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異世界転移に終止符を!!!  作者: パラソルらっかさん
三章 私が全部背負うから
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魔導試験受けたらノー勉なのに満点だった僕って、も、もしかしてこの世界じゃ才能カンストしてるってことですか!?


「そこまでです、ペンを止めてください」


 その声とは裏腹に、会場内に響く筆記の音は止まることを知らない。

 こういうテストでは最後の1秒まで足掻けとはよく言われるけど、残り0秒、ましてやマイナスにまで突入しているというのに続けるのは、もはや足掻きとは言えない。

 鉛筆、消しゴムなんてそんな便利なものは無い異世界。

 間違いの解答を羽根ペンでグリグリと塗りつぶし、彼らは急ぎの解答をすませようとする。


「えーっと……試験時間は終了してます。すぐにペンを手から離してください」


 普段は図書館の受付をしている彼女の言葉は、老若男女、様々な反則者たちの耳には届いていない。

 彼らは、満足いくまで解答を続けるつもりだ。


 試験会場と言えど、図書館の一部を間借りしただけだし、受験者と言えど、受験料さえ払えば誰だって受けることだってできる。

 まあ、無法と言えば無法。

 そんな空間で、元の世界ほど人々に良識が無いとなれば、まともな試験なんて行うことが出来ないという事なのだろう。


「あっえっ、ちょっと……皆さん手を止め……」


 僕を含めた数人だけが手を膝の上に置き、残りの全てがペンを持つ。もう、どっちが正しいか分からなりそうだ。

 試験監督役の彼女が指示に従わぬ彼らに困っていると、次の一秒には、全員の手が止まった。


 

 

「そこまでだと言ってる」



 

 僕らの後方から聞こえた別の女性、いや、少女の声。

 聞いた途端に、先程まで規律を破っていた彼らがピタリと手を止める。

 静まり返る図書館。

 あまりの事に何が起きたか分からず僕は辺りを見回す。

 すると、彼らの顔には時すでに一目見て分かる諦めの感情が出ていた。


「試験中に声をあげてすみませんでした。答案の回収、お願いできますか」

「ああっ……はいっ! 」


 敬語で試験監督の彼女に指示を出す、僕よりも小柄な赤い瞳の少女は、多分僕とそう歳が変わらない。何なら、むしろ年下までありそうだ。

 身長に見合わぬその身なりは、その見た目に合わぬほどきっちりとしていて、何かの組織の制服なんだろう、青を基調としたなにやら統一感のあるものだった。


 

 ただの一声で場を制圧してしまったその少女は、その場から足早に去っていく。

 一体、何者なんだろうか。

 その正体が分からぬままに、僕の答案は回収されていき、その場はお開きとなってしまった。


 

――――――――――――――――――――――――




「へーっ、私の時は割かしなんにも無かったんだけどな」


 暁音さんは、今日も紅茶を口に運びながら話を聞く。


「あれかな、前の竜騒ぎがあったでしょ、ほらっ私が攫われたやつ」

「そんなラフな言い方自分でする? 」

「それで街のみんなの危機感が高まってるらしくて、せめて魔導具の一つや二つくらい持っておこうって言うブームみたいなのが起こってるんだって。だから参加者も事件後の割にいっぱい来て、そういう層の人が紛れちゃったみたいな」

「なる、ほど? 」


 まあ、暁音さんの考察が合ってるか間違ってるかはさておくとして、僕らはいよいよ本題へと入る。


「で、どうだったの」

「どうだったって……? 」

「結果だよ。その魔験、今日返却されたんでしょ? 」


 数日前、僕が受けた、魔導具使用許可3級認定試験、略して魔験3級。

 その合否が、今日図書館の掲示板上に張り出された。

 普段なら二人で見に行くんだろうけど、今日は暁音さんが孤児院の当番の日だったから一人で。

 

