代償変換
「だあああああ!!!」
叫び声をあげながら、一瞬のうちにナイフを引き抜き、勢いのままに迫りくる男。
ヤツとの距離は、目視でだいたい10m。
それなりの距離に思えるけど、その速度なら、多分1秒だってかからない。
近づかれたら死。近づいても死。逃げたところで、追いつかれて死。まともにやり合うなんてのは、体格から見て不可能だ。
今の僕に必要なのは、差を埋めるための思考時間。
スキルを使って何を起こすか、何を使えば切り抜けられるか。
命のかかった正解を、導くためのほんの数秒。
鈍った反射神経を、自覚してるからこその判断。
投げやりに行動できるほど、僕は人生捨てちゃいない。
間瞬きしたら、すぐそこに。
命を切り裂く、ナイフがそこに。
頭の中の考えは、まだまだ纏まりきれてない。
もしもとか、かもしれないとか、不確定がまだ多すぎる。
それならまずは、時間稼ぎ……!
「代償――!」
宝石一粒を代償に、この戦場に変化を起こす。
「……!?」
発声とほぼ同時なのに、既のところで気づかれた。
だけど、それじゃあ一歩、間に合わない。
ぐちゃっ……!
勢いのままの右足は、スキル作った泥沼の中へ。
重く粘性のその泥は、浸かりきったその足を、絡め取って離さない。
「なぁっ……!?」
そしてそのまま体勢が崩れる。足を引っ掛けられたみたいに、顔から泥へと、全身ダイブ。
それなりの深さをイメージしたから、そう簡単には戻れまい。
とりあえず、目先の危機は先伸ばせた。
だけどまだ、脅威は残ってる。
「クソっ!魔光弾!」
バンッ バンッ!
もう一人居た荒くれが、つかさず何かを撃ってくる。
伸ばした右手から放たれる、薄く光った粒子の塊……。初めて見たけど、多分これが、この世界由来の魔法攻撃。
弾速は、何とか目で追えるくらい。避けられても、一発二発がおそらく限界。遠距離相手に真っ向勝負は、いくらなんでも分が悪い。
「代償――!」
ズガガガガッ!!!
何も無いただの一本道に、そびえるくらいの土壁を生やす。
厚みはだいたい30cm。小突いた程度じゃビクともしないし、人の跳躍力じゃ越えれるはずがない。
ヤツの魔法がドンッ ドンッ って壁を揺らしていく。壊れるまでには、おそらくだけど、相当な時間がかかりそうだ。
とりあえず、身の安全は確保出来た。
擬似的な袋小路だけど、ここでなら、十分に作戦を練られそう。
この状況を作れたのも、元の世界での予習があったから。ライトノベルを熟読してて、これほどまでに良かったと思ったことは無い。ほんと、"泥沼"様々だ。
……時間にして、だいたい5分。そろそろあいつも、あの泥沼から出てきた頃だろう。
結局、完璧な作戦なんてのは、僕の知識じゃ夢のまた夢。せっかく作ったこの5分でも、思いついたのは、穴だらけの物、ばっかり。無策よりはマシなくらいで、やっぱり、不安が大きすぎる。
ピキッ……!パキッ……!
壁の耐久力も、そろそろ限界を迎えてる。
あと数発で砕けるくらいにヒビが入り、もうすぐここも安全じゃなくなると、分かりやすく視覚に伝える。
これだけの時間をかけても、状況は対して変わらない。
これから僕がすることも、状況を変えれるかは分からない。
「けど…… やるしかない」
あんな奴らを懲らしめるため。
あのアカネさんを助けるため。
なにより、僕を変えるため。
バキッ……!ガタンッ……!
……来る!……壁はもう崩れる!
やるしかない。やるしかないんだ。
やるだけやって、少しでも前へ。
少しでもなりたい自分に、近づくために……!
「代償――――!」
――――――――――――――――――――――
確信した。あと一発で、ぶっ壊れることを。
後ろの味方に目を向けたら、どうやらあっちも分かってるみてぇ。
あのガキに悟られねぇよう、声出さねぇでサインを決める。
「んー!ん"ん"ー!」
「……ちっ」
やり取りの最中、後ろで捉えてた女のガキが急にわめきだす。ったく、これだから女、子供は煩わしい。
「んんっ……!んんっ……」
そのくせ、俺がナイフを向けるだけで、途端に大人しくなりやがる。だったら、初めからそうしとけよって思うが、まぁ、それさえ我慢すりゃあ、金になるんだ。それくれぇ、仕方ねぇか。
俺がサインを出して三秒、後ろから来た魔弾と一緒に、全速力で俺が突っ込む。
魔弾の直撃であの壁が崩れるのと同時に飛び込んで、奴が動揺してる隙に殺す。
脳天刺せば一撃だろうが、まあ、ミスった時を考えて、"エーテル器官"の位置も、一応、頭の隅に置いとくか。そこさえ潰せば、持久戦に持ち込んで勝ちだしな。
「だ……ょう」
壁の裏から、うっすらとだが、声がする。
どうやら、逃げてなかったみてぇだ。
女1人分でも、稼ぎとすりゃあ十分すぎるくらいだが、さらにもう一枚増えるなら、ほんとに末代まで遊び放題な額になる。本当に、"レアドロップ"様々だぜ。
さてと、ぼちぼち行くか。
また、妙な魔法を使われちゃあ、面倒だからな。
左手の指を曲げて、サインをだす。
それと同時に、俺は構える。
足に力加えて、目線の先に意識を割いて。
3.2.1で、ズドンだ……!
