分でも、誰かから認められるような、何かに、なれるかなって」


 言葉にして、やっぱり恥ずかしい。

 今度は、脇の辺りに汗が垂れた。

 こんなに恥ずかしいこと、誰にも言ったことは無い。



 エリナさんは、悩む素振りもなく口を開く。


「誰かなら、きっと君だってもう認められてるよ。友達でも、親でも、そうじゃないなら僕でいいし」


 そうやって、まるで当然の事のように優しい言葉をかけてくれた。


「誰からも認められる正義なんてあるはずないわけだし、誰かの味方は敵から見たらもちろん敵。そんなに悲観的になる必要は無いよ」


 と、のほほんとした自然体で、優しくアドバイスをしてくれる彼女。


 見た目に似合う慰めは、

 間違ってなくて、

 彼女らしくて、

 もしかしたら、心のどこかでは、

 そんな返事が欲しかったのかもしれない。




 だけど、一呼吸おいてから




「けどさ、君がホントに欲しいのは、そういう返事じゃないんでしょ」




と、得意げな顔でニヤッと笑った。




 若干濁った視界の中で、分かってますよと言いたげに手のひらをこっち向けて、分かってほしいのかってくらい自信満々な横顔を見せつけてるエリナさん。


 思わず、はいって叫んでしまいそうだった。




「いやぁ……分かるよ。分かんないよね、なんにも。自分がホントは何をしたいとか、何をしたら満たしてあげれるとか」


 エリナさんは後ろにある、おそらく彼女のものであろう大きな風呂敷から、木製の楽器を取り出す。

 4本、細い弦が張ってあり、片手で抱え込めるくらいの大きさで、ギターの親戚のような見た目。

 あぐらをかくように地べたに座り、彼女は、その楽器をゆったりと構える。


 視線を落して奏でた音色は、落ち着いていて、たまに外れる。

 彼女のミスというより、抱えたそれがどこか不安定な状態なんだと、素人目でもすぐに分かった。



「僕だってさ、こんなふうに好きなことして生きてるけど、正直楽しいかって言われたら、よく分かんないかな。楽器一本でご飯食べようって田舎から出てはきたけど、それ自体は、演奏することが好きだからって理由じゃないだろうし、あんなとこから逃げ出したいとか、誰かの言いなりになりたくないとか、そっちの理由の方が強いだろうし。君にも無い? そういうの」

「……そういうのって? 」





「好きな事をしてるのがなにかの言い訳かもって、思うこと」




 聞かれてることが、あんまりピンとはきていない。

 好きなことを僕に置き換えたら、エリナさんで言う楽器は、たぶん、漫画とかライトノベルとか、なのかな。



「多分、あんまり無いと思います」

「うーん、そっか」

「エリナさんは楽器、好きじゃないんですか」

「ううん、大好き。だから、複雑な気持ちになっちゃう」



 彼女は、演奏する手を一度止めた。




「いつからか大好きな物を、嫌いな物から目を背けるための道具にしてるなって、気づいちゃって」




 そう言われて、言い訳の意味がやっとわかった気がする。

 なにかの言い訳に本を読むこと。

 楽しむためじゃなくて、優劣のため、逃避のために本を読むこと。

 でも、そう言い出したなら――


「それって、いけないことなんですか」


僕の問いかけに、彼女は首を横に振る。


「ううん、そんなことないよ。時間が経って、接し方が変わることなんて自然なことだって思ってる」

「じゃあ、何が」


俯いた彼女は、こぼすように言葉を出す。


「ただ、逃げてるだけなんだよ。楽器も音楽も、たまたま僕の近くにあっただけのもので、今の僕はそれを引いてるんじゃない。ただ、委ねてるだけ。空白ばかりの人生を、無理やりそいつで、埋めようとしてるだけ」

「例えそうでも、それで楽しく過ごせるんなら、それはそれで、悪くないと……」

「ほんと? 君が言うのか、そんなこと」


 少し意外そうな返事をされて、逆に戸惑った。

 エリナさんに見えてる僕は、そんなに、まっすぐなんだろうか。


「きっと、ずうっとそのまま行っちゃえば、曲がった自分の人生にそれなりの意味と理由付けをして死んでいく。僕は、そんな気がしてる。それが合ってるとか、間違ってるとか、今の僕には分かんないけど、でも、もう取り返せない後悔に嘘をつくなんて、そんなの、卑怯で惨めで臆病で、情けない。嫌いだ、そんなやつ」


