リナと祖母 2
「ただいま……ってなんでハチマキ巻いてるの」
「決まってるでしょ。悠里くんのお勉強会、夜の部。こういうスキマ時間にやらないと、勉強時間足りなくて落ちるよ! 」
「スキマ時間っていうかこじ開け時間っていうか……」
「なんでもいいの! ほらやるよ!? 」
「……はいっ! 」
腕や足腰痛む中始める勉強は、いつも以上に集中できない。疲れでなんだか気が散るんだ。
普段ですら難解な文章達が、今日は呪文のようにすら見えてくる。
眠気も相まって成果になってる気はしないが、これも全部余計な金を使った僕のせいだ。
「とりあえずここまでは、確実に覚えておくこと。アルバイトの最中も唱えることくらいはできるでしょ? 」
「はい……ボソボソって唱えます」
傍から見たら変なやつなんだろうけど、これも合格するためだ。何を躊躇う必要があるか。
さて、それからしばらくして。
「さて今日の座学はこの辺にしておこうか」
「ふぅぁ……。疲れたぁぁぁぁ……」
「じゃあ、次行こうか」
「……次? まだ何かあるの!? 」
暁音さんはニヤリと笑った。
「座学が済んだら、実技でしょ」
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初めて提げた感覚は、なんの特筆するとこもないただのアクセサリーみたいだった。
「どう? 着け心地は」
「いやまあ、特にはないって言うか」
「ま、そうだよね。エーテル込めなかったらただのキラキラした石みたいなもんだし」
以前僕ら2人で買いに行った空色の魔導具。
約5日分のお給金叩いて買ったそれは、魔法の練習用として購入したもの。
試験本番じゃ少しばかり実技テストもあるそうで、今のうちから備えないとならない。
2人でテーブルを端に寄せてスペースをつくる。
「さあ悠里くん、ここら辺に向かって霜柱を生成してみて」
「そんな言われてすぐっていってもなぁ」
「とりあえずやってみてよ。魔法は感覚に寄るところも大きいし、口でどうこうするより実際にやってみる方がはやいから」
「分かったよ。……ふぅ」
全神経を脇腹付近のエーテル器官へ。
自身に流れてるエーテルを知覚し、魔導具の位置へと送り込む。
「……光った」
「魔導具が反応してるよ! 」
確かなものとなったエーテルを、あとは伸ばした手のひらから射出するだけ。
照準を定め、意識を確かに。
放て、コレが必殺の……!!!
「うぉおおおおおりやぁぁぁ!!!」
そうして床に現れたのは、微量な氷の柱たち。
紛れもない、霜柱だ。
「出た! 」
「やるじゃん悠里くん! 」
初めて自力で出した魔法に興奮して一瞬喜ぶも、数回瞬きをした後の目はこの現状を正確にとらえていた。
現れた柱は僅か数センチ。
範囲でいえば紙コップの円周くらい。
一踏みで全て潰せてしまうほど少量のそれらは、生み出したはいいものの一体何の役に立とうかというレベル。
「でも、こんなもん、か……」
「こんなもんって、もっと喜びなよ! 初めてにしては上出来、才能ある方だよ」
「でもこれ、かき氷にすらならない量だよ? 」
「まだいいんだよ。威力とかはこれから出していけば。とにかく、魔法が出るってことが何より重要なんだから」
なぜだか僕より上機嫌な暁音さんは、1度生み出した霜柱たちを箒で掃いてから、僕に魔法の出した方のいろはを伝える。
「いい? 魔法を出すまでには大きくわけて3ステップあるの。
1、周囲からエーテルを吸い込む
2、待機状態になったエーテルを魔導具まで運んで魔法の色を付ける
3、あとは放ちたい位置から、狙いを定めてドーンっと撃つ
