デート回! その4
街の外れにある、閑古鳥が鳴くようながらんとした道。
そこに目的の店はあった。
「とーちゃーく! ここだよ、私イチオシの名店」
イチオシ。名店。彼女はそう言うが。
「その割には、全くって言っていいくらい人が居ないみたいなんだけど」
目線の先、並ぶ家屋の中にひとつだけ看板を構えたその店は、どことなく薄暗い雰囲気を漂わせ、外観のところどころに年季が見られる。
正直、一見さんは絶対寄り付かないだろうと思えるほどに、みすぼらしい。
飲食店として、最悪のビジュアル。
「あらあら悠里くん、隠れ家っぽい店ほど常識外れな逸品料理がでてくるもんだよ」
「隠れ家にも限度があるって……」
尻込みする僕を「なぁに?意気地無しめー」と挑発する暁音さんは、堂々、その店の扉を開く。
「ごめんくださぁい」
後に続いて入る店内には、客はもちろん、他の誰も。
定休日か何かなと思っていると、奥から何か。
「あっ……! 」
声と共にひょこっと現れたのは、白いフリフリ。
頭の上に付いてるそれは、紛れもない、ブリムだ!!!
ブリム。
それはメイドさんの頭についてるカチューシャ装飾の事。
なんでそんなマニアックな言葉知ってるのか。
僕が知ったのは、好きなキャラクターがメイド服を着てて、その絵描こうとしたときにメイド服について調べたから。
メイド服と言えば2次元ジャンルじゃ、水着、制服の次くらいには着させられる衣装。
どこいっても出てくるから、オタクがその情報に触れる回数も自然と多くなる。
スカートを膨らませるために下に着るふんわりしたやつはパニエ、だとか。
ちなみに、こういう風に妙に服の名前に詳しいオタクがいたら、そいつは絵描き文字書きの可能性が非常に高いっ!!!
資料探しで絶対調べてるからね。
そしておそらく異性物の洋服でそいつの検索履歴は埋まってるから、絶対人に見られたくないはずだ。
くれぐれもそれを餌にからかったりなんかしないように! やられた側は、そんなことですら筆を折っちゃう可能性になりうるんだから!!!
まあ、そんな僕は絵描きにも文字書きにもなれなかった存在なんだけれども……。
そんなことは今はどうでもいい!!!
たった今、その物陰の奥には、間違いなくメイドさんがいるんだ!!!
遠目から見て、僕より背の低いその子。
きっとドアの音で僕らに気づいただろう彼女は、僕らの前にいよいよ姿を晒す。
ああ、とうとうホンモノのメイドさんに会えるんだ。
異世界といえばの醍醐味、コスプレじゃない本物の!
高鳴る鼓動、滲み出す汗。
ゴクリと唾を飲んで、僕は今、その時を待つ。
ああ、メイドさん。憧れ、待ち望んだメイドさん。
メイドさんに言ってもらうなら、第一声は勿論アレだ。
お、ではじまって、せ、で終わる。
ご主人迎える合言葉。
僕らの間柄が結ばれる、魔法じみたその一言。
さぁ、さぁっ!
その子の口が、開いた。
「お帰りなさいませ! ご主人……ってなんだガキかよ」
ご主人様キャンセルっ!?
「おーい人来たぞ、起きて飯作れ」
メ、メイドさんはぶっきらぼうに厨房の方向いて声をかけた……。
「はいよぉ……って、暁音ちゃん。いらっしゃい。今日は彼氏連れ? 」
「まあ、そんなとこです。なんて」
第一次メイドショックで崩れ落ちてる僕をよそに、厨房からでてきた店主さんらしき男性と仲良さげに会話する暁音さん。
名前で呼ばれてたし、暁音さんが結構な常連なのがうかがえる。
「ほら、悠里くん、この人オーナーの川村さん」
暁音さんは紹介してくれてるけど、正直あのメイドさんのことで頭がいっぱいで……って川村!?
