メアリィと兄 その3
その晩の事、僕はどうしようもなく絵が描きたくなった。
暁音さんから紙とペンを借りて、ロウソク一本の明かりを頼りに、黒一色を走らせた。
出来上がるのはどうしようもなく下手くそで、見るに堪えない出来の女の子の絵。
顔と身体の比率が合わず、そもそもそれぞれのパーツが歪でガタガタ。
真面目に描いたつもりではあるものの、見る人からすれば、ふざけた? と言われかねないクオリティ。
こだわった顔は、何度も描き直したせいで輪郭が5重、6重に線が重なっていた。
傷だらけのしゃがみ姿の少女の絵は、見ているだけで寒気がしてくる。
多分、絵の才が無いが故に起こった悲劇だ。
こんなおぞましい代物、早急に処分しなければ……。
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翌日、いつもの通り馬車で揺られて向こうに着くと、リナさんから声をかけられた。
「メアさんの誕生日……ですか」
「そう、実はもうすぐなの。最近仲良いみたいだからユーリくんからもおめでとうって言ってもらえない?」
「仲良いかどうかはともかく……分かりました」
作業が始まるまでまだ時間はある。
今のうちに声をかけておこう。
積荷を下ろすメアさんに、僕はそっと声をかけた。
「……あの」
「リナ姉に言われてきたんでしょ? 」
「えっ? 」
「いいよ。別にもう、歳重ねて喜べるような年齢じゃないから」
「えっやっ、まだ18ですよね。そんな耄碌したような」
「もうだよ、もう。こんなつまらないことで時間潰してると、あっという間に婆さんになる。働いてる暇なんか人生には一秒だってないはずなのに、私はまたここにいる。はぁ、嫌になる」
メアさんの労働嫌いは相変わらずだ。
結局、おめでとうの一言も言えぬまま時間になって、僕は今日も穴底へ。
本当なら僕もこんなことしてる暇は無いはずなんだ。
けれどお金という壁の前には、こうして服従するしかない。
現実を見れば見るほど、メアさんの気持ちが分かってくる。
やはり、労働はクソだ。
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「悠里くん、もう、働かなくていいよー」
えっ……?
「だって受講料は払い終えたし、三級相当の魔導具は買った。そして、これから必要になる雑費を計算したら、ほらっ、もう貯まってる」
「えっ!? 」
「1ヶ月半よく頑張ったね。お疲れ様」
僕の労働は、唐突な終わりを迎えた。
「えっあっ、いいのもう」
「うん。計算的には、まあ、ギリギリだけど必要ラインには足りてるから、あとは勉強に専念してほしいかな」
それは紛れもない終了。終わり。エンディング。
労働から解放される喜び。
やったfireだfire! 早期リタイアだバンザーイ!!!
「あのっ、明後日だけシフト入れちゃったんでそれだけ行ってきても」
「ああまあ良いけど……。そこで一旦終わりにしてね」
「も"ち"ろ"ん"!!!!!」
だーれがこれ以上働くもんですか。
役目まっとうしたら、そこでお別れ、おさらばだ!!!
「あっそうだ。バイト辞める時って、なんかお菓子とか買っていくべきなのかな」
「ああいうのって日本くらいなものだから、わざわざしなくてもいいと思うけど、気が済まないなら明日買ってくれば……? 」
「そうしようかな」
とりあえず、労働の日々から解放されると言うだけで、何か霧が晴れたかのような爽快さに包まれる。
やめていいと言われただけで、ご飯は2割増で美味しく感じるし、ベッドもいつもよりふかふかに感じる。
ああ、やっぱり労働ってクソだ!