「そ、それが……」

「何、見てきてないの?」


 いくら怖気付いてたとしても結果を見ないなんてこと、流石にあるはずが無い。

 というかむしろ自信があったくらいなんだ。

 見たくてうずうずしてたまである。

 けど……。


「いや、まさかここまでの結果だとは思わなくて」


 帰り際に受付で貰った賞状みたいな紙、それを机の上に広げて暁音さんに見せる。

 魔導具使用許可3級認定証、以前暁音さんが持ってたやつの3級バージョン。

 それがここに、しかも僕の名前つきである。

 それは、つまるところ合格だったということ。

 そして、僕が口ごもったのはそれだけが理由じゃない。

 偽造防止に押された印の横に書いてあったのは、満点合格の四文字。


 

 そう、僕は満点だったんだ。



 

「満点……ね」

「うん、満点。満点だよ!? 」


 口調で分かるだろう、僕はもうニヤけ顔だった。


「にへへっ……ごめんっ、つい嬉しくって! いや満点だからって何かあるってわけじゃないけど、満点。小テストとか除いて、ちゃんとしたテストでとったのなんて小学校以来だよ、満点。あぁっ、嬉しすぎて語尾が満点になっちゃってるよ、満点! 」


 満点。ああ、なんて甘美な響きなんだろう。

 自分とは無縁だと思っていたその言葉、まさかまさかこんな異郷の地にて味わうことになるなんて。


「いやまあ、凄いね」


 ちょっと引き気味な暁音さん。

 まあ、彼女は頭がいいから満点も慣れっこ、経験も沢山あるんだろうな。


「いやぁごめんっ! 暁音さんがノー勉でいいから行ってきてって行った時は、こいつ何考えてんだって思ったけど」

「頭の中じゃこいつ呼ばわりなの!?」

「蓋開けてみれば満点だもん! そりゃ勉強も要りませんよ。どうするこのまま2級、飛び越えて1級取っちゃう?なーんて、はっはっはっ……!!! 」

「悠里くんがおかしくなってる……」


 おかしくもなるさ。

 数年とお預けを食らっていた満点を、不意に接種してしまったんだ。ダイエット後の甘い物みたいな表しきれない程の幸福感が全身を駆け巡ってるんだ。


「えーんんっ、悠里くん、落ち着いて聞いてください」

「なにぃ、暁音さん改まって〜」

「…………酔ってる? 」


 まさかぁ〜。

 ただ全部の言葉の後ろに"〜"が付いちゃうだけだよ〜。


 暁音さんは、額に手を当てて「ダメだこりゃ」って呟いてるけど一体なーにがダメなんだぁ〜?



 


「あのね、あんまり喜んでる人の前でこういうこと言いたくはないんだけど。





 

 

 3級はさ、読み書き出来れば受かるんだよ」





 

「え……」



 何故だか、背中に寒気がした。


「専門的な知識も思考も一切問われない、ただ少しの一般常識と教養を文字に起こせるかどうかの試験。例えるなら、未就学児用の国語力検定……かな」

「え……」

「私調べで、転移者の満点合格率はほぼ100% 集中力さえ途切れさせなければ、満点はだれでも。受けてる最中感じなかった? この問題、やけに簡単すぎないかって」

「………………………………あ」


 結果だけ見て一喜一憂、そう言う経験はみんな誰しもあるんじゃないだろうか。

 テストの内容はあんまり覚えてない、けど、点数取れてたから喜ぶ、みたいな。

 

 正直いえば、内容なんかより真っ先に思い出すのは終わった後のあの少女の事。軽い手応えと、少しの呆気なさ。それらが多少残るくらいで、どんなテストだったかなんてそんなに覚えてない。

