だから、生き急いだりなんかしないでね
戦いは終わった。
そう分かってるのに、実感らしい実感が湧いて来ない。
僕が馬乗りになってる男は、気絶したように眠っている。
至近距離の右手から放った催眠ガスは、これだけの大男でも一瞬で昏睡させた。
宝石一粒分を代償にしたから強力になったんだろう。
ともかく、無事に終わった。
色々細かいミスはあったけど、大事には至ってない。
むしろ、今、こうしてガスを前に事前に口元を塞げてるだけ、僕からすれば上出来な方だ思う。
文字の通りなんでも出来るスキルに、振り回されつつだったが、役目は完遂できた。
とりあえず、一安心。
思わずしたくなる、ほっとした一息を、今は我慢。
ここで息を吸ったら、何もかも台無しだ。
「あの……」
突然、後ろから女の子の声。
「えっ、はい……! 」
…………あ。
――――――――――――――――――――――
「大丈夫、かな……? 」
「多分、痛たた……! 大、丈夫……! 」
うっかり吸った催眠ガスで、身体が昏倒寸前の状態にまでなった僕は、ここで気を失ってたまるかと、最後の意地みたいなもので土壇場の策を実行。
貴重な宝石2粒で、洗濯バサミを2つを作って、閉じそうになる瞼を無理やり止めた。
ちぎれそうなくらいの激痛のおかげで眠気は吹っ飛んでるけど、……たぶん、今の僕の見た目はおかしい気がする。
「ほんとに大丈夫……? 」
「これ……くらいなら……大丈、痛っ!」
彼女の不安そうな表情の先が、僕の頭に向けてじゃないことを祈りつつ、僕は返事をする。
「ごめんね、私なんかのために。そんなに沢山、頑張らせちゃって……」
申し訳なさそうな顔で、洗濯バサミを外した僕に謝るアカネさん。
「その足の傷とか、痛いよね。ごめん……」
「あっ、いや、僕のは多分、すぐ治るから」
僕の目の上のヒリヒリを「とか」に含めてくれた彼女に感謝したいけど、そんなことより、というより、僕のこんな擦り傷より、明らかにアカネさんの方が深刻だった。
潰れてたっておかしくない右目。
何度も蹴られてアザになってる左足。
たまに喉から出る咳には、見てわかるくらいに血が混じっていた。
「でも……」
「ほんとに、軽く擦れただけだから。それに、こことか、もう、治り始めてるし」
そう言いながら見せた僕の右腕は、ほとんど傷なんて無かった。
さっきの戦いから10分そこらだけど、癒える前に、治ってる。
謙遜とか、そういうのじゃない。
元いた日本じゃ考えられない程の速度での、自然治癒。
「うん、そっか。そう、なんだね……。それなら良かった。うん、良かった……」
「それより、アカネさんの方が」
「えっ、あ、うん。私も、うん、大丈夫だよ」
何でか動揺しながらだけど、彼女はそう言う。
「私も同じように治るから」
同じように。
怪我の具合からはにわかに信じ難いけど、この世界に生きる彼女がそう言うのなら、きっと、あの元素が全て治してくれるのだろう。
転んだり、切ったり。
そうして出来た傷が塞がるまで、程度にはよるけど、普通なら一晩以上はかかると思う。
血液の中にいる血小板が血栓を作ってとか、その上から覆うように皮膚が出来てとか、そういった、保健の時間に習ったような働きで、僕らの体は再生する。
ただ、この世界じゃ、そんな働きが起こる前に、人の身体は再生する。
この世界にしかない、空気中に舞う、見えない粒子。
さっきの戦いで敵が使ってた、遠距離攻撃の元になる物質。
「それ、"エーテル"……だよね」
――根源元素 エーテル
それは、この世界の魔法の源。
あらゆる魔術の元となる、波でも、粒子でもある物質。
転移前、神様が僕に説明してくれた。
エーテルとは、変幻自在のエネルギーの塊。
なんにでも変化する、万能の元素。
この世界で生きる全ての生物が、エーテルを駆使して生きていると。
この世界で魔法を使うには、体内でエーテルを分解する必要がある。
食べた肉をタンパク質へと分解するように、飲んだお酒を害のない物質にするように、エーテルも、使える形状に分解する必要がある。
そのための器官がある。
それが、エーテル器官。