 何にも包まず、未来の自分に刃を突き立てる。

 その言葉の重みを、彼女はきっと分かってる。

 分かってて、声にしてる。


「だから、何かしら見つけてやりたい。僕が掛けたこいつに、それなりじゃなく、真っ直ぐな意味。それにさ、せっかく生きてるんなら、最後は胸張って言いたいんだ。

 これは、"ボク"の人生だった、ってね」

「強いな、エリナさんは」

「強とか弱じゃない。せめて正直なだけだよ」


 また、恥ずかしそうに俯いて、人差し指で頬をかく。

 きっと、あんまり褒められ慣れてないんだろう。

 そんな笑顔が、どこか愛おしくってかっこいい。





 見とれてると、何か言われそうだから先に僕から質問を返した。


「素直ってことですか」

「聞き分けがいいって意味じゃないよ。むしろ、ワルワルの頑固っ子。1本2本、おち○ち○くらいカチコチに、曲げたくないものに正直なだけ」

「……例えに使わないでよ、そんなの」


 さっきまでの雰囲気が一瞬で崩れ去った……。


「だって、なんか、堅苦しくなってたから」

「これは意図してなんだ……」


 やっぱりよくわかんないな、この人。



「まあ、なんて言うかさ……」



 そう、少し照れながら


「期待しなよ、自分にいっぱい。少なくとも、その間だけは、心に素直でいれるから。やりたいことも、なりたいものも、きっとその先で見つかるって、ちょっとだけ、自分を騙しながらさ」


と、抱え込むような優しい声でつぶやいた後、んんっ、と軽い咳払いをして顔を上げるエリナさん。




「って、まあ、聞いてわかる通り、僕も君とおんなじ患者だから、あんまりためになるような事は言えないんだけどね。さて、お悩み相談コーナーはこれにておしまい。次週をお楽しみにってことにして、僕の方の本題でいいかな」


 ラジオっぽい言い回しが若干気にはなったけど、頷く以外の理由は無かった。

 これだけ勇気づけられて、貰いっぱなしって訳にはいかない。


 エリナさんは、手に持ったままの楽器に目をやる。


「実は……って、まあ、気づいたかもしれないけど、このリュート、壊れちゃってるんだよね。上のペグも、ブリッジのとこも、使えないほどじゃないにしろ破損しちゃってるって言うか」

「落としちゃったとか」

「ううん、相棒だもんさすがに丁重に扱うよ。知ってるでしょ、大通りの凱旋。今日、この街に着いて早々に、僕諸共揉みくちゃにされてね。お祭り騒ぎもお祭り騒ぎ、大祭り騒ぎって言いたいくらいにお祭り騒ぎで、荷台に括られたでっかいドラゴンが移動するのに合わせて、みーんな移動するもんだから、もうぐっちゃぐちゃ」

「そんな大事になってたんだ……」

「何が何だかってくらいだよ。誰かの何かが身体に触れるは、口の中には誰かのおやつが飛び込んでくるは、しまいには僕の頭の上を転がって行ったやつもいて、もう、地獄ってあんな感じなのかなって」


 フェス……?