バコオオォーーン!!!
物音上げて崩れる壁に、最高速で肩から突っ込む!
「死になぁ! レアドロップゥ!!!」
砂埃の中、影を捉えて、俺の右手のナイフを振るう。
輪郭を捉えて、位置を把握して、確実に殺せる一点を裂く。
飛び回る虫すら両断できる、仕上げ抜いた、至高の一振。お前が生まれる前から積み上げた、死にものぐるいの、研鑽の賜物。
身をもって味わえよ、俺の生き様を、人生を!
「はああああっ……! あっ……?」
俺の一振で、若干だが、砂埃が晴れる。
そうだ。
確かに俺は、こいつを振るった。
間違いなく、俺はこの手で影を切った。
俺の目では、確かに奴を捉えてた。
なのに、まるで手応えがねぇ。
それどころか、死体のひとつもありゃしねぇ。
辺りの隅まで見て、ようやく見つけたと思ったら、灰、一歩手前の俺の仲間。あの野郎は、どこに……。
「……!」
直感。
何かが来るって予感だけで、首を右に傾けた。
パァンッ!!!
その瞬間に、俺の左耳を何かが焦がし、目の前で何かが破裂した。
もし、その向きを逆に曲げてたら、俺は多分、やられてた。あんな子供の、あんな奴に、為す術もなく、やられていた。
「くそ!……てめぇ、いつの間にそこに!」
振り返って視認する前に、足を踏み切る。
自負するくらいに強靭な足で、助走もなしに最高速に。
身体が前に進み始めて、やっと奴の姿を捉えた。
壁の裏にいたはずのあいつは、なぜだか俺らの真後ろにいた。息も切らさず平気な顔で、右手を前に魔術の構え。
ちんちくりんなガキのくせして、見透かしたような目をしやがって。穢れも、苦労も、置いてきたみてぇに、神童ぶって振るいやがって。
どこまでも、どこまでも、腹が立って仕方ねぇ!
「ふざけぇぇぇえええ!!!!!」
「代償――」
「ぐっ……!?」
間なんていらねぇくらいに一瞬の出来事。
勢いよく飛び出したのに、あいつが何か唱えた瞬間、俺の体は、六方向から押された見てぇに、その場にただただ固まった。
喋ることも、身動きも、間瞬きすらも封じられて、何することも出来やしねぇ。
「代償――!」
ドンッ……!
「……う"っ"!」
そのまま、前傾姿勢の腹を目掛けて、あいつはさらに追い討ちをかける。
地面から突き出した岩の柱。
あまりに急な勢いのままに、俺の土手っ腹に強打を加え、あろうことか、そのまま俺を、はるか上空まで吹っ飛ばしやがった。
痛みで思考が、感覚が鈍る。
グラついてくる視界の中に、嫌味な城のてっぺんが見える。街のどこいても見えたあいつが、ここからじゃ、あんなにちっこく。
見えてた価値観が一変するくらいに、綺麗で、デカくて、眩しい、この景色。俺の生きてたこの世界は、見下ろせばこんなにすげぇのか。
「ははっ……ははははああぁ!!!」
バカみてぇだ、バカみてぇだ……!
こんなに綺麗で、すげえのに、
俺も、そこで、ずっと生きてたはずなのに、
「どうして俺は、こんなに惨めだ!」
俺の歳の、半分以下のクソガキに、3人がかりで、このザマか!
人生の大半費やした剣が、当たりもせずに、こんな結果か!
バカにするのも、大概にしろ……。
じゅっ…… !じゅっ……!