アルコールで言うところの肝臓みたいなポジション。
元の世界で産まれた僕には無いものだから、スキルの力でわざわざ作った。
と言っても、詳しいことはあまり分からなかったから、神様に言われるがままだったけど……。
エーテル器官によって分解されたエーテルは、自動的に傷口へと運ばれて、僕の血肉へと変わっていく。
それがこの世界に生きる人々の、治癒力の正体。
「そう、だと思う」
だと思う、なんて曖昧な言い方しかできない。
だって、多分、というか絶対、神様からサラッと説明されただけの僕よりも、この世界で生きてるアカネさんの方が詳しいに決まってる。
その彼女が大丈夫って言ってるんだから、多分、大丈夫なんだろうけど、その痛々しい姿を見てると、どうしても心配になる。
「その、ほんとうに……」
「平気。私も、そこに倒れてる"彼ら"も含めて、きっと大丈夫だから」
彼ら……。
「あっ……」
そう言われて、僕が人の上に乗ったままなのを思い出した。
いくら悪党だからって、椅子がわりにしていいわけないよな……。
「一番重症な丸焦げの彼でも、まだ、生きてるから、たぶんだけど、大丈夫。即死じゃなきゃ、ほとんどの場合生きてるよ。あとは、どれだけエーテルが廻ってくれるか、かな。早ければ、多分半日くらいで元通りだよ」
これだけやっておいて説得力が無いかもしれないけど、内心、人殺しになるんじゃないかって結構びびってた。
いくら悪党だからって、椅子にしていいわけないし、それどころか、殺したっていいわけもない。
奴から降りて、久しぶりに自分の足で身体を支える。
運動不足だったからか、既に筋肉痛みたいなので足が軽くしびれる。
僕ですらこんな感じなのに、直接傷を負ってるアカネさんは何で立っていられるんだろう。
異世界人の強さみたいなのを目の当たりにして、分からされる。
――――――――――――――――――――
「……あのさ」
足に意識がいってたら、アカネさんは、いつの間にか、どこか神妙な顔つきで僕を見ていた。
「助けて貰っておいて、こんなことを言うのも変だと思うけど……。早いうちに、帰った方がいいと思う」
「えっと、それってどう言う……」
突然そんなこと言われて、一瞬、茶化してるのかなとも思ったけど、どうやら、そうじゃないらしい。
「まだ、ここ来たばっかりで、何にも見れて無いんだけど」
「それでいいと思う。多分、何もかもほっぽり出してくるくらい、価値があるところじゃないよ、ここ」
戸惑ったが、傷だらけの彼女が言うと、説得力というか、半ば脅迫に近い圧があった。
「そんなに言うほど、治安とか、良くないの……? 」
「治安は、そうだね、あんまりって言うか、とびきり、かな。さっきみたいな奴らもいれば、いつかほんとに大戦に巻き込まれちゃうかもしれないくらいには良くないから」
異世界だから、それくらいは承知で来たつもりだ。
それに、いつかはそうなるかもだけど、今は賑やかだし、何かあったとて、今の僕ならどうにかはできるはず。
現に、そこに倒れているのは数分前の僕の成果だ。
「案外、平和そうに見えたんだけど」
「目につきにくいってだけだよ。どこだって、自分が気づかない内はずっと平和」
「じゃあ、僕は誤解してるってこと。僕が思ってるほど、楽しんだりしていいような場所じゃないって」
「うん、そうだね」
変わらない真剣な眼差しで、真っ直ぐにそう言われると、少し、心にくるものがある。
一体、何を誤解してるって言うんだろうか。
「多分、君にはまだ早いよ。こんな場所で得られるものなんて、どこにだって転がってるはずだよ。そんなに急いで来るところじゃない」
「急いでって、何を」
なんだか、諭されてるみたいだった。
そりゃ、ここのことはアカネさんの方が詳しいだろうけど、でも、こっちの事情なんてなんにも知らないはずだ。
それなのに、早いとか、急いでとか、僕の何を知ってるって言うんだろう。
「そんなつもりは、なんにも無いんだけど」
頭ごなしに否定されてるみたいで、反論する言葉につい棘が混じった。
何が言いたいのかわからない問答に、熱が入ると、状況は一変した。
「だから、あっ……! 」
……!?