 そんな中、降かかる満点という名の、財宝。

 短絡的に飛びついたそれに、僕はぬか喜びさせられたのだ。



「ちくしょう、騙された!!! 魔導具使用許可3級認定試験なんて立派そうな名前してる癖になんでそんな簡単なんだよぉ!!!」

「簡単な事にキレてる受験生初めて見たよ……」

「だって3級だよ3級。3級あったら、だいたい履歴書にかけるんだよ!? 」

「はぁ、よく知ってるね」

「コンビニバイト応募する時に必死に書けそうなの調べたんだから。書けたの英検しか無かったけど」

「書けたとて、コンビニに英検っている?」

「いやまあ、要らなかったけど……」


 一過性の満点熱は急速に冷め、残ったのは恥ずかしさだけ。

 顔真っ赤にして、なんであんなに喜んでたか自分でも怖いくらいだ。


「まあ、ほらっ、受かったことには変わりないんだし」

「だって馬鹿みたいだよ……なんだっけ、未就学児用の国語テスト? そんなのに本気で挑んで満点とって喜ぶ高校生。悲しくなるって」

「分からなくはないけどさぁ……。でもね、悠里くん。この試験、全体で見たら合格率4割下回るんだよ」

「……え? 」


 どういう事だ。

 僕ごときが満点で合格出来るくらいの試験の合格率が、4割以下……!?


「識字率って聞いたとこある? 」

「識字……率。えっと、文字の読み書きできる人の割合、で合ってる? 」

「そ。それが、だいたいこの世界じゃ2割程度。物の値段とか、簡単な単語とかくらいしかみんな書けないんだよ」


 数週間暮らしてきて、そんな事気にとめたことも、意識したこともなかった。


「まあ悠里くんが今まで関わってきた人たちが、割と良いとこの出身だったり、身分が高い人が多かったからあんまり意識することは無かったかもだけど、事実だけ言うならそうなんだよ」

「じゃああの試験も、簡単って言ったけど」

「うん。沢山勉強してやっと手に入るのが3級って人もそれなりに、と言うかそれが大半なんじゃないかな」


 もう一度、その許可証を手に取ってまじまじ見つめる。

 嬉しかったはずが、ぬか喜びで、それでもこの世界じゃそこそこ権威のある、3級。


「日本に生まれてからこの世界に来るってことがどれだけズルい事なのか、少しはわかったんじゃないかな」

「ズルいか……そうだよね」


 僕は字を書けるようになるために、軽い計算を行えるようになるために、そう何かとても努力したのかと言えば、そういう訳じゃない。

 生まれ落ちた地が、環境が、それらを自然と僕に身につけさせてくれただけ。

 この満点は、その恩恵にただあやかっただけだ。

 頑張りで獲た物じゃない。


「まあ、ズルいって言ってもさ、別に悠里くん何か悪いことしたわけじゃないから。ただ、スタートラインが違っただけなんだよ」


 スタートライン、例えとしてよく挙げられるけど、使う時はいつも僕が後ろの方の時ばかり。

 けれど、今日ばかりは僕が最前線。

 天才と呼ばれ、僕が嫉妬を向ける人たちの気持ちが、ほんの少しだけわかったような気がした。



 

 

「それに、ここからは悠里くんが後手に回る番だよ」



 彼女の目の色が変わった。


 


「2級以上なんて、教育にお金をかけられる貴族か魔法の英才教育を受けてる子、あるいはそれらに属さないような天才、もしくは勉強狂いの凡人、そんな人たちが挑む世界。一筋縄じゃいかないよ」


 越えた彼女が言う言葉には、嘘も誇張もない。


「専門的な知識も問われて、読解も計算も一癖も二癖もある。場合によっては絵まで描かされるような、そんな試験。怯えさせるつもりは無いけど、合格率は一桁。参加資格には3級が必須だから、ろ過された後の一桁」


 ろ過だなんて、人に使う比喩にしては棘のある表現だけど、それがまた試験という点数だけが規律となる世界の厳しさを表していた。


「君なら絶対、なんて口が裂けても言えない。それだけの難易度だと思って」

「うん。大丈夫、とは口が裂けても言えなそうだ」

「それでも、越えようとするんだね? 」


 強敵、と言うにはあまりにも概念すぎる気はするけど、でも目の前に立ふさがる巨大な壁であることは事実。

 1級、それを勝ち取るための2級。

 強力な魔導具が手に入らなきゃ、三年で250億が目標にすらなれない。

 合格は、もはや前提条件だ。

 

 覚悟はとうに決まってても、いつだって僕は揺らぐ。

 その度思い出すのは、いつも原点。

 何になりたいか、何を成したいか。

 心が方角を決めたなら、今は直進あるのみなんだ。


「が、頑張るよ! 」

 

「うん、その意気だ」

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