彼女、離してもらえますか
005
あの広場から歩いて数分の場所にある閑静な住宅街。
この世界じゃ当たり前の西洋風の日常は、たった一本曲がっただけで崩れ去った。
暗い茶髪のボブカットの女の子を取り囲んで立つ、屈強な見た目の男三人組。
彼女の短髪をてっぺんから掴んで、罵声で脅して、その子から何か奪おうとして見える。
どっちが悪者かなんて考える間もない。
囲まれている女の子。彼女が多分、あの子が言ってたお姉さん、アカネさんだろう。
僕とそう歳も変わらないくらいに見えるの彼女の目には、はっきりと殴られた痕がある。
青く腫れて、ズキズキする痛みが見るだけで伝わってくる、生々しい痕。
既に、目として機能しているのか怪しい程なのに、屈しない意志の表れなのか必死に涙をこらえている。
長い袖のパーカーで隠れてるから分からないけど、きっとその下も酷いくらいになってるはず。
重症が容易に想像できるなんて、あまり気分が良くない。
壁越しに見る暴行ほど、心地の悪いものなんて無い。
「……ふぅ」
無意識にした深呼吸。
心を落ち着かせるためにしたはずなのに、どうやら、全く効果が無い。
「やめてっ……!」
辺りに響くアカネさんの悲鳴。
少し離れた僕にも聞こえる程だから、近くの家の住人は聞こえてたっておかしくない。
それなのに、誰もやってこない。
それもそのはず。
たぶんこの辺りには、もう人はいない。
数分前くらいから遠くから響いてくる大きなラッパの音。
続いて聞こえる歓声は、きっとさっき居たあの大通りから。
きっと準備もそこそこに、もう既に凱旋が始まっていて、おそらく、この街に住むほとんどの人が、今はあの大通りに集まってるんだろう。
女の子ひとりの悲鳴なんて、街の歓喜に適うはずが無い。
誰かを祝うはずの音は、ここに助けが来ないことを僕に何度も告げ続ける。
僕が行かなきゃ、アカネさんはやられる。
僕のせいで、彼女はやられる。
「……ふぅ」
もう一度、息を整えるために深呼吸。
結局、何をしたいのか分かんないままここまで来ちゃった。
夢とか理想とかそんなのも無いし、未来に向かって何かなんて、そういう説教じみたものも好きじゃない。
のっぴきならないほどの特技もあったことなんてなかったし、そもそも、初めからそんなもんだと思えば納得出来てしまうほど。
でも、そんなの生まれてこの方ずっとだ。
不甲斐ない自分を変えにきたんだろ。
だからここまで来たんだろ。
ここで前に出れば、何か変わるかもしれない。
今は、その可能性にかけるだけ。
「君、は……」
物陰から飛び出した僕。
真っ先に気づいたのは、パーカーの彼女、アカネさん。
「なんだ、お前」
彼女の目線を追って、次々に気づく荒くれたち。
もう、後には引けない。
この一歩が何かを変えてくれると信じて、今、ここに立っている。
だから、勝って救うんだ。
この選択で、少しでも前に進むんだ。
「その人、離してもらえますか」
006
僕の前に、男が3人。
ボロ布みたいな服を着て、腰には染まりきった真っ赤な血。
180以上はある身長に、自然と付いたであろう筋肉。
只者じゃないオーラ発して、そいつらはその目で僕を睨んでる。
彼らにとって、暴力沙汰は日常茶飯事。
というか、それが生業なんだろう。
「つがい火竜の凱旋ってなら、誰も来ねぇと思ったんだけどなぁ……」
男のうちの一人、頬に傷をつけたやつが、気だるそうに、指の骨を鳴らして近づいてくる。
「ったく、どっから嗅ぎ付けたんだか……。お前の事情は知らねぇがとりあえず大人しく寝ててくれねぇか、坊主」
これから人を殴なぐろうとしてるっていうのに、緊張も躊躇いも無いみたい。
一歩一歩、迫り来る死。
同じ人間のはずなのに、生物としての格が違うみたいな、そんな威圧感すら覚える。
硬い地面を蹴る足音が、恐怖を煽る。
真っ向から対峙するなんてもってのほか。
きっと、異世界に来る前の僕なら、逃げ出すことすら出来なかったろう。
だけど、今の僕には、これがある。
近づいてくる相手を前に、僕は右手を出して交戦の構え。
「ちっ……。手間とらせやがって」
それに気づいて、相手も僕を敵とみなす。
サンドバッグから対戦相手への昇格、たとえ相手が自分よりずっと弱かったとしても、その意識の変化は肉体により力を加える。
力む筋肉に早まりだす呼吸、これほどの大男を前に、勝敗なんて始まる前から明らか。
僕が取れる択は恐らく2つ。敗北か、
常識を超えた反則勝ち。
多分、どれだけ知恵を搾っても、あの筋肉は崩せない。
短剣すら防ぎかねない肉体に、中途半端は意味が無い。
この力量を覆すには、搦手よりも、高火力。
頭の中には、暇につい妄想した魔術の数々。
そこからシンプルかつ強力を選ぶ。
想定外が起こらないようイメージを固めて、習ったばかりの発動の感覚を思い出す。
あとは、思いの意のままを!
