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異世界転移に終止符を!!!  作者: パラソルらっかさん
二章 俺を誰だと思ってやがる
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再生



 火の玉は、奴の手にある剣へと当たる。







 酒に濡れたその剣を、揺らぐ炎はゆっくりと伝う。






 その様子はまるで導火線。









 ジリジリと詰め寄る煌めきに










 死期を悟ったか、









 見蕩れたか。









 もし、その輝きを恐れて











 その剣から手を離していれば










 この戦いの決着は、ここでついていたはずだろう。









――――――――――――――――――――――




「はぁ、はぁ……」



 焦げていく身体を、不思議と冷静な気分で見守った。

 奴は一言も悲鳴すらあげずに、燃え盛る炎の中を立ったまま動かない。


 やつに浴びせた酒は、いつかエリッサさんの家にあったやつと同じもの。

 ほぼアルコールそのものだと言っていたあの液体は、1度引火すれば、暫くは消えない。

 焼き付いて、絡みついて、温度と道連れに焼き切るまでは離れない。

 古来から使い古されたこんな戦法も、決まってしまえば一撃で決着まで持っていってしまう。いや、手軽で強力だからこそ、昔から使われてきたのだろう。


 僕の手にも、僅かにだけど酒がついた。

 一体どこまで近づけば燃えるのだろうと、余計な雑念が湧く。

 恵まれたことに、僕は炎の痛みを知らない。

 油が少し跳ねたことはあっても、この肌が燃えたことは一度もない。


 今、奴はどんな気分なのだろう。

 火炙りというのは、どれほど耐え難い痛みなのだろう。

 決して同情はしない。

 自分だって2度蹴られた。おあいこだと思っている。

 蹴られた腹とあばらはまだ痛む。

 情けをかけてあげられるほどやわな痛みじゃない。


 けれど、想像ができない炎の痛みというのはどこか心の縁に靄をかける。

 ここに来てすぐ、僕は荒くれのひとりを業火で燃やした。

 あの時は、なにかに酔っていたのか、こんなことは思わなかった。

 相手の違いもあるのだろう。

 同郷、同じ日本人。

 敵対しているはずが、暁音さんを攫っているはずが、どうしてかその一点で、僕の心に靄をかけた。








「……」







 炎はひいた。

 未だ、やつは立ったまま。

 酒の強くかかった上着は燃え尽きて今はその姿は無い。

 腕や顔、腹の辺りには、酷く爛れた火傷跡。

 目を逸らしたくなったが、これは僕の行為。

 攻撃としての評価だけを喜ぼうとしなかった自分には、何より安心した。





 がそれも束の間。





 奴の口が、僅かながら動く。

 頑なに離さなかった剣は何のためか。

 それを今、思い知らされる。

 




 焦げた手で、言葉と共に剣を砕く。






「代、償……」







 その剣は糧として、この戦場から姿を消した。



 そして次には、

 まるで時が戻るかのように、













 身体の傷が再生していく。














 場を飲む威圧、再び漂いだす夜喰らいのオーラ。



 剣を代償にした肉体の回復。炎に耐えきり、剣を離さず、スキルを放てるだけの正気を保つ。そんな不確定要素たちをくぐりぬけて最終的に元に戻れればなどという、なんとも穴だらけの策。

 根性論にも近しい無謀とも思えるこんな作戦を、身体に酒を浴びたあの瞬間から、奴は狙っていたというのか。


 真っ先に思うのは、その肉体強化を解けばいいと。

 おおよそ宝石10個分くらいの価値だろうその筋肉を解いて、スキルで消火と回復へ回せば、わざわざ火を耐え切るなんて荒業を試みる必要なんてないというのに。

 例え、その筋肉が元に戻ったとて、相手は小学生ほどの背丈しかない武器なし野郎。

 剣が1本残っていれば、勝ち切るなんて容易いだろう。


 こんな事、いくら焦っていたってスキルに慣れた転移者たる奴が、思いつかないはずがない。

 なんでこんな賭けを潜ってまで奴は……




 いや、そう言う事じゃないんだろうな。




「……ちっ」



 奴にとって、それはきっと賭けとも思わぬ行為。

 何が起ころうと、迷いは生まれない。

 咄嗟の痛みで手離すほど、己の命を軽いとは思わない。

 それは、自分は生きるべきなんだという意志の表れ。

 そうだ。きっと奴は、自分に確信があったんだ。

 炎の痛みに気絶をせずに、精神を保ち続けるという、



 何よりも強い、確信が。










 小説で言えばわずか数ページ、その程度で収まる逆転劇は、なんとも味気ない終わりを迎える。



「……その目は何だ」


 遂に元に戻りきった奴の身体。

 

「何が不満だ」


 万全と言わんばかりに、冷ややかな眼差しで僕に問う。

 その余裕を持てるのはもう勝ちを確信してるからか。


「なんで、お前がなんだろうって。おっさんでも暁音さんでもなくて、なんでお前が、そんな自信を持ってるのかって。なんで、お前なんかが、自分は生きるべきだって自信を持ってるのかって」

「分からないな。何が言いたい」

「納得できないんだよ…………誰かの代わりに、お前なんかが生きようってのが」


 

 馬鹿にするのも大概にしろ。







 

「きっとお前は、悩むことすらないんだろ。生きるとか死ぬとか考えるだけ無駄だって向き合わないんだろ。必死でもがいて悩んで苦しんで、そんな人たちの屍の上にお前なんかが立とうとするなんて、腹が立ってしょうがないさ」


「……思い違いをしてるな。檻のあいつは、自分の意思で手放すと言ってる。お前がしようとしているのは、何だ。望まれてもない人助け、世話を焼くだけの自己満足。延命を尊ぶヒーローごっこか。お前はあいつに何がしたい。俺は、あいつの望みを通りとする。例え、俺の生存が理由だとしても、結果として望みを叶えるのは俺だ」


 ここに来る前、暁音さんの日記を見た。

 ここに来てからを書き綴っていたあの日記には、この生活をどうにか楽しもうと、日々をもがいた跡があった。

 だから、どうしたって分かってしまう。



「あいつは、人生に終止符を求めている」



 その言葉が本当なんだって。



「戻るすべが無くなれば、自ずと終わりも定まる。最後に人助けがしたかったらしい。俺が帰れれば、それが本望だろう」

「本望……? 」


 でもその単語は、お前の口から出ていいものじゃ無いだろ。


「例えそれが本当だろうと、生き死にの理由なんて、他人が声にしていいものじゃない。彼女がしようとしてる決断は、それしか道が見えなくなった自分に、最後に一度だけ許した我儘なんだ。それを誰がとやかく言う権利なんてない。誰のものでも無い、自分のための決断だ。お前のためのものじゃない」

「なら、お前にも口を挟む権利は無いはずだろ」

「……分かってる、分かってる。

分かってるよ…………けど、嫌なんだよ。

それだけ真剣に生きることに精一杯で、がむしゃらに向き合って、誰より自分を生きようとしている人が、最後に決めるのがこんな選択なんて………………そんなの、悲しすぎるんだよ! 」


 最後まで抑えようと思っていた物が、言葉の内に滲み出ていく。

 

「捻りが無い。ただの感情論か」

「感情語って、何が悪い」


 溢れてたまるかと堪えながら、僕の目は奴を見つめる。


「構わん。最も、感情だけで勝てるのならな」


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