突然、アカネさんが崩れたように倒れ込む。
前に倒れる彼女の身体を、何とか支える。
「あっ、ごめん……ね」
「いえ、あっ、僕の方は。そっちこそ、大丈夫」
「うん……ちょっともう、厳しいかな……」
そりゃそうだよな……。
こんな状態で、立って喋ってられる方が不思議なくらいだったし、無理もない。
「もし、気を失ったりしたら、そこら辺に投げ捨ててくれればいいから……」
「そんなこと。せめて、近くの休める所までは」
「うう……ん。これ以上、迷惑……かけられないから」
そう言われてもさすがにそんなの。
せめて、何か出来ることは……。
そうだ、スキルなら。
エーテルの回復に頼らなくても、スキルを使えば、一瞬で治せるはず。
スキルを使おうと強く念じる。
傷が癒える様子をイメージする。
指輪を着けた右手を、無意識に強く握り込む。
あとは、声に出すだけだった。
「あっ……」
だけど、彼女は、僕の右手首を掴んだ。
しなくていい、と訴えるようなその様子は、まるで、僕のしようとしたことが分かっていたみたい。
「大丈夫……。少し眠れば、それで済むから……」
そう言われてしまったら、そうなんだろう。
これ以上は、余計なお世話なんだろう。
「あ……そうだ、名前」
「名前……? 」
「うん、名前。君だけ知ってるのは、ずるいなって、思ったから」
「そんな場合じゃ」
「大丈夫、これは、治る傷だから」
「……石上、石上悠里」
「へへっ、そっか。石上悠里くん、いい名前だね」
どうして褒められてるのかも分からないままなのに、彼女の瞼は重たげになっていく。
「ごめんね、もうしばらくだけ、胸、かしてくれる」
「それはいいけど」
「ねえ、石上くん。何があっても石上くんは石上くんだよ。だから、
生き急いだりなんかしないでね」
最後に、落ち着いたような表情しながら、僕にもたれ掛かるように気を失った彼女。
呼吸はしてるみたいだから、大丈夫ではあるみたい。
だけど、どうしよう……。
アカネさんが起きるまで、この体勢のままって訳にはいかない。正面から抱きつくみたいにもたれかかってるから、色々諸々、正直僕も限界が近い。
というか、ほんとに同い年くらいなのか……。
なんて言うか、想像以上にずっしりぎっしり重たくて苦しい……!
「アカネ姉ちゃん……!」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえてくる。
声変わりもしてない、曖昧で柔らかい声。
だんだん近づいてくる少年の声に、ただ、安堵。
自分の肩の荷を下ろしても良くなったんだとホッとする。
「ああ……えっと……」
僕のすぐ真横まで来た彼に、事情を説明しようと声をかける。
「姉ちゃん……!姉ちゃん……!」
だけど、彼の耳に僕の声は届いてないみたい。
「姉ちゃん……!姉ちゃんってば!」
アカネさんから、寄りかかられている僕の方を引き剥がして、彼女の肩を何度も揺らし必死な様子で言葉にし続ける。
走って、息が切れてたはずなのに、口から出る彼の思いは、一瞬たりとも止まらない。
まるで、映画のワンシーンのような姉弟愛。
そんな場面に、傍から見てるだけの僕は、口出しすることも出来なかった。
何度の呼び掛けにも帰って来ない返事に、流石の彼も堪えたのか、言葉を閉じて、ただ、アカネさんを抱きしめた。
彼女の胸に顔をうずめて、身体を震わせ、彼女の着ているパーカーにじんわりと涙が滲んでいく。
彼の呼吸が落ち着くと、残った涙を拭って、またひとつ深呼吸。
何かを決心したように見えた彼。
すると、アカネさんに背を向けて、身体をかがめ、その小さな全身で、彼女の全てを背負い込んだ。
「あっ……」
危なげな様子に自然と手を出そうとしたけど、僕の右手は、それ以上には伸びていかない。
試行錯誤しながら、安定する背負い方を見つけると、彼は、一歩一歩を踏み締めて前へ前へと進んでいく。
段々と小さくなっていく2人の背中。
彼は1度立ち止まって、こっちを振り返る。
鋭くなりきれてない眼光は僕に向けられて、その意図を読み取ろうと狼狽えていたら、彼はすぐさま背を向けて、そしてまた歩を進ませた。