「聞いた事あるだけなんですけど、そういうのにお金払ってまで参加する人がいるみたいで……」

「……マゾ? 」

「たぶん……」


行ったことないからわかんないけど……。





「ってな訳で」と、彼女は抱え込んでた楽器を見せて、僕に言う。


「僕のお願い、これ、直せそうな楽器屋さんまで案内。よろしく!」


 今日、初めて着いた街で、何より大切なそれを壊してしまい、右も左も、頼れる人すら分からず、きっと途方に暮れていたであろう、エリナさん。

 見かけによらない繊細な部分と、見かけ以上に強くてかたい決意。それらを込める先の相棒は、僕が思うよりきっと何倍以上も大きく、寄り添えるだけの信頼を持ってる。

自分の人生に後悔なんてしたくない彼女が、これなら掛けてもいいと思えた、唯一の武器。


 それが、直せるかもしれない。


 期待に満ちて、瞳孔の大きく開いたその目は、子供のようで、大人のようで、なぜだか自分のもののようにも見える。


 楽器を持ってきた時点で、なんとなく予想はしていた。

 いつかは言わなきゃって、思ってはいた。

 落ち着かせるように深呼吸。

 突然の行為を不思議に思う彼女を前に、僕は伝えなきゃならない。


「ごめんなさい! 」


 勢いを余らせたダイレクト謝罪。


「……!?」


 動揺しているところに、さらなる追撃。


「来たばっかで、自分、ここの事分かりません!!!」

「えっ!?」


 そして、白黒させたその目にに、トドメの一発。


「……だから、楽器屋なんて分かりません!!!」

「……!!!」



 確かな手応えを感じざるを得ない程の一撃。

 たぶん、今までの人生で、一番の攻撃になってしまった。


 静寂の中、恐る恐る頭をあげる。

 すると、そこにいたエリナさんは彫刻のように固まっていて、直後、バラバラと、音を立て崩れていく。

 間違いなく、ショックだったんだろう。

 自由奔放だった彼女は、今はもう見るも無惨、粉々に。


 ああ、なんてことをしてしまったんだ……。


 衝撃のあまり残骸と化した彼女を見ながら、僕はただ、全身で申し訳なさを痛感し、今にも押しつぶされてしまいそうだった。

 こんな思いをするなら、いっその事、花や草にでも転生させてもらえば良かった。

 ……いや、なんか他にもっと、衝撃に強いものの方が。

 スライム、だとパクリだし、スポンジだと、ボブだし。

 ああ、いや、もうなんでもいいや。

 蒸しパン。

 もう、蒸しパンとかでいいや……。


「ごめんなさい、エリナさん」

 

 くだらない妄想に逃げてしまいたい。

 それほどまでに、彼女の期待を折ってしまったことが悔しかった。



――――――――――――――――――――――――



「……ああ、うん。全然! 初めに確認しなかったボクが悪いんだ。そう落ち込まないでよ」

「……はい、ごめんなさい……」



 あれから落ち着いて、無事、元に戻ったエリナさんは、俯く僕の視界の端で、荷物をまとめ始めていた。

 まあ、そうだよな。

 これ以上、ここにいて時間を浪費する意味もないもんな。


「ほら、なんにも悪いことなんてしてないんだから、堂々としようよ、堂々」

「でも、エリナさんに、無駄な時間とらせちゃったし、色々聞いてもらったのに、なんにも返せてないし……」

「いいよいいよ、そんなに重く受け止めないで。そーいう対等? とか、ボクにはちょっと難しくて、いまいちよく分かんないから」


 言ってることがさっきと真逆……。

 明らかに、気を使わせちゃってる。


「でも……」

「それにさ、何も無いってわけじゃないよ。知り合いが一人できたってだけでも、すっごく心強いから。お互い頑張ろ、ね」



「うわぁ、まだ乾いてないよこれ」とこぼしながら、濡れた袖に手を通す、彼女。あれだけ拒んでたソレを着るって事は、もう、そういう事なんだろう。


 噴水のそばにいた奔放のギタリストは、今もう、包装にくるまれて凛とする華に。

 街ですれ違えば、一瞬目を引くけど、気づいた時には通り過ぎてしまうくらいに、彼女らしさを覆っている。



「よいしょっと、じゃあそろそろ……」


 大きな荷物も肩に背負った。

 言葉の中にはお別れの雰囲気。

 友達が帰った後の自室を眺めるような寂しさが、フライング気味にやってくる。


「しばらくはこの街にいるから、たぶん、また会えるよ。今生の別れじゃない」


 きっと顔に出てた気持ちを慰めるように、そう言って、彼女は、エリナさんは、その足で向こうに歩き出す。


「じゃ、またどっかでね、えっーと、ユーリ! 」


 笑顔で手を振って、しっぽを揺らす。

 その手に僕が振り返せば、きっと、彼女は行ってしまう。

 僕はまだ何も出来てないのに、彼女はどこかに行ってしまう。


 あの時と一緒だ。


 不甲斐なさに項垂れて、彼の期待に答えようともしなかった、数時間前と、全部。

 やり方なんていくらでもあるのに、みすみす機会をのがしてく、今までと、全部一緒。


「……あのっ! 」


 恩のひとつも返さないで、何が出来る、何になれる。

 道標をくれた恩人を、した気にもならずに、何で帰せる。


 取り返せないかもしれない後悔に、嘘ついて、一体どうやって、自分を誇れる。


「ん、どしたの、なんかあった」


 咄嗟に出た言葉に息を切らしながら、僕は彼女を見る。

 不思議そうに首をかしげ、足を止めてくれた彼女に、僕が出来る提案は、これしかない。


 成功するかも分からない。

 合ってるのかすら分からない。

 けど、でも、せめて自分の思った気持ちにくらいは、正直でありたい。


 精一杯息を吸って、僕は言う。


「もしかしたらですけど、その楽器、直せるかもしれません」



 

読んでいただきありがとうございます!!!

よろしければ評価の方よろしくお願いします!

作者のモチベーションに大いに繋がります……なにとぞm(*_ _)m

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