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異世界転移に終止符を!!!  作者: パラソルらっかさん
三章 私が全部背負うから
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Hello! アンダーグラウンド

HELLO、アンダーグラウンド


 位置に着いたら、ちょうど合図がかかった。


 

「始めてくださーい! 」

 


 リナさんの声が辺りに響くと、ザクザクとスコップが地面へと刺さり始める。

 掬った土を後ろに捨てる。

 掬いは捨て、掬いは捨て。

 気合を入れるためなのか、動作の度に掛け声を出す人もいる。


 

 僕もスコップを地面へと向ける。

 想定よりずっと硬くすんなりとは入っていかない。

 足で蹴って突き刺して、テコの原理ですくいあげる。

 掬えたのは、靴ほどの体積にも満たない少量の土。

 できた穴は、つま先が少し入る程度。


 

 もう一度、今度はもっと深く。

 力を込めて精一杯で突き刺すも、今度は掬い上げるのに一苦労。

 さっきの倍くらいは掘れただろうが、時間が倍以上かかっている。効率としては低下という他ない。

 


 辺りを見渡し観察するも、皆、大抵力任せに掘り進めているだけ。

 肉体労働というのもあってみんな筋骨隆々。

 考え無しに力の限り掘るだけで僕の何倍もの効率をたたき出してる。

 僕が参考に出来そうな箇所は、正直見当たらなかった。

 重心、姿勢、道具の持ち方使い方……改善できるポイントはいくらでもある。

 まだ始まって間もない、非力さを嘆くには少しばかり早いだろう。

 


「……はぁ」

 


 どうすればもっと掘れるのか。

 なんて、そんなことを考え出すのは僕が真面目な奴だからってわけじゃない。


 

 

 一掘り目で分かってしまったんだ、




 

 

 この仕事はこれが全てだって。



――――――――――――――――――――――――


 

 僕らに与えられた仕事は一つ。

 広く深く、この穴を今より大きくする事だ。

 目安……? そんなのは、下っ端の僕には知らされない。

 初めの合図がかかったら掘り始め、止めがかかるまでひたすら続ける。

 必要なのはただ腕を動かすこと。

 掘って掘って、まるでマシーンのように目の前の土を掘って掘って、ただ黙々と掘り続けるだけ。

 そこにそれ以上も以下もない。

 どれだけ掘っても、日当は変わらない。

 つまるところ、今以上に頑張る理由は存在しない。


 


 

 単純作業に精神が蝕まれていく。

 ……。

 端的に言えば気が狂いそうなんだ。

 退屈だ。退屈すぎるんだよ!!!



 

 

 5分もすれば慣れてしまう環境、新鮮さが失われたこの現場に僕の心を震わす物はもう存在しない。

 身体は忙しなく動くのに、心の内は暇で暇で仕方がない。

 退屈で窮屈、気を紛らわす何かが欲しい。



 興味の湧かない科目の授業中、スマホを忘れた電車の移動時間、突然予定がなくなった休日……。

 誰だって一度や二度、いいや数えられる範囲は超えているくらいに、暇の苦痛を味わったことがあるはずだ。

 冷静にさせられ、現実を直視させられ、ただ暇を自覚させられる。

 悪いことじゃないはずなのに、罪悪感すら覚えさせられてしまうこともある。

 暇の苦しさを伝えるのは結構難しいけど、でも、みんな誰しも分かるはず。

 なんなら、僕らは無意識に暇を回避してきたはずだ。

 車の中、窓の外を走る忍者を、幼少の頃は思い浮かべたことがあるに違いない。少なくとも僕はそうだった。

 

 暇って言うのは、それだけで苦痛。

 そこに辛いとか苦しいとか、時折、肉体の悲鳴が頭の中をこだまする。

 

 そんな心境をかき消すには、何か別のことを考えるしかない。

 どうすればもっと効率よく掘れるのかなんて、ゲーム感覚的にそんなことを考えなきゃ、僕の精神はすぐにでも限界を迎えてしまう。

 何より辛いのが、日の登り具合でしか時間を把握できないってこと。

 終わりが見えないマラソンとでも言えばいいのか、30分でも1時間でもいいから、区切りが欲しい。

 リナさんは適宜休んでとは言ってたものの、僕にとって適宜を図る指針はどこにもない。

 なんなら休めるのなら今すぐにでも休んでしまいたい。

 だって、肉体労働辛いからね!!!



