メアリィと兄 その4
翌日、午前中の勉強を終えた僕は街へ出ていた。
バイトを辞める時に適切なお菓子ってなんだろう。
その場で食べられるクッキーみたいなのがいいかなと思って何店舗か回って見るも、なんだかあんまりパッとしない。
時間が経つのは早いもので、もうすぐ二時間がたとうとしている。
物選びで悩むことはあんまりない自分だが、人にあげるとなるとどうやら勝手が違うらしい。
優柔不断さで言えば、デートの日の暁音さんくらいだ。
ただ、あんまり長い時間かけていても仕方がない。
もう今まで見た店の中から決めようかと、ちょうど悩んでいたところだった。
奥の方から焼き菓子っぽいいい香りと威勢のいいおば様の呼び込みの声がした。
お客の入りを見ると、まずまずといったところ。
最後にここを見てから決めようと、店前まで足を運ぶ。
ずらりと並ぶ、瓶の中に詰められたお菓子たち。
甘い匂いは、奥の大きなオーブンからのよう。
きつね色の焼き色は食欲をそそり、中央に添えられたジャムらしき物が彩りとして視覚にも魅力を訴えてくる。
じっと眺めていると、声をかけられた。
「坊ちゃん、買うのかい? ウチは一枚単位で売ってるから、味を見てからでもいいと思うよ。まあ、多少値は張るけどね」
その女将さんの言う通りに、一枚食べてみることに。
一枚、日本円ならだいたい4、500円と言ったところ。
それなりの値段がするだけあって、バターの甘さがしっかりして美味い。食感もサックリとしていて心地がいい。
自らの舌のお墨付きを得て、これにしようと確信する。
「これ、ひと瓶貰えませんか」
「太っ腹だねぇ。贈り物かい? 」
「そんなところです」
「リボンでも巻いてオシャレにしとくよ」
「あ、ありがとうございます」
一応持って来た全財産から金貨1枚を手渡し、お釣りを貰う。
結構な出費にはなるが、まだ明日の働きで相殺できる範囲だ。
よし、買い物も終えた。
あとはこいつを持って帰るだけだ。
「あのっ、近くの案内板はどこに……? 」
「案内板なら、あのバザー突っ切ったところだよ」
女将さんに位置を聞いて、僕はそこへと向かう。
この世界に来てもうすぐ2ヶ月が経とうとしているが、未だにこの街の地理はあやふや。
特に住宅街とかだと似た景観が複雑に入り組んでいて、思わず度々にアイツを踏みそうになる。
初めてくるところだと尚更、案内板を見なけりゃどこに家があるのか分からなくなる始末だ。
賑わうバザーを瓶を抱えて横切る、僕。
バザーに来たのは、あの日の暁音さんと以来だ。
確かあの時は、暁音さんに振り回されて、じっくり見るとかもできなかったんだっけ。
まあ、今日もお金に余裕はないわけだし、横目でやり過ごすくらいにしておこうかな。
「いらっしゃい! 青果はうちで買ってって! 」
「ウチのは他のとこより値引きするよぉ! 」
やり過ごすにしても、結構賑わってて目移りするんだよ
なぁ。
「一級品の魔導具おいてるよ! 魔術師さんは是非見てって〜」
一級品って、文字通り一級の魔導具ってことだよな。
ぜひ一目見たいけど、買いもしないのにみるってのは冷やかしだし、何より今は金が無いからっ……スルーだ。
「香辛料の効いた豚の串焼き、一本いかが?」
ああっ、こいつは匂いがずるいやつだ……!!!
調理中に発生するからって見逃されてるけど、看板とか呼び込みとかよりも、何よりもでかい宣伝効果。
鼻の奥で線香花火のように弾ける、スパイスと脂の強双撃。
ええい、我慢だ。ここで財布の紐を緩めれば、次から次へとバザーに金が吸い込まれてしまう!
「お兄ちゃん、リンゴ、いらない? 」
今度はそう来たかぁぁぁぁぁ……。
幼い子に店番させて、同情で客を釣ろうって魂胆。
見え見えなのはわかってるのに、この愛らしさの前には断ろうにも断りきれない……!!!
でも、それでも、僕はァぁぁ!!!
「ッ!!!」
その子から目を背け突っ切る。
ごめんお嬢ちゃん! 僕には貯めなきゃいけないお金があるんだ。
にしても、魅力的なものばかりなバザーだ。
こんなところにいたら、秒ですっからかんになる。
「そこの坊主、壺要らねぇか壺! 」
ツボは……いらないなぁ。
ここに来てツボごときじゃ、心動かされないよ。
ここに来るまで、幾多の試練を超えてきてるんだ。
そう簡単に靡くような僕じゃ……。
「もうすぐ誕生日のやついるだろ? 」
!?
