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転移者VS

「……渡すものはこれだけでいいのか」


 エリッサさんから受け取ったのは、部屋の明かりに使われてた小さな魔導具(エフェクター)


「はい、多分自分にはこれで精一杯だと思うので」


 辺りに漂っているはずのエーテル。僅かなその温かさを頼りに呼吸をし、体内へ。ここ数日間、手探りで勉強した知識をイメージに変えて、手のひらの魔導具に待機状態のそれを移す。ただ、原理はわかってもそう簡単にいくものでは無い。何度か練習してようやくボッと、ほんの少しの火が灯る。成功率は3割ってとこ。あとは実践で発動出来ればだ。



 星が瞬く寒空の下、僕らはいつかぶりにあの看板を通り過ぎて廃置き場へと向かっていた。まさか3度も破ることになるとは、ここに来たばっかりの頃には想像もしていなかった。


 今、向かうのは決戦の地。

 暁音さんを攫ったあの男は、何の因果か、この場所に彼女を捕らえているらしい。偵察によれば罠らしき物も見当たらず、ただ彼一人で見張りをしているだけとの事だけれど、実際今のところはその通りで、これといって手下すらいない。


「ユーリ、君はどうしてここに来た」


 対竜式装備を身につけたエリッサさん。

 ファンタジー世界らしい金色の鎧と冰竜と紅蓮竜の魔導具付きの杖。普段の服装から親しみやすさを消し、相手を滅することに特化した装いに。いわゆる本気モードの彼女は、僕に問う。


「どうしても伝えたい事があって。それを彼女に」

「彼女とは、あそこにいる」


 その目線の先は、だだっ広い更地と峡谷の真ん中。

 瓦礫ばかりだったはずの街はずれの土地は、今は、見渡す限りの地平線。その中にぽつんとある、大きな黒い箱。

 まだそれなりと離れているのに、どうやらエリッサさんにはもう中身まで見えているらしい。



「エリッサさん、この前ここで言ってくれたこと。今は、抜いてもいいですよね」


 2日前の夜、僕を守るためのエリッサさんのくれた優しさの忠告。重要時以外は剣を抜くなと。

 あの日彼女が言いたかった事は理解出来ているつもり。

 余計なことには首を突っ込むなと、僕に気を使った言い方で伝えてくれた。


「君がすべきだと思った事ならば」


 そして、そんな彼女が、今は共に行くことを了承してくれている。


「なら」


 気が早いかもだけど、決意も込めて剣を抜く。

 鋭く短い、ただ唯一、僕が持った武器らしい武器。

 一つ、落ち着かせるために深呼吸。

 これから僕はこいつで最悪、もう一度人を殺める。

 あの時とは違う、無自覚じゃなく、本意で。


「あの日、エリッサさんが殺したって言ってたの。本当は」


 言いかけた口をエリッサさんは目で止める。


「私が責任を取ると言った。君は気に病むな、今は目の前に集中しろ」


 どれだけ覚悟は出来ても、冷酷にはなりきれない。

 いや、違うな。単に怖いだけだ、そっち側に回ったこと周りからの目線が変わってしまうこと、何より、誰かのその先を奪ったのに自分は平然と生きていることが。


 今だけはそんな自分を彼女の言葉を付けて誤魔化す。

 迷えば、やられるのは自分。限りなく無に近い心持ち、今の自分に通る芯などただ一本で十分だと。



―――――――――――――――――――――


 少しの崖を降り、扇状に広がる抉れた大地に立つ。

 間合いは、約50m。魔術戦なら、既に戦闘範囲内だ。

 警戒しながら、僕らはさらに前へ。



「……」


 無言の男。

 やつが昨日、暁音さんを攫った張本人。

 見た目は30代半ば。筋肉量はそれなり程度で、あのおっさんとは違うタイプのだらしなさ。みすぼらしさを自然と武器にし、他を寄せつけぬ圧を纏う。陰に生きる者、そんな2つ名が似合ってしまう部分は、年頃の一部の少年には憧れを抱かせてしまうのだろうけれど、そのほとんどが一生かけてすら届くものでは無い。外れずして外れた、自然体の邪。己が奔放のまま生きた成れ果て。善も悪も平等に踏んで歩くだけの事を、奴は平然とやり遂げてきた。


