だから、殴り合うんだ
「変換の力はこう使う物だろう」
目の前にいる男は、今、見違えるほどの変貌を遂げた。
何歳分か若返り、全身に隆起するほどの筋肉。
背も伸びたんだろうか、ありったけの筋肉が細身の身体にまとわりつき、ただ速く走り、ただ強く殴るためだけの身体つきになっている。
「お前も早くやったらどうだ。もう加減はきかない、その身体じゃ2回で砕けるぞ」
「……何を、当たり前に」
転移者ならば、こうするのがさも当然かのような口ぶりで奴は言う。
恐らく奴はそういう世代。
戦闘と聴いてイメージするのはバトル漫画的な強者なんだろう。
異能力とかよりも見た目でずっとわかりやすい、変身による怪力と気迫。
「この力の強みは、無制限回数の変換。消費するような使い方さえしなければ、その価値を保ち続けたまま何通りもの効力を放てる」
その言葉の説得力は、その肉体が物語っている。
魔術で一発、パンチで一発。同じ一発だとしても、魔術そのものを作るのと、パンチを生み出す身体を作るのとでは訳が違う。
言うなれば工場、攻撃を打ち出す機構を整えてしまえば、あとは体力の尽きるまで無制限に放ち続けられる。
浪費と投資、こうげき連打とバイキルト、パックのご飯と炊飯機……。
長い目で見たらどっちが得かは一目瞭然。
必要な時にだけ変身によって全力を出し、不要な時は別の何かに変えてストックして置く。
真っ先に魔術をイメージして使い切った僕なんかよりずっと合理的で賢い、脳筋という選択肢。
「やらないのか」
今更何ができようか。
この地に落ちて持っていた財産は、今はもう無い。
それでもまだここに居ようとしたのは、僕自身だ。
「ああ」
「まさか、お前……。そうか、そいつを狙う事情は、お前も同じということか」
もらった約2億の宝石、その125倍の250億のチケット。
帰る気がないのなら、換金して豪遊するのが摂理。
恐らく奴は、あのチケットすらも金に変えた。
そして持っていたはずの250億は、今奴の手元にない。
だから奴は、暁音さんを狙っているんだ。
「違う、一緒にするな」
「何がだ」
男は、淡々と述べる。
「例え理由は違えど、根は同じだろう。元の世界で落ちぶれて、神から恵みを得た上で、また墜ちる。なのにそれでもまだ人でありたいと願うのは、とんだ強欲、筋違いの我儘だ。その武器はなんだ。俺に傷をつけるためのものだろう。他人を犠牲にしてでもおのが欲望を果たそうとする。俺とお前で何が違う」
敗者には、敗者として負うべき責任がある。
我儘を言った代償は、その先の人生で払うしかない。
あの夕、この場所で選んだ間違いの選択肢。
目の前にあった平凡を生きる道筋を断って、ここに残る選択をしたのは、紛れもない自分。
二度と戻れなくてもいい、そう思ったからあの日チケットを手放した。
その選択に後悔はない、選んだことも決断した勇気も全部、誇りにすら思ってる。
友人や家族に会えないことも、アニメやラノベ続きが見れないことも、苦しいなりに受け入れたつもり。
それらは全て、払わなきゃいけない代償だ。
この先に待つ全部は、本当は、背負わなきゃいけない代償だ。
だけど、例え強欲と言われようとも、
筋違いの我儘だと言われようとも、
腐っていくのを、ただ待つだけのこの日々までもは、
受け入れられる、はずがないだろう!!!
「……そうだな。だから、殴り合うんだ」




