メアリィと兄 その1
今日も今日とてあくせく働き、その分だけのお金をうけとる。
「はい、今日のお給金」
「ありがとうございます、メアさん」
この仕事を初めて、かれこれ1ヶ月になるだろうか。
未だに慣れが来ない労働に心身共に疲弊しながらも、何とかやってはいけている。
冬も本番。寒さがより一段と増す中での作業は堪えるものがあるが、これも全ては元の世界に帰る為。
生き残るにはこうする他ないんだ。
「おい、お前」
最近は、少しばかり声をかけてくれるようになったメアさん。
「勉強は上手くいってるの」
「えっと、まあ、お陰様で」
三級の合格をなにかのついでで伝えた時からか、彼女の僕を見る目が少し変わったような気がする。
なんといえばいいか、道端の石ころ程度からようやく人として見てもらえるくらいにはなったんじゃないかな。
「ふーん。調子いいならいいんじゃない。変に凹まれて、人手不足になる方がこっちとしては迷惑だし」
「心配してくれてるんですか」
「そういうんじゃないよ。私は単に、いつ躓くんだろうって、リナ姉と楽しみにしてるだけだから」
やっぱ、性格悪っ……。
「こらっメアリィ、またトゲのある言い方して」
「リナ姉いたの」
「いつ躓くかじゃなくて、どこまで行けるか楽しみだねって喋ってたんでしょ。もうっ、恥ずかしがり屋なんだから」
「やめてってリナ姉……」
「ごめんねユーリくん」
まるで母親かのように謝るリナさん。
確か2人は同じ家に住んでるとか言ってたし、母親代わりってのも変じゃないのかな。
「あっ、そうだ。話は変わるんだけど、明後日人手が足りなくて、ユーリくん来れたりするかな」
「ああっはい、多分大丈夫だと……」
と脊髄反射で返してしまったけど、大丈夫かな。
明後日、何かあったか……あっ。
「ごめんなさい。そういえばその日魔導の講義会があって」
危ない、二重に予定をいれるところだった。
「ああっそっか。予定があるなら仕方ないね」
「すいません」
「気にしないで。なんなら私も行けないんだし」
「何かあるんですか? 」
「えっと、おばあちゃんに会いにいく用意するんだ」
「おばあちゃんか、楽しそうですね」
リナさんは「ふふっ、そうなのー! 」と楽しげに笑う。
わざわざ用意をするということは遠方に住んでいるんだろうか。ちょっとした小旅行になりそうなのがうかがえて、聞いているこっちまでワクワクしてくる。
こんな朗らかな雰囲気が漂う中だけれど、その横のメアさんは、どこか浮かない顔をしているように見えた。
「メアさんはどこか行かないんですか」
「なんで行く必要があるの」
「いや、気分転換にどこかーとか行きたくなりません? 」
「私はいいよ。今はそんな気分じゃない」
旅行嫌いなのか、冷ややかな態度は変わらずの彼女。
なにか旅行にトラウマが……さては乗り物酔いが激しいとか。
嫌でも、あの穴に行く時はいつも馬車だしな……。
「ジロジロなにさ」
「いえ、なんでもないです」
「あっそ、次つっかえてるから行って」
「またねユーリくん」とリナさんに手を振られ、僕はバイト先を後にする。
旅行か。いつか暁音さんとできる日、あるかな。
――――――――――――――――――――――――
翌日、一人、図書館で勉強していると、とある赤い瞳の少女の姿を見た。
青と紺の装いに身を包み、小柄ながらもその態度と風格で権威を示す。
ゼラ・トートニウム。
王都直属護衛隊の研修生であり、僕の先生でもある人。
図鑑ほどのサイズの本を手に抱え、彼女は、僕の横を過ぎていく。
その間、僕は咄嗟に下を向いて、顔を隠した。
挨拶くらいすればよかったかな、なんて思うが、相手が気がついていない以上わざわざ足を止めさせるのもなんか悪いし、なんでもない素知らぬ人を演じてやりすごす。
そういえば、元の世界でもこんなことあったな。
たまたま行った先が同級生のバイト先で、こっちが先に気づくんだけど、久々に会ったから何を話せばいいか考えを逡巡させた挙句、結局面倒になって、他人のフリしたり別のレジに並んだりする。