 伝えることもほとんどない。

 土に差し込んで持ち上げて、後方に投げるがワンセット。

 それをほぼエンドレス。

 無限にも思えてくる時間の中、ひたすらにこの一連の動作を繰り返し続けるだけ。

 途中にハプニングらしいハプニングも無く、稀に小石がスコップに当たるくらい。

 けれどそんな些細なことですら今の僕には嬉しくて、今ではスコップがガンッと躓くのを待ち望んですらいる。

 そう、それくらいに退屈なんだ。


 話は少し変わるかもだけど、憧れたこともあるゲーム実況者たちはみーんなマイクラとか単調作業系のゲームを実況するわけだけど、一体よく一人話が続いてたなぁと今、僕は関心している。

 そりゃさすがにさ、今の僕よりもゲームの中の方がイベント的なのは発生するんだろうけど、それまで独り言で場を繋ぐって言うのはまあ〜大変で。

 自分でもワンチャンなれるんじゃねなんて思ったことはあったけど、多分向いてないのが今はっきりした。

 だって、並大抵じゃ無理でしょ。こんな、虚無を面白おかしく伝えて何か起こるまで場を繋ぐなんてムズすぎる。

 生配信なんてもってのほか。1、2時間こんな穴掘りお届けして同接保つって何よりも才能が要るよ。

 落語家とか芸人みたいな部類だよきっと。

 ワンチャンで挑めるような職業じゃない。


 加えて、巷じゃダンジョン配信系のラノベが勢い伸ばしてるらしいけど、あんなの僕なら絶対無理だね。

 ボス戦は映えると思うよ、けどそこまでの道中なんてくっつつつつそ暇だよ絶対。

 ダンジョンなんて視認性悪いし、出てくる魔物なんてバリエーションそこまで居ないだろうし、実現しても元々数字持ってるやつが視聴者独占して最王手だけが息してて、それ以外は過疎も過疎、それこそ今のYouTuberみたいな状況に落ち着くんだって。

 良かったよ、飛ばされた異世界がそういうところじゃなくて。


 配信者ドリームなんてワンチャンありそうな幻想は、たった今僕の中で崩れ去った。

 もし日本に帰れても、目指すことは無いだろうなぁ。



 

 ………………。

 とまあ、頭の中で愚痴の一つもこぼしてみたけど、まだ、恐らく1時間も経ってないはず。

 はぁ、辛い。辛い辛い。

 穴掘るだけ、無心で掘って、掘って掘って掘り進めて。

 みんな凄いよ、なんでみんなあんなにひたすら掘れるんだ。

 集中しきれないよ。無心になりきれないよ。

 どうしたって雑念が湧くよ。

 アレなのか、ゾーンってやつなのか。

 それとも皆が類まれなる穴掘りの才能をもってるのか。


 ギブだよギブ……。もう、向いてないんだって。

 コンビニアルバイトみたいに、色んな業務でそこそこに忙しいくらいが僕には向いてるんだ。

 単調作業の辛さ、いつも何気なく通ってた道路を有難く思って、お刺身に乗ってるタンポポが愛おしく思えてくるとは。

 辞めよう、今日中には辞めよう。

 向いてないんだ僕には……!!!