抵抗すらせず落下する俺の皮膚だけを的確に、細い長え光線が当たって焦がす。
例えるなら、光でできた灼熱の熱線……か。
もう、どうだっていい……。
現代科学で解明不可の、訳の分からん魔術であいつは、死にゆく俺を、髄までいたぶる。
嘲笑うって言葉が一番、この痛みには似合うんだろうな。
ああ、もう、うぜえよ。
やめろよ、分かれよ。
最期くらい、心の底から笑わせてくれよ。
地に落ちるまで、あと数秒。
頭ん中には、物心ついてからたった今までの、無価値な人生の走馬灯。
ゴミ山の中で起きた今朝には、こんな死に方予測できねぇよな。
ほぼ気絶しながら、俺は落ちた。
バラバラに、原型も留めずぐちゃぐちゃになる俺の体。
そんな未来を描いていたのに、俺の体は、五体満足で、ただ傷を負って無事に生きてる。
どうやら、助けられたみてぇだ。
俺がこの世で一番嫌いな、天才っていう、化け物に。
――――――――――――――――――――――――
大丈夫、何処も何もちぎれてない。
はるか遠くに打ち上げたから、目視なんて出来なかったけど、スキルに全部任せれば、思い描いてた結果になった。
僕のスキルで打ち上げた、ナイフを持った強面の奴は、たった今、真後ろで気絶してる。
落下の衝撃もスキルで相殺。被害が出ないように、空に飛ばした後、皮膚だけを焼くようにスキルを撃った。収縮したあの光の線。水で反射はさせてないけど、再現度だけなら、かなり高いと思う。
さて、残すはあと一人。
「来るな……!来るなぁ……!」
アカネさんを盾にして、魔法を乱れ打ちしてくる。
奴、ただ一人。
「代償――」
魔法から身を守るため、奴との間に、半透明の膜を貼ってみる。よく見る、バリアみたいなイメージのそれは、奴の魔法も、それどころか、砂埃たりとも通してない。
「来るな…… 来るな…… 来るなぁ……!」
ブツブツと何か言いながら、攻撃を続けるその男。
その目は虚ろに、呼吸は激しく、放つ右手は震えてる。
明らかに、もう、正気じゃない……。
ブレブレの弾は、色んな方向に乱れて飛んで、もはや、攻撃と呼ぶには怪しくなってる。
膜の裏なら、たぶん安全。
だけど、そこを超えたら無傷じゃ済まない。
さて、どうすれば奴の動きを止められるのか。
――さっきみたいに光の線を。
いや、自動で追尾するとしても、万が一、射線に入れば、アカネさんはタダじゃ済まない……。
――ならもう一度泥沼を。
それでもやっぱり、アカネさんにも被害が及ぶ。それに、遠距離攻撃出来る彼には、足止めくらいじゃ効果が薄い……。
「近寄るなぁ…… 近寄るなって言ってるだろうが……!」
彼の動きがさらに激しく、怖いくらいに乱れてる。
ドラマに出てくる犯人なんかとは、比べられないくらいの動揺。相対してるこっちすら、その気に呑まれてしまいそうだ。
早いとこ、蹴りをつけないと。
思いついた策の中で、アカネさんを傷つけないのは、この一択だけ。
想像力の無さを悔やむのはあとだ。
抵抗はあるけど、やるしかない。
「代償……! 」
唱えた途端、肺に入ってきていた空気が途絶える。
きっと、また雑なイメージをしたからなんだろう。
自分だけが動けるように時間を止める、なんて、大雑把なイメージだとこう言う予想外の事が起こる。
何でもはできるけど、不便。頭でっかちなスキルだ。
止まった時間も有限だ。
感覚で分かる、3秒と持たない。
間に合うように全力で駆けて、膜を割って、奴のそばまで。
走りながら、神様から貰ったナイフを腰から取り出す。
魔法だ何だって当ててきたけど、直接手を下すのはどうしても躊躇う。
いくら異世界に来たからって、倫理観みたいなものが綺麗さっぱり無くなるわけじゃない。
スキルに任せて万が一なんてあったら責任が取れない。
たとえ治ったとしても、女の子を刺す訳にはいかない。
大丈夫、奴に刺さっても死にはしない、それどころか、後遺症も傷痕も残らない。
そういいきかせて納得させる。
身体に備わった、エーテルの治癒力を信じるしかない。
再び時間が動き出した時には、僕のナイフは奴の手首に刺さっていた。
「……っああ!!!」
奴の手に持っていた方のナイフは、痛みで落ちる。
ひとまず、第一段階。
近接武器は削げた。
「代償! 」
2度目の詠唱で、刺ったナイフの重さが増す。
代償にした宝石一粒分、日本円でだいたい400万円ほどで実現可能な範囲まで、重たくなる。
持っていた石ころが、一瞬でバーベルに変わるようなもの。
そんな、急激な力の加わり方についていけるはずもなく、
一点にかかる莫大な重力を支点に、奴の身体は後ろに向かって歪に倒れる。
よし、第二段階。アカネさんから引き剥がせた。
「離れて! 」
立ち尽くすアカネさんに、そう叫びながら、僕は倒れた奴に近づく。
倒れながらも藻掻く彼は、ナイフがない方の手で魔法を放つ。
ぶれた照準で狙いから外れたのか、反撃がないと油断していた僕の右腕を掠める。
痛い、やっぱり想像力不足、だけど反省もあと。
馬乗りになるように、僕は上から押さえつける。
両腕を僕の曲げた足で止め、胴体を体重で抑え込む。
その体勢から伸ばした右手は、ちょうど奴の顔の真ん前。
長かった、でも、これで決着。
左腕で口元を塞ぎながら、僕は唱える、トドメの一発。
「代償! 」
読んでいただきありがとうございます!!!
よろしければ評価の方よろしくお願いします!
作者のモチベーションに大いに繋がります……なにとぞm(*_ _)m