臆病と言われればそれまでだけど、わざわざ会話するほどの関係性でも無い相手に喋りかけに行くってのは、それなりにハードルの高いことだ。
飛び越えずに済む方法があるのなら、そっちをとるのだって間違いじゃないだろう。
まあ、これもコミュ力さえあれば意識するまでもないハードルなんだろうけどね。
さて、そろそろ過ぎただろうと顔を上げる。
振り返るとゼラさんは、とっくに奥の方まで行っていた。
何事もなく過ぎ去ってひと安心。
勉強に戻ろうと身体を前に戻しかけた途端、視界の端の彼女がくるりと踵を返すのを見た。
段々と近づいてくる足音、行先は分からないがこっちにゆっくりと迫ってきている。
まさかと思い、身体をこわばらせていると
「すまない」
僕の耳にそんな声が届く。
「君は確か中級講義の受講者だったな」
彼女は、確かに横にいて、そして僕に対して声をかけていた。
「えっあっはい」
「……何を緊張しているんだ? 」
「いや、先生からわざわざ声をかけられるってなんかやらかしたんじゃないかって」
「……? よく分からないが君が心配するようなことは無いよ。少し伝えておかなければならないことがあるだけだ」
伝えて……?
「明日の講義が休講になるそうだ。図書館の改修工事の関係らしい。埋め合わせについては追って伝える。以上だ、ほら、怯えることは何もないだろう」
第一に出た感想は、あぁなんだそんなことか。
ほとんどの場合変に緊張する必要なんてないのは分かってるけど、そういう性質と言うべきか、この癖はやっぱり抜けない。
「そっか……分かりました。ありがとうございます」
要件を伝え終えると、彼女は向きを変え歩き出す。
明日が休み……そうしたら。
「なら、明日の穴掘りには行けそうだな」
そう、ぼそっと呟いた一言。
「穴掘り……? 」
それが、彼女の何かを誘った。
再び踵を返してこちらに向かってくるゼラさん。
「君、穴を掘るのか。芋でも育てているのか」
「アルバイトなんです。ひたすら、穴を掘る」
「穴を掘るだけ……? それ以外には」
なんでそんなに食いつくんだろう。
そんなに気になるワードかな、穴掘り。
「ほんとにそれだけのバイトで。理由とかまでは知らされてなくて」
「怪しいバイトじゃないのか」
「いえ。確かに窓口から申し込んだし、説明じゃ公務の一環だと説明されて」
話を聞いて、ゼラさんは、顎に手を当て少し考え込むようなポーズをとる。
「場所はどこだ」
「それが、僕も分からなくて……」
「? どういうことだ」
「毎日、そこに行く時は拘束されて目隠しされてて」
裸にされてることは言わないでおくけど。
「……? ほんとに公務なんだな? 」
「はい……」
「……恐らくは、失業者に対する雇用が狙いだろう。職のない者に公共事業として職をつくり、経済の繁栄を画策する王の政策。だが、穴なんて掘って何をする気だ」
ゼラさんも直属護衛隊だから何か知ってるのかもって思ったけど、さすがに1年目じゃ知らされてないのかもな。
「多分、ダムだろうと……」
「ダム?」
「非常時用のため池のことです、水不足に陥った時とかなんかに貯めておいた水を解放して……」
「水不足か……確かに辺境の村になら起こりうるかもだが、ここは中規模都市。魔導具使いは私含めいくらでもいる。魔導具によって生み出せば水不足など起こることは無いだろう」
そっか、魔導具で水は出せるのか。
「だが考察としては悪くないと思う。柔軟な発想は見習いたいものだ。君、名前は」
「悠里です。石上悠里」
「ユーリか。私の方でも穴について調べておこう」
「そんな、悪いですよ」
「いいんだ。何より、私が気になる」
「では、また次の講義で」と、今度こそゼラさんは、この場から立ち去った。
結局、なんで穴掘りに食いついたのかは分からずじまい。
一体何が彼女の好奇心を誘ったんだろうか。
穴が好きなんだろうか。
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