デート回! その5
料理の待ち時間、話題に上がったのはやはり魔導具の事だった。
「ねぇ、悠里くん。さっき買った魔導具見せてもらってもいい? 」
僕は腰に提げてたそれを、机の上に。
空色の魔導具。僕の5日分の給料叩いて買った、3級魔導具界隈でも最高威力の一品。
「うん、やっぱり綺麗だね。アクセサリー代わりに付けてても違和感ないかも」
「あのさ、魔導具を売ってる店って他にもあるんだよね」
「うん」
「じゃあどうしてあそこにしたの」
「いちばん大きな理由は、あそこが3級までの魔導具を扱ってるってのがだけど、あそこのはさ、可愛いんだよね」
「可愛い……? 」
「可愛いでしょ? 魔導具本体を円形のコルクボードに嵌め込む、そして周りにラメを散らしたりして華麗に装飾。完成系がそれ、ほら可愛い」
「可愛さで選んだの……? 」
「悠里くんだって最終的にはそれ選んだじゃない」
「そうだけどそうじゃない……! 」
初めて訪れた魔導具屋があんな感じだったから、ファンシーっぽい装飾されているのがデフォルトだと思ってしまっていただけ。
「じゃあこんな感じじゃない魔導具もあるってことだよね? 」
「うん。武器や防具にはめ込まれたりしてるのが一般的なのかな。こういう風に魔導具単体で持つのは複数個持ちたい時が多いよ」
そう言えばエリッサさんの魔導具も、杖や鎧にはめ込まれてたっけ。興奮のあまり、うっかり失念していたな。
「じゃあ僕もそういうやつの方が良かったんじゃ」
「まあ、そういう意見も一理ある。でも悠里くん、普段から武器持って歩かないじゃない。いざって時に使えなきゃ宝の持ち腐れでしょ? 」
「まあ、そうだけど」
「なら普段から身につけてても邪魔にならないアクセタイプの方がいい。それに腰下げ式なら無くしにくいしね!」
…………。
「小学生の財布か。僕のことマヌケだと思ってるでしょ」
「……バレた? 」
「思っててもバラすな」
「で、能力は?」
話を逸らした…………。
「ほんとにそれでよかったの? 」
「うーん……」
良かったかと聞かれると、まだ正直なところ分からないと答えるしかない。
「炎みたいに分かりやすく攻撃、みたいなのじゃないから結構難しそうだけど」
「そう、だね。どう使ったものか、買い物の待ち時間とかにも考えてみたけど、まだ思いつかないよ」
「威力重視でそれにしたけど、使えなきゃそれこそ豚に真珠で、猫に小判。最も"霜柱"なんて誰が使っても上手い方ない気がするけどね」
「やっぱり無茶だったのかな……」
机の上できらりと輝く空色の球体。
この魔導具ができることは、1つ。
大抵の魔導具は、この世界に生きる生物のエーテル器官を加工して作られたもの。
そして、僕が買ったこいつも例外じゃない。
クリスタラット、その生物のエーテル器官が持つ能力は、地中から霜柱を生やすこと。
「たぶん元の持ち主が一番有効な使い方してるしね。寝てる間に、周囲に霜柱を生やして外敵の接近を察知する。耳のいい、クリスタラットの生存戦略。魔導具の元の生き物の生態からヒントを得るってのは、魔導具使いの定石だけど、これに関しては参考にならなそうだね」
「一応不意打ちとかなら、霜柱を踏んだ時のザクッって音で察知できたりするけど……」
「現実味は無いね」
後悔こそないけど、行き詰まっているのもまた事実。
霜柱なんて生活の中でも意識したことなんかない物を活かす。それがどれだけ厳しいことか、僕の頭じゃ限りがある。
「まあ、あくまでも悠里くんが魔導具に慣れるまでの訓練用だから。2級、1級って受かったら、他のに買い換えるわけだし、魔導具に慣れることさえ出来れば最悪物はなんでもいいからね」
「それもそうだけど……やっぱり活かして戦いたいんだよなぁ。あんまり見たことないでしょ霜柱系ファイター。第一人者としてもしかしたら、有名になれるかもしれない」
「見たことないのはさ、多分霜柱が氷の下位互換だからなんじゃないのかな。やれることもほぼ氷の劣化だし」
「そんなことっ……ほらっ、霜柱を自身に纏わせて、霜柱パンチとか、霜柱アーマーとか」
「全部弱そう、ボツ」
「だよね……」
なんだか漫画家と編集者とのやり取りってのはこんな感じなんだろうなと謎に苦労を感じた。
案だしって大変なんだな……。
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「はぁ、お待ちどう」