――――――――――――――――――――――――



「おい、あいつ休んでるぜ」

「ったく、根性無しが……」


 聞こえてくる小言は、誰に向けられてなんだろう。

 太陽はちょうどてっぺん昇った頃、あちらこちらから聞こえてくるため息と陰口。


 ダラダラとひたいに流れる汗の数々。

 それは労働によるものなのか、焦りによるものなのか。

 

 休憩なんて未熟者が取るもんだという、ある意味レトロな価値観が主流なこの世界。

 スパルタ至上主義な価値観がまかり通る状況ならば、もはや休憩なんて甘えに等しい。

 リナさんに言われた、適宜とって、という言葉はもう今この場では意味を成してない。

 ベテラン勢による僅かな言葉と態度による重圧。

 この環境に適応しきった彼らによって作り出されたこのフィールドは、日が沈むまでの我慢比べ大会の様相と化していた。


「あぁ……っ! 」


 一人、また一人と倒れていく労働者たち。

 彼らはペースを呑まれたビギナーだ。

 周囲の筋肉自慢たちについて行こうとしたあまり、己の限界点を見誤ってしまったんだ。

 

 こればかりは運にもよる。作業位置が猛者の付近だった場合、知らず知らずのうちに自分の力量を越えさせられてしまう現象が発生する。

 自身の体力なんて目に見えないものをコントロールすることなんてまず不可能、そこに焦りや圧力が加われば指針が揺らぐなんてざら。

 徒競走は速い人と走ると好タイムが出やすいなんて迷信じみた言い伝えも、原理としてはこんなところだろう。

 幸い僕の周りには、そんなペースブレイカーはいない。

 けれど、だからといって、休憩がなくていいって訳でもない。

 単純に僕は体力上限が低い。

 スタミナってものがまるで無い。

 自分のペースで掘れていたとて活動可能時間は2時間あればいい方で、そして恐らくだけど、その2時間はもうとっくに越してる。

 腕と脚は悲鳴をあげ続け、もはや感覚が薄れてきていた。

 この火照った身体には、この涼しい気候が何よりの癒しで、たまに吹く密やかな風が今の僕を何とか生かしてる。


 ここまで来ると、暇とか退屈とか考える余裕も無くなっていた。

 ホッカホカになった頭には、もう何か思うほどの余力は無い。目の前の状況整理で沢山なんだろう。

 そこにまともな判断力なんてものは無く、ただひたすらに目の前の穴を大きくすることだけを目的に身体中に信号を送り続ける。


 ただ残る感情は、一刻も早い休息の切望。

 この閉塞的な状況を打ち破る日没の存在。

 それを、今か今かと待ち続けていて……………………。

 


「おい新入り、そろそろ休もうぜ」

「……!? 」


 正気……!? こんな状況で休もうだなんて!

 何言われるか溜まったもんじゃ……!!!


「なあに驚いてんだよ? 今にも倒れそうなんだから休憩した方がいいだろう」

「そりゃそうですけど」

「そりゃそうって、なら休もうぜ」


 腕を捕まれスコップを引きずりながら僕は彼に連れられ、作業の邪魔にならぬ場所まで連れていかれた。


「なんだ、アイツもか」

「ったく、根性無しが……」


 やはり届く、僕への小言。

 

 でも、少し胸が痛むだけで、はっきりいってそれだけだった。


――――――――――――――――――――――――


「……美味い」

「だろ? 勤労の後の水にハズレ無しだ」



 馬車の荷台の樽から汲んだ水は、冷たいわけもなく新鮮なわけもなく。

 舌触りに関しては不純物が少々混じって不快感を覚えるほどだ。

 けれど、今の僕にとってこの水以上に求めている物は今は無くて、何より、なぜだか美味いんだ。

 


「今日は魔道具持ちが着いてきてないから、水の用意が一人二杯分しかないらしい。っても、あのアホたちは勝手に我慢するだろうからその分の水は余るだろうよ、気にせず飲め飲め」

