行かせてください
憎き月光、屍とかした数々の遺体を照らしていたのは私自身の愚かさだ。
慢心、油断、そんな言葉を並べて顧みようとも、二度と彼らが戻ることは無い。
回帰の無き終わりを迎えた彼らを待つのは、天の国と。
未確認未踏の楽園が彼らを待つというのなら、我々はなぜ生きる。
ならばたった今自害しようとも、神は私を認めてくれると言うのか。
だとするなら私がこれから行う非行も、葬送として肯定してくれるのだろうか。
「協力を仰ぎたい。頼む、私一人の力では奴を抑え切るには到れないのだ」
私の言葉に、互いに顔を見合う彼ら。
夜が明けたスクルド市街地、一区画を切り取り建てられた臨時部隊の小屋の前にいるは、数多くの冒険者たち。
カイナを含む直属護衛隊達による招集により、街内のギルドから選び抜かれた指折りの実力者ばかりがここに立つ。
「皆の耳にも入っていることだろう。昨日、突如王立図書館上空に現れた、螺旋模様の火竜。奴とそれを従える者の討伐を共に頼みたい」
ざわめき出す群雄たち。
通常、我々直属護衛隊が冒険者に出す依頼は人員不足が理由の探索が主。捜索、開拓等に際し、人手が足りぬ場合にある程度腕の立つ者を臨時で雇い、作業の効率化を図る。
国が直接手を下さざるを得ない討伐対象ならば、冒険者よりもまず我々が出る。直属護衛隊として、国を脅かす脅威は何よりも優先する案件、他の任務に当たっていようが護衛隊の中から必要人数以上は必ず確保する。
そんな常識の中での私の発言。
既に数人がこの場を離れ始めているが、無理もない。
自らの力量に合わぬ話題に時間を割くことを無駄と判断する、それを賢明といわずしてなんという。
「待ってくれ、その螺旋の竜ってのはなんなんだ。分類は、クラスは」
彼らの内の一人が声を上げる。
この後、恐らくほとんどの人間がこの場から去る。
より明確になる対象に、賢明を尽くす結果だ。
「未知、暫定クラスS+、未確認脅威として、先程、王から個別討伐対象の指定を受けた。
分類は、…………ラストリゾート」
「ラストリゾート、だって」
一瞬で、場を呑む。その言葉の強大さは、この地に生きるものなら遺伝子にまで刻まれている。
「察しの通りだ、このままでは数日後に訪れる王都からの百人あまりの特務部隊によって、この街諸共の処理が行われる。無論、規定事項として、混乱を避けるため住民に通達は無い」
ラストリゾート、王から指定される、個別対象の討伐規模分類の一つで、最も重く、最高位の位置づけ。
言葉の通りの最終手段。
王国存続のために、止むを得ずとる緊急時専用の作戦。
突然現れた未知の存在に対し、推測も、対策の建てようもない場合、そしてその対象が王国領土内を滞在し続けている可能性が高い時、唯一、王による勅令でのみ実行される。
対象に最も近い指定街に配備されている護衛隊が、その街の中心に対象を引き付け、近隣八つに配備された護衛隊が現着するまでの時間を稼ぎ、対象の位置、存在を明確化する。
ほぼ全ての指定街は円または四方形に近しい形状で建てられている、対象の逃げ場を無くすためだ。現着した彼らによるシールドによって上空にすら逃げ場をなくし、外壁上から全方位による高威力の攻撃。
外周から中央に向かって逃げ場のない魔撃の嵐。
対象の逃走を防ぐため、作戦開始時点から街の出入口は完全封鎖。
未知とは言えど、100以上の護衛隊員による、最高位威力による攻撃を受け止め切れる生物などいるはずも無い。
住民も、引き付けた部隊員たちをも犠牲とした全方位に隙を生まない、最も非効率的で、唯一討伐を確約された方法。
それが、ラストリゾート。
「……じゃあ、俺たちはここで囮ってことかよ!」
「だから我々で討伐する。特務部隊到着までに、螺旋火竜及びその使役者を討ち取れさえすればいい。私の報告ならば、ラストリゾートを止めることが可能だ」
「可能って……」
その後に続く言葉が無いのは、彼らが、常に命綱としてクラスを意識する冒険者だからなのだろう。
自身の実力を測り間違えば、受ける依頼のクラスを間違えば、その命はたった一度の失態で無に帰す。