これらのうちひとつでも怠ると、魔法は体外に現れてくれない。それなりの手順を踏む必要があるから魔法を撃つって結構難しいんだけど、悠里くんはそれを自力で突破しちゃったわけだ。もっと自分を褒めていいんだよ? 」
「そう、かな……」
褒められ慣れてない男、石上悠里。
こういう時にどんな顔をすればいいのか分からないのだ。
「さて、それはそれとして。もう少しくらい、威力出したいよね? 」
「まだできることがあるの? 」
「大ありだよ、大あり。具体的に言えば今の3ステップを丁寧に、かつ、効果的にやっていく事かな」
そういうと暁音さんは手に、輝く珠がはめ込まれたグローブをはめる。
紅い光を反射するその珠、間違いない魔導具だ。
「私が代わりにお手本見せるから、そこで見といてー」
「すぅ、はぁ」と深呼吸の後、暁音さんは説明ながらに魔術を放つ。
「1、周囲からエーテルを吸い込む。小さく息を吸い込んで、エーテル器官に意識を集中させる。エーテルの吸引力になる、加速度aは個人差があるから、何度もやって鍛える必要あり。
2、待機状態になったエーテルを魔導具まで運ぶ。イメージとしては、自分の身体中に導線を引いてあげる感じ。正確に、かつ素早く。ちゃんと移動させてあげられた分だけ威力は増す。
そして3、魔法の射出。やることはさっきまでの真逆。もう一度導線を引き直して逆走させて、掌まで。そして吸引の逆、エーテル器官にエーテルを引き離すよう信号を送って、あとは狙いを定めて……ファイアー!!!」
ボウッ!!!
「おおっ! 」
発声の後、瞬く間に立ち上った炎。
ぱちぱちと火の粉が爆ぜ、僕と彼女との間に一瞬にして真っ赤な隔たりができる。
火炎越しに見る暁音さんの表情は、満更でもなさそうな、えっへん、なーんて効果音が似合いそうなほどの顔をしている。
その明かりに見蕩れたのはただ一瞬。
その輝きは、とても綺麗で惹かれるほどで…………。
今もメラメラと天井を焦がし始めている。
そう、ここは室内。
家だ。
「………………あ」
事態に気づいた暁音さんは、一瞬で目が点になっていた。
とんでもない緊急事態。
このままだといずれ全焼しかねない!!!
「悠里くん、水!!!!! 」
彼女からのその声が届く前に、僕の準備は済んでいた。
暁音さんから教わった123の手順を踏んで。
狙いは天井。今僕ができる最大出力で。
「……! アイシクル・ダウン!!!」
ザザザっと逆さまに積もり始める霜柱たち。
1箇所に集中的に集めることによって、霜柱の塔を作るのが狙い。
一つ一つの塊は小さなものだが、それが重なればそれなりの柱になり、天井を炎から守る。
さらに焼け石に水程度に、溶けた氷から出た水が火力を抑える。
応急処置としてはまずまず。
だけど、これで終わらせない!
「脚力代償……跳べっ! 」
いつかやったように数時間分の脚力犠牲にして、天井に届くだけの跳躍力を得る。
氷の柱に向かって跳ぶ。
届けばあとはバレーボールの要領で、柱に手を!
「代償変換! 」
パンッ!
柱に手を触れた瞬間、氷は代償となり、ほぼ同価値の水へと変換された。
そのまま重力に従って落ちていく多量の水。
向かうは、炎へ。
ジュワァァァァ……
今の水撃で火力の8割はそがれた。
ふぅ、とりあえず僕の役目はここまでだ。
そこから少しして。
着地して、もう一歩も動けぬ僕の横でその残り火にトドメを刺したのは、バケツを持った暁音さん。
「助かったよ悠里くん。バケツに水が溜まるまで待ってたら、もっと酷いことになってたよ。ありがとう……………えいえいっ」
「ん!??? 」
水浸しになった焦げた床の横で、彼女はもう動けない僕の足をツンツンする。
問い詰めたいことはいろいろあったけど、ここは彼女の家だし、何より楽しそうだから、まあっいいか。