気怠げな態度は相変わらずで、小さなメイドさんは僕らの間に料理を並べる。
あちらこちらへと点在していく料理たち。僕の前に麻婆豆腐が運ばれたり、トンカツを運び忘れてたりなど色々配膳のミスはあれど、料理自体の出来はとてもいい。
カレーを除いて、数週間ぶりの元世界の食事。
香りや見た目、飛び込んでくる情報は全て、食欲以上の何かを刺激してくる。
「とりあえずそれはこっちで、こっちは悠里くんので…」
暁音さんによって並び替えられ、無事に注文通りの品が目の前に並んだ。
「じゃ、食べよっか」
両手を合わせ、2人揃って声に出す。
「「いただきます」」
そう言えば、箸を握ったのも数週間ぶり。
使い方を忘れてない自分に少しばかり感心しつつ、ソースのかかったトンカツを一口、パクリ。
「……うまい」
大袈裟に言うものでもない。庶民的で無難で、ああ、正しく食べなれたトンカツだと思える、そんな味だ。
「あーその顔、やっぱりそうなるよね」
「そうって、どう?」
「なんて言うか、ホッと一息落ち着いてるような安心しきった顔」
ホッと、か。
確かに、心は落ち着いてて気分は安らいでる。
「そう言えば、家のカレーの素を作ってくれてるのもここなんだよ」
「ああ、なるほど。だから、あの食べなれた味ができるのか」
「と言ってもカレールーって作るの難しいと思うんだけどね。凄いよ、ここのオーナーさんは」
餃子に炒飯、次々と口に運んでいく暁音さん。
見てて惚れ惚れするほど、気取らない食べっぷり。
いつもはもう少しおしとやかな食べ方してたと思うけど、よっぽどここの料理が美味しいんだろうな。
「そうだ、悠里くん」
右手に次の炒飯を持ちながら、僕に話しかける彼女。
「さん付け、やめてみない? 」
暁音さんはそう言うと、一粒と残さずレンゲの中の炒飯を口に入れる。
「……さん付け。やめるって」
「うん、呼び捨てって事。もう知り合って結構経つし、お互い同じ家にも住んでるんだし、敬称とかもういいんじゃないかなって」
もぐもぐと口を動かす彼女の前で、僕はどうにかこうにか平静を装う。
さん付けをやめる。
呼び捨てで呼ぶ。
つまり、暁音さんを、暁音と呼ぶ……。
「無理です」
「決断早っ」
だってもクソも無い。
女の子を呼び捨てにするなんてなんて無礼で汚らわしい行為。
そんなことしてみろよ、万死に値する極刑だぞ。
「なんで嫌なの? いつまでも暁音さんって、他人行儀な感じがして、ちょっとだけ距離感じちゃうからさ」
「いや、距離感なんてゼロでしょゼロ! タメ口で喋ってるし! 同じ家で寝泊まりしてるし! 今もこうしてご飯食べてるし! 」
「いやまあ、そう言われればそうなんだけどさ」
「というか暁音さんはずるいんだ」
「え、何。私? 」
「暁音さんだって、僕のこと悠里くんって呼ぶじゃないか。ずるいでしょ、自分だけ敬称つけて許されるなんて」
「だって、くん、なら距離感感じないでしょ……? 」
「そこだよそこ。くん、ってのがずるいんだよ。男にはくんってつければ幅広くちょうどいい距離感作れるのに、女の人には、くんと同じようなラインの言葉がないんだもん。これをずるいと言わずしてなんという!!! 」
「それは私のせいじゃないじゃん。えーーっと……ほら、あるよ。くんの代わりに付けられるの」
「例えば……? 」
「ちゃん」
「暁音、ちゃん? 」
口に出すと、遠くから鼻で笑われた。
「……………………………………やっぱ無しで」
「なんで提案した本人が恥ずかしがってるのさ」
「想定してなかったの!自分の名前の後ろに付くなんて」
「嫌なの、暁音ちゃん……? 」
「やめてよ! 響きが赤ちゃんみたい! 」
まあ、言ってるこっちもセクハラオヤジみたいで気持ち悪くはあるんだよな。
くん、に比べて使いどころがないな、ちゃん。
「だからさ、これまで通りでいいんじゃないかな」
「暁音さん、のままかぁ……」
少しガッカリした様子の彼女の前で、僕も少し落ち込んでいた。
呼び方なんて、多分ほとんどの人は気にしないことなんだ。
苗字だけとか呼び捨てとか、仕事とかの間柄じゃなきゃどれだけだって飛び越えてもいいんだろう。
僕は結局、暁音さんって呼び方から進むことは出来なかった。暁音って呼び捨てにするのは、僕にはとても怖いことで、躊躇うことで、何より踏み越えちゃいけない領域だ。
それは、この関係性が少しでも崩れる可能性があるからで、僕が、酷い臆病だからだ。




