人殺し 2
気づけば朝になっていた。
テーブルの上には、洋風な副菜たちに、昨日の残りのカレーが二つ。いつの間にかかけられていた毛布から身体を出すと、暁音さんが僕に気づいておはようと声をかけてくれる。
昨夜の出来事は無かったかのように、これまでの、いつも通りの接し方。
カレーの味も相変わらずで、怒らせて辛みを増されたりとかも無かった。
暁音さんと僕は、2人で今日もあの図書館へと向かった。
どうでもいいかもしれないけれど、宿泊先が変わったから、今日はあの道は通らなかった。だからなのか、誰とも会わずに目的地までたどり着いた。
だけど、入って早々だった。
僕は彼と最悪な対面をしてしまった。
木製の扉を開けて中へ入る。
受付のお姉さんに軽く会釈をしてから、僕は掲示板を見に行った。
3日目、既に習慣になりつつあった掲示板の確認作業。
今日の授業の事、盗まれた番い火竜の事、盛り上がるマーケットの事や広場で話題のエンターテイナーの事。
気になることは色々書かれていたけれど、そこに貼られたとある一枚の紙が僕の目を引いた。
全身が溶けて、地面にへばりつく奇妙な遺体の図。
紙に黒一色の絵だと言うのに気持ち悪さすら覚えるその図の横には、もう一つ絵が。
四角の箱の中に、細い筒が残り三本。
もう読めない日本語がパッケージに印字されているそれは、僕のポケットに入っている煙草とおそらく同じもの。
原因不明の自死とみられているその男は、もう身元すら分からないほどにボロボロだが、おそらく間違いない。
あの日、僕に進むべき道を示してくれた、
おっさんだ。
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「……死んだの」
たった数十分、それ以上でも以下でもない関係値の男性。名前も知らない、顔ももうはっきりとは思い出せない。それくらいの間柄でしかない。でしかないのに。
「どうしたの……ってああ、亡くなっちゃったのか」
死因不明、鍵のかかった密室での死。
これで他殺だったならミステリ小説も真っ青だと、捜査結果にはそう書かれている。
でも僕は断言なんかできない。もし自殺だったなら、あの日の言葉はなんなんだ。彼は一体どんな気持ちであんな言葉を。
「もしかして、知り合い? 」
「……はい。数日前に、一度」
「そっか、残念だね。じゃあ、今日はここにしよっか」
他人行儀の暁音さんに苛立ちすら湧いてでてしまう。
そりゃそうなのに。暁音さんにとっては知らない赤の他人でしかないけれど、見るからに同郷の、同じ日本から来た転移者だと言うのに、どうしてそこまでドライになれるんだろうと、やり場のおかしい怒りが、八つ当たりに近い苛立ちが。
表情を切り替えて座る彼女に、僕はついては行けなかった。
「……悠里くん? 」
「ごめん暁音さん、僕、やっぱり無理だよ」
「なにが? 」
「そんなふうに、人に冷たくはなれないよ!」
場違いな声量で、僕は初めて彼女に怒鳴った。
「暁音さん言ってたじゃん、同郷がいると落ち着くって。どうしてそんなに冷静でいられるの、どうしてそんなに無関心でいられるの」
「どうしてって……落ち着いて悠里くん」
「ごめん、でも、落ち着くなんてできないんだよ」
同情してほしかったんじゃない、一緒に悲しんでほしかったわけじゃない。
そりゃ彼女にとっては赤の他人で、知らぬ他人で、全く関わりのない人だけど、だけど。
「少しくらいは、湧いてこないの」
「湧くって……。昨日も言ったけど、私にはもう自意識が」
「そんな言葉で誤魔化さないでよ。何が暁音さんを覆ってるの、何が暁音さんをそうさせたの! 」
「……何も無いって。悠里くんだって、ニュースを見てても泣いたりしないでしょそれと一緒だよ」
「分からないよ。そりゃ、泣いたりまではしないだろうけど、見知らぬ人でも亡くなったならやっぱり少しくらいは悲しくなるよ。それが知ってる人だったならこうにもなるよ。もしも仮にそれが自分の両親だったなら、どうしたって、涙は出るよ…」
場違いな思いの丈をぶつけると、周囲の視線はこっちに集まる。でも、それでも会話が止めることはしない。
「……そうだね、そうだよ。きっと、君の言ってる事の方が正しいんだよ」
「じゃあ……! 」
「でも、私はもうどうしようもないんだ」
暁音さんの顔は深刻に、昨晩と同じ表情をしていた。
身内というにはあまりに薄い。
だけれども、こんな感情は初めてだ。
突然空になったグラスに、透明なドロドロの液体が注がれていくような、色もなく表しようがない、ゆっくりと無が足されていく感覚。
耳鳴りすら聞こえ出す空虚を破るのは、彼女の声。
「ねぇ、悠里くん。その、悠里くんの知り合いさんの死因、私わかるんだ」
「えっ」
突拍子もない発言に、思わず声が出る。
「悠里くんはさ、こっちの言葉覚える時に何した? 」
「……何って、日本語を代償にしてスキルを使って」
「あのドラゴンを呼んだ時は」
「それは、あのチケットを代償に」
「じゃあ、エーテル器官を作った時は」
「エーテル、器官…… 」
答えようにも、答えられない。
本来あるはずのない器官。
代償無しで作れるはずない物。
あんな傷をたった一日経たずに治す魔法の臓器。
それを僕は、何を代償に作った……。
「あの人は、多分濁したはず。作りかえるとか変換するとか、流れ作業みたいに言ったはず。考えてもみたらそうなんだよ、自分の体を魔法が使えるようにするなんて、それ相応の物を代償にしないとできるはずないもの」
「……じゃあ何を」
「身体だよ。正確に言えば、この身体が動ける寿命って言えばいいのかな。歩いたり、話したり、こうやって呼吸したりできるまでの時間。それを代償に、魔法が使える新しい身体を期限付きで作った」
「期限付きって……どうこと」
「だってそうでしょ。元の身体は事故怪我病気がなければだいたい120歳くらいまで生きるらしいけど、それを代償にして作る身体はエーテル器官なんて自動治癒機能までついてる、元よりハイスペックな上位互換。そんなのが元の身体と同じ歳生きられるはずない、でしょ? 」
どこか楽しげに語る彼女に、僕は、訊ねてしまった。
「じゃあ……この身体はどうなるの」
息を飲んで、まるで静寂のようだった。
その中を裂く彼女の声は、僕のこれからを決定付けた。
「死ぬんだよ、3年で」
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