「なん……で」
怪しげな店主はニマニマと、まるでこちらの心を見透かしているかのように笑う。
「図星だな。きっとそいつもお前からの壺を待ち望んでると思うぞ? 」
「そんなはずは……」
「俺には何でもわかるんだよ。そいつが誕生日な事も、ちょうど壺を欲しがってるって事も」
「そう、なのか……!?」
「ああ、そうだとも。俺にはなんでもお見通し。坊主が今ちょうどこの壺を買えるだけのお金を持っているのも、俺には分かるんだよ」
「……!? 」
「ただそこまで無駄遣い出来ないのも俺は知ってる。どうだ坊主、特別に金貨3枚で手を打ってやる」
三枚だと……。
こいつぅ、まるでこっちの財布事情までわかったように価格を提示してきやがった。
何者なんだ、こいつは……。
ほんとになんでも分かるのか、もしかして……。
「貴方は、ハイエーテル……なのか? 」
「ハイエーテル? 」
「ああっ。ハイエーテル、心が読めるんだろ! 」
シナス君の前例があるんだ。
同じような奴がいたっておかしくは無い。
僕の心を読んで、それっぽいことを言ってただけなんだ。
「……どうだ」
「えっと……ああ、そうだよ俺はハイエーテルさ」
「やっぱり! 」
こいつ、騙してたんだ。
そりゃ、あのメアさんがツボなんか欲しがるはずがあるもんか。
「騙したなぁ! 僕の心を読んで、メアさんの事もお金のことも知ったんだろ!!!」
「ああ、そうだとも」
「なら、メアさんがツボを欲しがってるなんてのは嘘だ。預言者気取りに、ツボを売りつけようとしたんだろ! 」
僕の推理に穴は無い。
完全論破だ。もうあとには引けまい。
危うく騙されかけた僕は、奴に背を向けその場を立ち去ろうとした。
が。
「チッチッチッ。そう結論を急いでもらっちゃあ困るな」
「何っ!? 」
「俺は心が読めるだけじゃない、過去も未来もお見通しのウルトラハイエーテルさ!!!」
「……ウルトラハイエーテル!? 」
勝機はこちらと言わんばかりに、不敵な笑みの男。
「ハッハッハ。坊主、どうやら俺を疑っちまったようだな。ウルトラハイエーテルの俺にはお前の未来が見えるんだぞ。これからどんな不幸が襲いかかるか、俺には見えてる。言ってやろうか、この壺を買わなかったがあまり、お前のせいで、そのメアは死ぬ」
「デタラメ言いやがって!!!」
「そう思っておけばいい。俺にはお前の過去も見える。過ちも後悔も、数え切れぬほどあっただろう? 」
「なっ……」
「そこにひとつまた新たな悔いが加わる。それだけの事だ」
くそっ、ほんとにウルトラハイエーテルなんて野郎なのか。
「……金貨、三枚だったな」
「五枚だ」
「なっ!? 」
「俺を疑った罰だ。ウルトラハイエーテル様を侮辱したんだ、それくらい払ってもらわないとなぁ? 」
分かってる、分かってるのに……。
そんなはずは無いとわかってるのに……!!!
財布に手を入れ、金貨を五枚手に取った。
あとはその男にて渡すだけ。
「これでっ――」
「おい」
僕と奴の間に、別の男が割って入った。
「ほんとにこいつに必要なのはこっちだ」
そう言ってその男が懐から出したのは、一本の短剣。
全体が黒一色で、使い古されたそれは、いつか暁音さんとバザーで見た、伝説と言われていたあの剣だ。
「なんだよお前。取り引きの最中だろうが。邪魔するな」
「あんた未来が見えるんだろ、なら俺が割って入るのも予測できたんじゃないのか」
「っ……!? 」
「少年、こいつの言うことは全部嘘さ。デタラメだと思っていい」
颯爽と現れたみすぼらしい風貌の彼は、迷いなど一切ない表情で言い放つ。
「でも、誕生日の事とか、持ってるお金とか当てられて」
「そんなのは、ただの当てずっぽうだ。道行く人に定期的に声をかけ続けたら、一人くらいは誕生日の近い知り合いを持った人間、ちょうど君みたいなのがいるはずだ。あいつの言葉に言い当てられたと勘違いした君が自らよって行った。持ってる金は、利益になる額を提示しただけ。君の持ち金がそれ以下なら、そこでこの話は終わってただろう」
「ぐぬぬっ……」
完全に言い負かされた壺の男は、分かりやすく頭を抱える。
ウルトラハイエーテル、何てものは嘘…………。
彼の言ったことは全部当てずっぽう。
だから壺なんて必要は無い。
けれど……。
「でも、やっぱり不安で……」
メアさんが死ぬ。そう言われた時に、取り返せない後悔が頭の中を駆け巡り、思わず唾を飲みこんだ。
それが嘘でデタラメだとわかっていても、不確かな未来の前にはどうしても、恐れおののいてしまう。
「ならこの壺は俺が買ってやる」
「!?」
「その代わり、お前が俺からこいつを買え」
「その……剣を」
その人は、僕にほんとに必要なのはその剣だと言った。
確かに武器にはなるだろうが、同じだけの値段を出せばもっと質のいい、それこそ新品だって買えるはず。
「助けて貰って悪いんですけど、それも詐欺なんじゃ…」
「俺はこの剣を貰って喜ぶ人間を一人しか知らない。それがお前の知り合いだということまで分かってる」
「どういうこと……」
「この街の英雄、その妹は一人しかいないということだ」
「……! 」
『兄貴死んじゃったんだ。街のために、街の英雄として、死んじゃった。詳しいことは誰も教えてくれない。けど、みんな言うんだ。彼は英雄だ、国に立ち向かった正義そのものだって』
「どうして……あなたがそれを」
「本当のハイエーテルは、姿素性を隠すんだ」