「ってことは日本人ってこと……? 」
「うん、私たちとおんなじ転移者。大体の事情は知ってるよ」
「よろしくな……悠里くんだっけ? 」
頭にタオルを巻いた川村さんは、僕に手を伸ばして握手を求める。
「よ、よろしくです」
見かけによらずがっしりした手は、日々鍋を握っているんだろうことが感じられた。
「とりあえず空いてる席座ってよ」
「空いてる席……」
全部だなぁ。
「悠里くんここにしよ。四人席だけどテーブル広い方がいっぱい料理乗せられるし」
先に座った暁音さんに続いて、僕も席に腰を下ろす。
今日の疲れ、主に荷物持ちの疲労がどっと解放されていく。
一気に色々起こりすぎて少し頭が混乱してるけど、まずこの休息が何よりの癒しだ。
川村さんが厨房に戻ると入れ違いに彼女が来た。
「水、それとメニュー」
それだけ言って、机の上に置いたあと、彼女は空いてる席に足組んで座って欠伸をしていた。
「悠里くん、あの子気になるの? 」
「まあ、うん」
いやなんかさ、やる気のないメイドさんってのはさ、世界広し、ジャンルとしてはいるは思うんだけどさ、僕が求めてたのはそういう変わり種じゃなくてもっと順当な正統派のメイドさんで。
例えるならリナさんにメイド服を着てもらったら、多分そういうイメージ通りのメイドさんになるんじゃないかな。
「あの子がって言うよりかは、メイドさんがって事なんだけど」
「ああ、メイドさん見るの初めて? 」
「うん。執事みたいな人は見たことあるけどメイドさんは今日が初。だけど、異世界のメイドってあんな感じなんだって……なんか長年の夢が壊れたみたいで……」
案外、メイドさんの実態ってのはこんなもんなのかな。
本来なら広いお屋敷の家事だもんね、面倒ったらありゃしない。
いつも笑顔でニコニコなんて……無理か。
「彼女が特例なだけな気もするけどね。私もメイドさん見たのここくらいだし、御屋敷とか行かないとこの世界のメイド事情の正確なことは分からないんじゃない」
「御屋敷……ルフローヴさんに相談してみようかな」
「メイドさん見せてくださいって? 」
「いや、変質者だなそれ……」
「さてと、注文どうする? 悠里くん先見ていいよ」
渡されたメニュー表には、結構たくさんの料理たち。
そのどれもが異世界らしくない、元の世界のラインナップ。
「おにぎり、味噌汁、とんかつ、焼き鮭、生姜焼き、肉じゃが……なんか定食屋さんっぽいな」
「下の方も見てみて」
「ええと、麻婆豆腐に回鍋肉、ハンバーグにフライドポテト……なんか、全部だね」
「うん、全部。イメージつくものはだいたいあるでしょ? それがここの魅力なの」
「へぇ……こんなにあると毎日でも違うもの食べられるし、もう晩御飯ここでいいんじゃ」
「悠里くん、そんなこと口が裂けても言えないのよ? 」
「え? 」
疑問に思う僕を前に、彼女はメニュー表の一番下、小さく書かれた文字を指さす。
「ええと、全品一律、50000z!?」
「別に毎日食べようと思えば食べられるんだけど、さすがに一食に5万払って自然体に過ごす度胸、私には無いかな」
「なんで、そんな、ぼったくり価格なの………………」
「まあ、日本食なんてここら辺の人ほぼ食べないから。味覚がそもそも合わないんだよ。物珍しさで入る人はいるけどそれだけで経営できるほどお店って生易しくないんだろうね。ちなみに出す料理がほかと異なりすぎて、街の人からはゲテモノ屋って呼ばれてるみたい」
「そんな呼ばれ方しちゃあそりゃ誰も来ないって」
「少数を相手する商売っていうのはこういうふうに、単価を上げてかないとってこと。勉強になったね悠里くん」
「にしてもぼったくりだと思うんだけどなぁ」
「海外じゃ、ラーメン1杯4、5000円するみたいな話きいたことない?それと一緒だよ」
「一緒かなぁ」
「まあ、お金のことは気にしないで。勝手に私が連れてきたんだし、私が払うよ」
50000z、僕の給料丸々数日分。
こんなの払えるはずもないので、ここはブルジョワジー暁音さんにお願いして払ってもらうしかない、よな。
「で、決まった? 」
「えっと……じゃあトンカツ、千切りキャベツ付きので」
「私は、餃子とチャーハン、あと麻婆豆腐かなぁ」
「結構食べるんだね」
「悠里くん、女の子の前でそれ禁句だからねー」
「すいませーん」と暁音さんはあのメイドさんを呼ぶ。
気怠げに近づいてきた彼女は、注文を聞くと、厨房に向かって復唱。
そして役目を終えたと言わんばかりに元の席に戻り、また欠伸をした。
「あの子っていつもあんな感じなの……? 」
「うーん、どうだろう。他の人とか居る時は、接客もっと丁寧だった気がするかな。まあでも、子供だから。多少の粗くらい許してあげなきゃ。それにきちんと注文とか取ってくれたし」
子供だから、か……。
働き方にも色々あるとはいえ、あんな態度で働いてたら店の印象が悪くなる。メニュー外観以外の人の入らない要因になってるし、店主さんがどうしてそれを許しているのかも分からない。
うちのバイト先ならメアさんに怒鳴られるだろうなぁ。
読んでいただきありがとうございます!!!
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