人殺し 1
「暁音さん。人殺し……ってどう思います」
「急に何? 帰ってきて早々そんなこと言うなんて」
テーブルの上には、暁音さんが出してくれた紅茶が2つ。火の弱まったロウソクと微かな湯気が作る温かみのある風景。遠くからは、ささやかな弦楽器の音がする。穏やかで静かな夜だった。
「なんだか今になって不安になってきちゃって」
「一昨日の荒くれの事? 」
「……多分、はい」
「それなら心配いらないよ、私の傷だって治ってるんだし、あの人たちだって何とか生きてるよ」
「でも、もし彼らの中にハイエーテルの人が居たら」
「そんなに心配するような事じゃないって。ハイエーテルってすっごく珍しいんだから。仮にそうだとしたら事故だよ、事故。宝くじに当たるくらいの不運だと思って、逆にラッキーって考えれば……って、そうじゃ無いんだよね」
暁音さんは紅茶に2つ、角砂糖を落とす。
悠里くんは? と聞かれたけど、僕は首を横に振った。
「話したくなかったらいいんだけどさ、悠里くんはどうしてここに来たの」
「どうしてって言われると……」
上手くまとまらず言葉を考える。
その間を、ティースプーンの混ぜる音が埋める。
「上手くは言えないんですけど、なりたい自分になりにきたって言うか、とりあえず頑張ってみたかったんです」
「頑張ってみたかったか、変わってるね」
「えっ、そう、なのかな……」
変わってると言われたのが少し恥ずかしくて、照れ隠しに紅茶を飲んだ。
にがっ、初めて飲んだけど想像以上の味だった。
「大半の人はさ、ここに逃げてきたんだ」
「逃げてきた? 」
「元いた場所が環境が、辛くて苦しくて、居場所を求めて流れ着いた。言うなれば避難先なんだよ」
「避難か……言い換えれば僕も避難って事になるのかな」
人差し指で頬を掻きながらそんな返事をすると、
「違うよ」
彼女はそう返す。
微笑み交じりだった会話に、突然切れ目が入るようだった。
「……えっ?」
いつ以上に真剣な顔で、暁音さんは僕を見る。
僕の手はその眼差しに躊躇い、膝の上へと戻っていく。
「悠里くんはさ、ちょっとプライドが高かっただけなんじゃないかな」
「……えっと、どういうこと」
飛び飛びになる話についていけてないままなのに、暁音さんの言葉は全部この身体を貫いてくるみたい。
「誰だって抱えるような普遍的な悩みのひとつ。
誰かに認められたくて、誰かに褒めてもらいたくて。その欲が他の人よりも少し強かったんだよね」
「……」
身体に熱が入るのに言葉にできない。
「本来ここに来るような人はね、君みたいに恵まれた悩みを持てるような人たちじゃない。もっと根本からどうにもならないような、すごく凄く粗末な物を抱えてる。それは生まれた時からの物だったかもしれないし、後から増えた物かもしれない。誰かのせいでもなかったり、自分のせいでしかなかったりするの。色々、背負い込みすぎてるんだよ。
だから今さら一つや二つ、増えてもそこまで気にならない、というか気にしてられないんだよ」
彼女の言った、一つや二つ。
「……人殺しが、それだっていうの」
「別に重い軽いの話じゃないよ。ただ、そこにさけるくらいの自意識がもう残ってないんだ。悠里くんは、違うでしょ。どう見えて、どうなりたいか。まだ、考えられるでしょ」
初めて会った時のように、まるで諭すかのような話しぶり。自分が矮小な存在で、暁音さんがずっと大人かのように思わされる。
まるで余命わずかな人の語る説法、君はまだ助かるんだからと、そう言いたげに。
「だから、悠里くんの悩みには私はのれないんだ。ごめんね」
そう言って、別室へと去ろうとする彼女を僕は呼び止める。
「暁音さんだって、まだ――」
そこからつづく言葉を聞く前に、彼女は首を横に振ってそのまま扉を閉じてしまった。
人殺しを、悩みの一つや二つに片付けてしまう暁音さん。淡々と、殺したと言ったエリッサさん。
一体、彼女たちは、何を抱えて生きるのだろう。