何かが焼き付いたままのような、苦痛を背負った彼の表情。
果たして僕は、あの子の期待に応えられたんだろうか。
アカネさんたちがここを去ってしばらく。
呼吸もすっかり落ち着いて、傷もほとんど無くなった。
倒した悪党たちは、まだ、起き上がる気配もない。
不安ではあるけど、起き上がるまでここにいるのはさすがに堪えるものがある。そろそろ、ここを離れなければ。
今、僕の視界に写っているのは、さっきまでとなんら変わらない、血と泥だらけの戦いの跡。
倒れたままの荒くれも、地面に入ったそれなりの亀裂も、全部自分がやったこと。
今までの自分じゃ出来なかったことを、やりきってしまった結果の跡。
テストで言うなら、帰ってきた解答用紙を眺めてるような、そんな感覚なはず。自分を変えたくてここに来た僕の行動の結果。それが、この景色。付けるなら100点……いや、120点くらい余裕であってもおかしくはないはず。
それなのにどうしてか、あんまり嬉しくない。
すごいことをした。
憧れてたことができた。
それは十分わかってる。
喜べないとかじゃない。
達成感も全く無いわけじゃない。
けど、なにか。
心の底からは喜べないような、なにかが。
ふと、ここに来る前に吐いた弱音を思い出す。
颯爽と現れて、かっこいいままの人助け。そんな妄想してた瞬間が、一番ワクワクしていた。喜べていた。
ほんとに、その通りなんだ。
自然と口角が上がって、そして続いて、ため息が出てた。
別に、落ち込むほどのことじゃない。
得られたものが無いわけじゃないんだ。
一歩一歩、進んでる。確実に、少しだけでも進めてる。
大丈夫。この世界でならなにかになれる。そんな気はしてる。こんな僕でも、なにかにだってなれるはず。
――なんて、そんなことばっかり言い聞かせてる。
ベッドの上と何も変わらない自分に気づいて、また、ため息をついた。
「そういえば、ありがとうって、言ってもらえなかったな……」
行動よりも名前を褒められて、一体、何を自信にすればいいのか分からない。
これじゃ、そう簡単に変われそうは無いな。
超人じみた功績と、変わらないままの自分を抱えながら、僕はその景色に背を向けて、自然と、元いたの広場に向かって歩き出していた。
――――――――――――――――――――――
1回通っただけなのに、すっかり近所を散歩してる気分になる。やっぱり、知ってる道は安心する。
アカネさんたちと同じ方向に向かっても良かったけど、ばったり再会したりしたりしたら、多分気まずくなるからやめておいた。
それに、初対面よりも2度目に会う時が、僕はずっと緊張する。話し方とか、内容とか、より深い所まで見られてる気がして、一瞬たりとも落ち着けないし、喋る一言一言が、今後の全てを左右することになるし……。
あれこの人ってこんな人だったっけ、なんて思われちゃったら、もう最期。あの時は、ちょっと背伸びしてたんだ、ってのがバレて、最悪の場合、その人からの印象は、金輪際、"ハイプライド嘘つきチビ野郎"に決定されるんだ。
はぁ、考えてるだけで、胃がキリキリしてくる……。
ため息混じりの帰り道。
「あれっ……」
その目的地3歩手前で、僕の足は止まる。
「ふっふふっ、ふふっふぅ、ふんふんっ♪」
戻ってきたあの広場には、先客がいた。
僕に背を向けて鼻歌を歌うその人は、端的に言えばモデルさんみたいな雰囲気で、筋肉質って程じゃないけど引き締まったアスリートみたいな体型。
スラッと長身で、うなじが少し隠れるくらいの長さのくすんだ青色の髪、そこから首筋、そして背中へと水滴が伝っている。
頭の濡れ具合から見ても、汗ってわけじゃなさそう。
まるで、プールサイドにでも佇んでいるかのような風体。
夏の陽射しと塩素の香りがよく似合いそうだった。
とりあえず、僕の視力で得られる情報はこれが全て。
この距離からだと、性別すらも判断できない。
だったら近づけば、なんて思うだろうけど、それには重要な問題が一点。
それは、引き締まったアスリートみたいな体型、なんて描写を目の悪い僕が言えてしまうのと、同じ理由。
「あれ、人だ」