 黒い檻の前に座り込む男。

 目の前に現れた僕らを見ても仕草どころか表情すら変えず、ただ相手から発される言葉を待っていた。




 僕の目が、とうとう正確にやつの顔を認識する。

 もう二十歩と無い距離。いつ起こるかも分からぬ開戦に備え、強ばる筋肉に喝を入れる。戦いは目前。

 檻の中の影には、少女の姿。薄っらと見える洋服は、いつも彼女の来ていたあのパーカー。暁音さん、間違いない。





「貴様が王立図書院を破壊した主犯、間違いないな」


 エリッサさんが、その男に問う。




「そうだ、俺がやった」


 男は悪びれる様子もなく、淡々と言い放つ。





「そうか。理由は向こうで聞く、同行願えるか」


 エリッサさんが只者で無いのは、彼の元にも届くはず。

 金装の鎧、竜器官の杖。幾億とくだらない武具たちの価値は一目見ただけで目を眩ませる。場の制圧感は、生半可な腕時計の比じゃない。服に着られるなんて表現があるが、大抵の人間、あれを身につければまず動けずに着られてしまうことだろう。それを纏い、かつ、様になる。強者のみに許されて、強者のみを強化する。武具が使い手を選ぶとはこの事。おそらく、これを超える一品なんて、この世界中のどこにも無い。そんな逸材が自らを彼女に委ねる。これ以上の強さの証明は、他にない。



 ただならない彼女の風格は、媒質のない空気すら伝う。

 震え上がらせ、怯えさせ、竦ませ、晦ませ、立ち止まらせる。

 触れれば一瞬のオーラ。脳天に悟らす終いの未来。

 次に発せる言葉は一つ、完全降伏を意味する物のみ。








 だが、









「断る」









 奴も、そこに並び立った。


 一見、勝ち目があるようには到底思えない風貌。

 だけど何だ、この得体の知れぬ底知れなさは……。


 光すら沈み込む重油のごとく、全てを喰らってしまいかねない静かな迫力が確かにそこに、奴にはある。

 真横にあった彼女のあのオーラが相殺されてかき消されていく。負け惜しみじゃないその圧は一体どこから湧いて出てくる。

 

 解けぬ警戒をさらにさらに増して、身構える。

 この場に気圧され臆してしまえば、自分の命は双圧に消える。

 




「決裂だな」



 彼女の声が、開戦を告げた。


 弾速より速いと判断。

 駆けた彼女は一瞬のうちに間合いを詰めた。

 人間の反応速度の限界を超えてでも防御は間に合わない。

 並の相手ならたった一歩で勝負あったと思わせる脚力。

 この世界の人類三番手、その一撃は首元を狙う。






 しかし、


 奴の眼光が、発した。









「行け」




 




 一言が生み出す、一瞬の静寂。








「ぐらぁうぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!」



 





 それを破るは、螺旋を纏いし骸の火竜。

 その迫力は空を翔ける戦車。





「…っ!」




 無から出現したその巨体は、迫る脅威を一手で返す。

 有り余るほどの図体はただそれだけで威力と化す。

 現れた火竜の突撃は、彼女を遥か後方まで共に吹き飛ばす。


「エリッサさん! 」


 巻き上がる土埃。

 驚異的な突風で体制が揺らぐも、何とか持ちこたえる。

 最中、背後から聞こえる衝突音。

 一瞬、不安がよぎるも彼女はこの程度で傷つく者では無い。


 視界が晴れると、微かに見える無傷の彼女。

 寸前の防御が間に合っていて、彼女の小手から展開されるシールドが直接的な接触を防いだように見える。



 僕との距離はあの竜によって既に彼方。

 ここから見える彼女の姿は今はもう豆粒ほど。

 例え背を向けて走れば届く距離だったとしても、今、奴に向けられる背はどこにも無い。

 完全なる分断、先手を取られ作られた絶体絶命の1体1。









 でもそれは、あの竜だって同じこと。









 お互い、邪魔も横槍も入らない。






 互いに互いの1VS1。









 目の前のオーラを一人、全身で受け止める。










 ここからが、本当の開戦。












 転移者 VS 転移者だ。

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