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メアリィと兄 その5



 正座して、仁王立つ彼女に向かい合う。

 

「それで……そのツボと短剣買って帰ってきたって……」

 

 ピリピリと漂うスパイシーな雰囲気に、つい胃がやられてしまいそうになるが、ここは男としてなんとか堪える。


「ああっと、正確にはツボは貰って、短剣とお菓子だけ買って帰ってきたって……」

「どっちもおんなじだよ……ふぅっ……」

「暁音さん? 」

「呆れて言葉も出んわ。出んわ出んわ出んわ!!! 」


「あーーーーー!!! 」っと、爆弾のごとき暴れっぷりで声を荒げるのは、異世界にいる間の僕の人生設計を紛れもなくおまかせしていたライフプランナー、暁音さん。



「ごめん……」


 僕はそんな暁音さんの立ててくれたプランを、有り金をありったけ使うという方法で悉く粉砕してしまったのだ。


「この際、謝罪はいいのよ。どうなろうと悠里くんの人生だからね。だけどさぁ、だけどさぁ、普通するかなぁ?20万する買い物、急に」

「でも、その人に言われたんですよ。必要だって……」

「それはメアリィちゃんにでしょ? 悠里くんが買う必要はなかったんじゃなくて? 」

「はい、おっしゃる通りでございます……」

「しかもきっちり手数料取られてるじゃない、元はその剣10万だったでしょ」

「そういえば……」

「そこも抜けてるのかよぉぉぉ……頼むぜぇ悠里くーん」


 暁音さんにここまで言わせるとは……。

 いやまあ、自分でもお人好しがすぎるとは思うけどさ。


「悠里くん舐めてるよね? 」

「舐めては……無いです」

「じゃあ私の想定の半分くらいになった勉強時間で合格できるんだね? 」


 二級の試験まで残り1ヶ月半。

 そのうちの約20日間は、今日失った20万を稼ぐために僕は働きに出なければならない。

 つまるところ、試験勉強の時間が確実に減る。

 暁音さん曰く、元々五分五分だった勝負が3割以下まで落ち込んだと。


「あんまりプレッシャーかけないでもらえると……」

「いいやかけるよ。圧でもPでもなんでもかけるとも。だって受かってくれなきゃ、悠里くん死んじゃうんだもん」

「そりゃまあ、ごもっともです」

「はぁぁ……でも、それもそうか。元々あんな事しでかす人間だもん、これくらい大胆だよねぇ……」


 大きなため息を着いた彼女は、落ち着かせるために飲んだ紅茶を喉につっかえてゲホゲホと咳き込む。


「それで何、なんでそこまでするの」

「えっ」

「メアリィちゃんにだよ。プレゼント、メアリィちゃんのなんでしょ? 」


 なんでと言われると……なんでなんだろうか。

 そりゃ、あの男の人に必要だからと言われたのはそうなんだけど、何をもって必要だと判断したのか。

 やっぱり、お兄さんの形見になる訳だし、必要な人の元に返しておくべきだって思ったからなのかな。

 ただでも、それと引き換えにするには20万……重たいなぁ。



「メアリィちゃんの事、好きなの? 」

「いや、そういうのでは無いと思うんだ……」


 結局の真相は自分でも分からずのまま。

 愛とか恋とか、そういったものよりも、もっと単純で分かりやすいものな気がするんだよなぁ。


「ふーん……」


――――――――――――――――――――――――


 翌日の早朝、出発する馬車の前にいたメアさんに、僕はプレゼントを差し出した。

 布に包んだ短剣に、初めは戸惑っていたが、彫られた名前を見てからは、表情を一変させた。


「これ、兄貴の……」


 正直、名前は読めたもんじゃない。

 荒々しい彫られ方はきっと素人、さしずめ本人が我流でやったんだと思う。

 でもそれは、メアさんのお兄さんの物であるという何よりの証拠になる。


「バザーで、買ってきたんです」

「……知ってた、この剣がバザーを転々としてるの」


 メアさんは、その時剣に手を触れかけた。

 でも、握るまでには至らない。

 

「でも、私には手が出せなかった」

「値段が、ですか」

「それもある……いいや、ないな」

「えっ? 」

「この剣を買っちゃったら、ほんとに終わるから。兄貴がまだいるかもしれないっていう、私の中の小さな夢が終わるから」


 一度躊躇い、引っ込めかけた手をもう一度伸ばして、メアさんは柄をその手の内へ。

 メアさんが握るその手は、力強く、僅かに震えて、まるでその剣に残る温もりを噛み締めているかのようだった。


「あーあ……。これで私も、真面目に働かなきゃいけないんだな」

「どういう事ですか」

「なんでもない。というか、お前には分からせないから」


 彼女の中で、彼女にだけ分かるお別れが、今済んだ。

 憑き物が取れた、なんて言い方はしない。

 だって、たった今晴れたそれは、彼女がずっと、抱えていたかった思い出だから。



 

「ありがとね、ユーリ」



 


 もらった感謝を胸に、今日もまた変わらず労働の一日が始まる。

 今日の日は、これ以降特に変わったこともなかった。

 何も変わらない、格別な変化なんてものは無い。


「はいっ、どういたしまして」


 でも、あの剣に価値はあったんだと、そう思えた。

 



 

 ちなみにツボは、話のタネにすらならなかった。

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