その人は振り返って僕に気づく。
見えた顔立ちはかなり整っていて、これといった目立つ点はないけれど逆にそれが中性的。
掴みどころのない美しさって表現でいいのか、ともかく自然と目が惹かれるほどに綺麗な人だ。
「あっ、ごめんなさい」
僕は、自然と謝罪を口にした。
だけどその人は気にしない様子で、
「ん? それより、ちょっとボクの方に来て欲しいんだけど」
そう言って、立ったまま手招きする。
そして、それと一緒に頭の上でぴょこぴょこ動く。
濡れた髪をかき分けて現れた猫みたいな耳。
脚の影になって隠れてたしっぽも、動いて僕に気づかせる。
「あれ、聞こえてない……? 君だよ少し変わった服装の、いや、この場合ボクちゃん って呼んだ方がいいのかな」
獣の特徴を身にしたその人は、恐らく獣人。
あくまでも鼻がつんと尖っていたり、全身を体毛が覆っていたりせず、元の世界で言うコスプレの範囲程度の要素しかないから断定はできないけど、でも、耳もしっぽも自然に揺れてるし、本物以外ありえないと思うほど。
たかが獣人、されど獣人。
本や画面で見なれているとはいえ、いざ現実にいるとなると、やっぱり、テンションは上がる。
だけど、それは僕の表には出てこない。
せっかく会えたけど、今はここから去りたいというのが本音だ。
「……おーい、もしもーし?」
返事も無いからその人は、僕に向かって大きく手を振る。
僕が躊躇うのには原因がある。
緊張よりもっと大きな、異質以上に異常な問題。
「……っ」
近づいて、というより、入っていいのかこれ……。
そう、僕の目の前のその人は、
最低限の衣服しか身につけてないんだ……!
言ってもホントに最低限、白い下着の一枚だけ。
僕を見ても恥じらうこともなく、ここが自宅の風呂場かのように堂々しすぎてる。
という事はそう、僕の視界にはそれがもう映っている。
膨らみという膨らみは無いが確かにそこに、円が2つ。
隠されるべきそれが、空気に触れて、公に。
動かない僕を不思議に思ったのか、その人の方から近づいてくる。
「どうかしたの、もしかして足とか痛かったり? 」
頭一つ分高かった目線が、今は頭一つも入らない距離まで近づく。
ここまで近づかれちゃうと、変にドキドキさせられる。
「顔が赤いね、どうしたの? って……ああ、そっかそっか、これかぁ……そうだよね」
ああ、どうやら相手方も汲み取ってくれたみたいだ。
例え、彼でも彼女でも、ここまで揺さぶられちゃうと、その格好での会話なんて到底できっこない。
顎に手をあて、少し考え込むような表情のその人。
少なくとも、多少の良識はありそうでほっとした。
ただ、そこまで熟考するほどの難問では無い気がする。
僕としてはちょっとだけ離れて、そのお胸の辺りを布かなにかで隠してくれれば、それで十分だと思うけど……。
突然笑ったその顔は、何か悪いことの前触れのよう。
ふと感じたその直感に、僕は素直に従っていればよかったんだ。
「ねね、やっぱり気になるよね」
ニヤリとしてから少し離れて、右手を腰に当てるその人。
「気になる、って……」
意図が分からない行動に意識を取られ、その瞬間は動けない。
一体、何がしたいか分からない。
何か聴き逃したのか、思い返しても突飛すぎてなんのことだか分からない。
僕が気になることなんて、なんで半裸なのかと、そもそもあなたは男か女かってことくらいで……ってまさか!?
隙を与えるには十分な時間だった。
僕が考え込んだ時間、
その間に、腰に当てた右手のうちの、たった一本、
それがわずか数センチ、下着の内にかかっていたんだ。
「ちょっ……!」
気づいた時には、もう遅い。
逸らすも隠すも間に合わない。
その間、たった0.2秒。
場の空気を一瞬で呑んだ、その存在は、バッという効果音が似合うほどに勢いよく姿を現す。
情報が処理しきれていない僕に、"彼女"は、決定打以上のトドメを放つ。
「ほら、どちらかと言えば、女だよ」
読んでいただきありがとうございます!!!
よろしければ評価の方よろしくお願いします!
作者のモチベーションに大いに繋がります……なにとぞm(*_ _)m