講義前にて
あれから何事もなく無事に着いた僕は、受付のお姉さんにお金を払い、無事十回分の講義資格を得た。
「ご欠席の場合でも払い戻しはできませんので、ご注意くださいね」
「わ、わかりました……」
講義一回、7650G。だいたい1日分の稼ぎと同じだけ。
こりゃうっかり熱も出せないなと、今から怯える始末。
「中級講義は、奥から二番目なのでお間違いないようにお願いします。それでは、頑張ってくださいね! 」
彼女から社交辞令の声援を受けた僕は、時間まで椅子に座って時間を潰す。
少し浮き足立つ気持ちを抑え込む。
じっとしていられない、とまではいかないが、いよいよ本格的な魔法のイロハが学べるとなると、やはり興奮せずにはいられない。
だって魔法、現実には起こらない全ての事柄の総称。
今まで夢見た憧れは、今日より現実に……!!!
無表情というのはさすがに無理で、どうしても頬が緩む。
合格までに地道な努力が必須なのは重々承知だ。
元々、学校の成績は中の中。突出したのも無く、凹みらしい凹みもそんなに無い。
受験においていちばん厄介なタイプだと、中学の頃の先生には言われるような成績だ。
どう伸ばしていいか分からないと言われるほどの凡人。
そんな言い方はないだろうと思ったけど、あれから一年近くたって、その言葉は本当だったなと高校入試で思い知らされた。
いっそ、全て才能で決まってしまえば。
努力無しに、生まれつきで全てが決まる。
身体に刻まれた印が異界との接続を果たし、魔術師固有の異能力が…………的なのも、自分だけのオリジナルって言うロマンがあるし、何よりこんな自分を引き継がなくて済む。
けど、もしこの世界がそういうタイプの異世界だったら、僕は間違いなく落ちぶれただろうな。
魔法を使うために頑張るとしても、先が決まってるとなるとどうしても僕はサボるしやる気が出ない。
決まりきったことが多分苦手なんだと思う。
レベルさえ上げれば、理論上はなんでも使える。
そんな風に思えば、何となく魔法の勉強にも希望が見えてくる。
だから多分キツイだろうけど、こっちの方が合ってるはず。
さっきから広げてる魔術論理の本も、今はさっぱり分からない。
けど授業を受ければもしかしたら変わるかもしれない。
変われば、魔法が使えるようになる……。
「講義開始10分前です、参加希望の方はこちらへ! 」
いよいよだ。
席を立って、借りた本をしまってから、僕は講義室へ入る。
講義室は大きな黒板を前に、中央で別れた横長の机が数列分。机ごとに4席分、椅子が規則正しく配置されている。
やる気の表れか、それとも目の悪さが理由か、僕は自然と1番前の席をとって開始を待った。
続々と入ってくる参加者たち。
年齢も性別もバラバラ。
けど、なんとなくの法則性は有って、なんと言うか、若い子ほど気品があった。
平民とは違う丁寧な作りの服装。彼らは横に従者らしき人を侍らせたり、紙とペンを自前で用意していたり。
その中には、僕よりきっと幼い子もいた。
彼らが恐らく、暁音さんの言ってたスタートラインがずっと前の子。
辺りを眺めていたら、僕の隣におば様がきた。
「お隣いい? どうも最近目が良くなくてね」
否定する理由もなく、僕は、どうぞと返す。
一体、おいくつなんだろうか。この歳になっても勉強をしようとする姿勢には、とても見習うべき物がある。
「お兄さん、初めて? 」
「あっ、はい」
「そう! 実は私もなの……! わからないことあったら、聞いてもいいかしら? 」
「えっあっ、はい! 大丈夫、です……! 」
そう、おば様に咄嗟に答えたけど、自分が分からない可能性がある、よな…………。
「良かったぁ」と、ルンルン気分のおば様。
その横で少し不安になる自分。
果たしてどのレベルの内容なのか。
頼むなるべく簡単であってくれ。
そしておば様、だいたい全部わかってくれぇ……!!!
ゴーン、ゴーン。
チャイム替わりだろう鐘の音が、講義室中に響く。
すると、この教室にまた一人。
青色のしっかりとした装いの少女が入ってくる。
「あっ」
と思わず声が漏れたのは、その子が数日前の試験の日に見かけたあの子だったからだ。
紺の短髪を靡かせ、近づいてくる彼女。
この子も講義を受けるのかと関心してると、彼女の足は僕の席を通り越した。
「今回、魔道講義中級を担当することになった、ゼラ・トートニウムだ。約三月、皆の担当として教鞭を振るう。未熟者たる私に指導される事、不満を持つ者もいるだろう。今日の講義を受け、なおそう思うのならば、私の自費で返金を申し受ける。まずは、私の力量を皆の目で測って欲しい。どうか、よろしく頼む」