「アホたちって……?」

「さっきも居たろ、野次だのなんだの飛ばしてきたヤツら。ああいう自己満足を他人に強要する野郎のことなんか無視だ無視」


 「ぷはぁっ! 」とまるでお酒かのような豪快な飲みっぷりで彼は飲み干す。

 身に染みてくる水の魅力を僕も知っているから分かる、この反応は大袈裟じゃない。


「慣れたか? 仕事。ってもただ穴掘ってりゃいいだけなんだけどな」

「まあ。慣れたって言っていいのかは分かんないですけど」

「そうかそうか。そりゃ先輩冥利に尽きるってもんよ。転移者の新入りなんてまあ居ないからな。仲良くしよーぜ」


 そう言って肘でつつかれるも、正直、はいとは返せない。


「嬉しい、です。でも自分、今日で辞めるので」

「おお、そうかそうか。そりゃ先輩冥利に尽きないな…。んーっぱあれか、全裸通勤が堪えたか」

「全っ…………まぁ、それもそうです」

「も、って事は……?」

「仕事にやりがいみたいなものが持てなくて」

「それで辞めると……? 」


 たかがアルバイト程度の仕事にやりがいなんて大袈裟で、ホントのところは、単に自分が集中しきれなかっただけだ。


「はぁ……まあ、分からんでもないよ。俺も大学時代にバイト10回以上飛んだし」

「だいぶですね」

「なんか性にあわないって言うかよ。新入りのいうやりがいってのと合ってるとかは分かんないけど、金を稼ぐ手段なだけだとしても、割り切って出来ねぇことはあるよな」


 ……なんだか真面目に答えてくれてる。

 ギャンブルで全部スったってわりに、ちゃんと話ができる人なのか?


「俺は別にひん剥かれるのも穴掘り続けんのも苦痛だと思わないから、この仕事続けられてるけど何か嫌だと思ったら、多分その瞬間飛ぶな。……うーん、やりがいか。確かに湧かないよな」

「やりがいって言ってもそんな大層なもんじゃないんです。作業中にふと過ぎる虚しさに耐えられるだけの理由が欲しくて」

「虚しさね……。あのアホたちとは無縁そうな話題だ」


 穴底にいる彼らを笑いながら、また水を飲む彼。

 

「無縁……ってことは無いんじゃないですかね」

「と言うと? 」

「だって一日居ただけの僕がこんなことを思うなら、何日もここにいる彼らなんか何度も何度も味わってると思うんです」


 だって、彼らも人間だ。

 こんな人を人とも思わぬような扱いを受けたうえで、ただ穴掘りに従事させられるなんて、不満のひとつやふたつくらい抱えたり、無情さを嘆いてしまうもんなんじゃないのか。

 

「そうかねぇ? 俺にはなんにも感じてねぇようにしか見えないけど」

「先輩は、何も思わないんですか」

「まあな。そういう、何してんだろう俺…………って思うフェーズはもう終わっちまったんだよ。もう25だ。そういう悩みは若いうちの特権だぜ」

「25って、まだ若いんじゃないんですか」

「日本なら二十歳、この国なら十五歳が一通り蹴りつけろって言われる歳さ。そこを超えたら、総じて扱いは大人だ。人生が一気に忙しなくなる。その間に悩みなんて贅沢、してる余裕はなくなるのさ」


 彼もこの世界にいるってことは、何かから逃げてきたんだろうか。

 辛いこと悲しいこと、一言じゃ言い表しきれない諸々全てから逃げて、この世界に留まる決断をしている。

 これまでの人生という過程を踏まえて、抽質した彼の言葉。

 僕の知らぬ経験の末に出た結論なんだ、軽い気持ちで否定はできるもんじゃない。

 けれど僕にはその言葉、とても冷たく窮屈に思えて仕方がなかった。


 


 少し2人でぼーっと過ごしていると、背後から棘のように鋭い視線を感じる。

 

「おい、お前らさっさと行け。サボりは減給だぞ」

「げっ、いばら姫」


 先輩は、メアリィ……じゃなかった、メアさんの姿を確認するとそそくさと足早に退散して作業へと戻っていく。


「お前も行け。それともまた怒られたいのか、マゾめ」


 日傘の下で、足を交差させて立つ彼女は、僕にも鋭い眼光を向ける。


「ええっと、メアさん」

「何? 」

「メアさんは、そのっ……この仕事してて退屈だなって思ったりしたことありませんか」

「…………無いわけないじゃん」


 無視されるだろうと思った質問に返ってきた返事。

 少し驚く僕を他所に彼女は、言葉をボソッとこぼす。


 

「ここにいる奴、みんな狂ってるよ」


 

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