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異世界転移に終止符を!!!  作者: パラソルらっかさん
二章 俺を誰だと思ってやがる
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ムーンシャフト


 あーあ、酷いこと言っちゃったな。

 甘いとか簡単じゃないとか、一体どの口が言うんだろう。私だって、ただ逃げてきただけだって言うのに、説教なんて。…………笑っちゃうね。




 狭い檻の中から見えるのは一面の荒野。

 これが悠里くんがやったやつかと初めて見た時は驚いたけど、半日も経てばもうすっかり見慣れた。

 荒野の真ん中に四角い檻が一つ、夜風がびゅーびゅーに吹いて少し寒いけれど、鉄格子の前にいる彼の方がパーカー姿の私より薄着で寒いだろう。悪いなぁ、私のために無理させて。



「ねぇ、寒くない? 着る?」



 私は彼に話しかけた。

 

「……」


 だけど、背を向けたまま返事は無い。

 それもそうか、だって見張りと囚人だもん。

 あって十数時間、交わした言葉は数える程しか。

 関係が深まるタイミングなんてどこにもなかった。

 残念、最後の話し相手になって欲しかったんだけどな。




「貰えるものは貰うが」

「……うそ、喋った!?」


 私を攫ってからほとんど喋らなかったのに、なんで、このタイミングで……。


「そんなに寒かったの」

「そうじゃない。退屈そうにしていただろう、慈善だ」

「……ああ、そう」

「麁雑に扱われるならまた黙る。俺はただ貰えればそれでいい」


 とは言いながら、こうして雑談に乗ろうとしてくれる。

 あの自称神様といい、男っていうのはどうしてこう正直じゃないんだろう。



「じゃあ、少しだけ話してもいい」


 黙ったままの背中を肯定と捉えて、私は話し続ける。


「私ね、お母さんになってみたかったんだ」


 誰かに相談しようと思ったことなんかない話題でも、いざって時には、スっと出るものなんだと少し驚く。


「知らない」

「聞いてよ最後まで」


 多分、相談相手は間違えてるけど今さらチェンジなんて出来ない。添い遂げる相手はこの人だって、もう決めたから。


「もし、子供が産まれたら、その子が一番ってなるものなのかな。

 私、孤児院の手伝いしてたんだけど、それでもこの子達の為に自分が犠牲になれるかって思ったら、やっぱり無理だったの。いつまでたっても、自分が一番なんて指針が揺らぐことは無いもの。親になんてなれそうもない」

「犠牲になろうと思う親などいない」

「ほんと? 色々犠牲にしてると思うけど」

「するもしないも親の勝手だ。エゴだと思え」

「エゴって……。薄情者。あなただって、子供だった時代があるでしょうに」


 子供の頃に迷惑かけたことないなんて子、いるはずないもの。


「だから言える。親という役割に縛られたごときで、人の心が変わるはずが無い」

「子供が出来ても? 」

「己が責任を果たすために役割を演じているに過ぎない。安易な心変わりなど出来るものか」

「……それも、そうなのかな」


 私の知る実例は2つだけど、どちらもそう言われたらそうだったのかもと納得してしまえた。


「じゃあ、もし両親が優しく接してくれたなら、それも演技ってことなのかな」

「知らない」

「発言に責任をもってよ」


 彼はため息をついてから言った。


「ただ、その時のそいつが優しかったってだけだろう」

「ふーん、曖昧だね」


 お母さんは、優しかった。世間的に見れば、ガサツで不真面目な手本にしちゃいけない種類の母だったけれど、私に接するあの時の笑顔は何よりの愛情が籠っていた。2人で畳む洗濯物も、電子レンジの音が鳴ってからやっと気づく料理も、どれも大事な思い出で、かけがえのない大切な私の宝物。

 いつまでたっても忘れられなくて、いつまでたってもあの時のことを思い出して、いつまでもあの日の母を夢に見る。

 決して嘘じゃない、偽りなんかじゃない、役割とか演技とかそんなんでもない。

 だけどでも、あの日からの母が本物なんだ。

 私が産まれる前からずっと抱えてた心が、酷く傷んで耐えきれなくて、私を見る度締め付けられて苦しくて吐いてしまうほどに、私を拒絶する。

 私より父に救われて、父を愛して、父に抱きしめられていたかった母が、ほんとのほんとのお母さんなんだ。

 


 



「あなたは、どうして帰るの? 」


 どこか諦めがつき始めた私は、彼の方に話題を移した。


「命を貰うんだ……言う義理はあるか」


 星が瞬く寒空の下、白い息を吐いてから彼はただ一言。


 

「女を一人、置いてきた」

 


 また曖昧な返答だったけれど、今はそれでもいいと思えた。


「そっか、なら仕方ない」

「決心は着いたか」

「もう少しだけ、待って欲しいな」



 こうして待たせていく間にも、時間はちゃんと過ぎていく。

 早く渡しちゃえばお互いのためなんだけど、まだもう少しだけ、生きてるって味を噛み締めていたい。

 最後のわがまま、ごめんね。


「ねぇ、お名前聞いてもいい」

「……新田」

「娘さんは?」


 ほんのわずか、だけど背中でわかるくらいには驚く彼。


 

「馨」

「そっか、かおりちゃんか。いいお名前」

 

 それからは、お互いそれ以上何にも言わないでまた、無言の時間が過ぎていく。


 

 ああ、月明かりが綺麗だな。

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