十数年前、王によるE〜Sという独特な記号で分けられたクラスは、彼らにとっては誇りであり、自身の身を預けられる唯一の指針。
自身のクラスを超える依頼を受けることは、自殺に等しいとまで言われ、ギルドに警告文として語り継がれている。
「なあ、今なら間に合うんじゃないのか……」
「馬車は出てるか……! 」
「ノルンまで逃げれば範囲の外だろうさ」
口々に言葉を漏らし、多くの者たちがこの場を去る。
口づてにもう混乱は避けられないだろう。
本来ならばラストリゾートが決まった瞬間から、冒険者を含めて、直属護衛隊以外に口外してはならない。
紛れも無い、規律違反だ。
「おい、お前がどうにかできないのかよ!」
胸ぐらを捕まれるも、私は返す言葉がない。
私がしているのは、人殺しの依頼だ。
私が捕らえきれなかった、番いの火竜の盗人。
あの少年と同じ力を持つだろう彼が、盗んだ亡骸から生み出した螺旋火竜は、言わば私が呼び寄せたと言っても過言では無い。
連れ去られたと言う少女にも悪いことをしている。
数多くを手にかけて、それでいてまだ私は犠牲を産む。
恐らく盗人も、機会さえ生まれなければこんな事を企てずに済んだだろう。
ラストリゾートによる多大な犠牲を防ぐため、私は私の罪を共に背負わせようとしているのだ。
「ちっ……」
散り散りになる人の波。
中には先日凱旋を受けたSランク16人によるパーティもあったが、彼らも適わぬと判断したようで、踵を返しこの場を去る。
「何が直属護衛だ、こんなことに巻き込こもうとしやがって」
捨て台詞を吐く者もいた。
金をいくら積まれようとも、彼らはもう共には動いてくれまい。
残ったのは、わずか3パーティ。
だが彼らも参加の意を示している訳では無い。
「参加だけすれば、報酬は貰えるのか」
「言い値で払う、私が払える範囲にはなるが」
「当日、居なくてもか……」
野次、もしくは一攫千金を狙っただけのランク不足。
言い方は悪いが、到底、戦力にはならないだろう。
恐らく、一人の戦いだ。
対、ラストリゾート。買いかぶりの実力だったとしても、確実な欠損、最悪であれば相打ち以下。
生還出来れば御の字ではあるだろうが、その可能性に縋ったままでは、掴める勝利も掴めはしない。
使役者を含めれば、その比では無い。
巷ではレアドロップなどと呼称される彼らの実力は、到底、侮れるものでは無いだろう。
彼らが用いる無数の搦手。捌き切ることは不可能に近しく、一度踏めば、連鎖による死が待つのみ。
仮に体制を崩す程度に留まれど、横に控えるは螺旋の紅蓮。
言うまでもない、まず求められるは最速の処理
……処理か。おおよそ人に向けて使う言葉ではあるまい。
全ての人が人生の全うを。
そんな理想論、叶うはずも無いとは分かってはいるが、つい、夢に見てしまう少女だって、世界は広し、一人ならば有ってしまう事だろう。
いつか見た夢。
その果ては、自身が終わりを告げる側に周る事だった。
罰だ。真に理想を叶えようとしなかった罰がこの現実。
善を尽くそうと思えば思うほど、この手は真っ赤に染まる。紛れも無い同族の血だ。
憎しみは天に浮かび、私を幾度と嘲る。
私が殺した者たちと救おうとした者たちの間には明確な差などあるのだろうかと、私は常に思考を続ける。
答えの出ぬ問いに頭を悩ませ続ける事は嫌いでは無い。
ただ、これは人生を賭けた命題であり、解けてはならない罪で罰だ。
答えを出す、それ即ちは幼い頃の自分を否定すること。
たかが今を生きるためだけに、穢れなきあの頃を否定する。それほどに悲しく誤った決断など他にあるものか。
無意味とかした仮設小屋、その前にいる冒険者たちには、私から辞退を願い出てもらった。
私はこれより、奈落へと向かう。
抱えたままでいい。私一人、抱えきったままでいい。
犠牲者は、誰一人も出さない。
そのために私は向かうのだ。
小屋に置いた杖を取ろうとした時、群衆の中から声がした。
振り返れば、一人、道連れを願う志願者がいた。
その目には、揺るがぬ灯火。
何かを決意した彼の手を、私は取ってしまっても良いのだろうか。
「行かせてください」