「せーのっ! 」
――――――――――――――――――――――――
「代償、変換……」
「そう、それが君に渡したスキルの名称だ」
渡した、渡された……そんな実感は、正直いって、あんまり無い。
視界になにか写ってるわけでも、頭の中に何かが浮かんでくるわけでも無い。
なんでも出来るって言ってたから、全身に力がみなぎってくるとか、そんな感覚くらいはあるのかもって思ってたけど、足の先から頭のてっぺんまで、変わらない。寸分狂わず、僕のまま。
「代償変換、文字の通り、何かしらを代償にし、望んだ物に変換する。まあ、言うだけじゃわかんないと思うから、実演してみよう」
そういうと、神様は、腕につけてた時計を外す。
そしてそのまま手の中に握ると、
「――代償」
と、呟くように唱えた。
それと同時に、辺りを光が包む。
発生元は、神様の手の中。
何が起きてるのか分からず、ただ呆然としながら見守ってると、数秒足らずで光は落ち着く。
何が起きたか分からない僕の前で、得意げににやける神様。
その手を見ると、
「……!?」
「どうだ、驚いたかい」
そこにあった、というよりいたのは、
骨だけになった、一匹の魚。
見た目だけなら死んでるはずなのに、何故かそいつはピチピチと尾びれを叩いてる。
「なんなんですか、これ……」
神様が何をしたかったのか、これだけ見ても、よく分からない……。
「見た通りさ。握ってた腕時計が、こいつになった。それ以上の説明がいるかい……?」
「えっ……!?いや、なんにも分からないんですけど」
「分からないって言われても、まあ、説明できることなんて、8000万の時計がこの骨だけ魚になったってことくらい。代償にした物が、自分の願った同価値の物に変換された。ほんと、それくらいしかないんだけど」
「同価値……あの時計と、それが……!?」
彼はさらっと言ったけど、その魚が8000万円するとはどうにも思えない。
「そんなに驚くことかい。君の世界には、一杯数万円のコーヒーとか、一枚数億円するトレーディングカードとか、誰が価値をつけたのか分からないような物がいっぱいあるだろう」
「そうは言っても……」
「価値なんてね、結構曖昧なものなんだよ。必要としてる以上に無駄につり上がったり、価値があることに価値をつけたり、みんなが思ってるだけの集団心理の1つに過ぎない。その結果が、このお魚。こいつの役割は、価値を持つこと。それ以上でも以下でもない。なんなら僕の時計も一緒。ね、おかしなとこはないだろ」
そう言われてしまえば、そうなのかもしれないけど、でも、そのピチピチの骨が8000万円なのは、どうしても納得できない。
「まあ、真面目に説明すると、そのスキルは、君の願いをなんでも叶える。ただし、元にした代償の価値範囲の中で。価値の測り方は二種類。社会的価値と個人的価値。社会的価値の方は、まあ、大雑把に言えば、売りに出される値段くらい。リンゴなら100円、タンスなら1000円、一万円札は1万円だし、大谷のサインボールなら3億円。
反対に、個人的価値は、社会じゃなくて、君自身の持ってる価値。大事にしてればしてるほど、叶う願いの範囲は広がる。何かすごいことしたいなら、揺るがない価値感を持つといい。その分だけ、叶う願いは強くなるから」
「代償に、決まり事とかって……」
「特にないさ。なんなら実物じゃなくてもいい。君の持ってるものならなんでも。握力とか、視力とか、記憶力とか。現にこの後、異世界語を覚えるために、君には覚えてる日本語を代償にしてもらうから」
「……!?」
さらっとすごいこと言ってない……!?
「願いの方も注意が必要。何でも叶っちゃう反面、大雑把な願いでも、価値さえあれば、現実になる。想定外が起こらないように、念入りなイメージを心がけることが必要だ。現にこの後、君には自分の体内を多少作り替えてもらうから、生半可なイメージだと死んじゃうよ」
「……!?」
だから、さらっとすごいこと言ってない……!?
――――――――――――――――――――――――
「……」
自分を含めて、ここにいるみんな言葉を失っていた。
指輪の宝石一粒を代償にした爆発は、襲いかかったその荒くれをたったの一撃で黙らせ、息の根が止まりかけるほどの黒焦げに追いやった。
さすがの火力に残った奴らは、若干だけど怯えはじめてる。
異世界語を覚えた時と、この身体に"エーテル器官"を作った時、そしてこれで、3回目。
少しずつだけど、確実に、スキル自体にも慣れ出来てる。
正直言ってまだ怖いけど、
だけど、確実に、ちゃんと前に進めてる。
だからあと、もうひと踏ん張り……!
「ちっ、ガキの分際で……そうか、お前もか」
「お前、も……?」
「そうなら多少のリスク背負ってもいいか」
「さ、さっきから何を……」
「いいぜ、ガキ。最後まで乗ってやるよ、この勝負」
まずい……!
相手2人とも、身体を前にして戦闘態勢……!
急いで僕も、構えなきゃ。
落ち着け、大丈夫、勝てる……。
攻めならさっきの大技で、守りならイメージは出来てる。
傷負ったって、今の僕なら……!
いよいよ来る、第二波が。
ここから、正念場!
「勝ったら俺ら、億万長者だぁあああ!!!」
読んでいただきありがとうございます!!!
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作者のモチベーションに大いに繋がります……なにとぞm(*_ _)m