転移先で"糞"だり蹴ったり
ここまでのあらすじ
胡散臭い神様に連れられ異世界へと呼び出された悠里。
最初は拒む悠里だったが、神様の言葉にもう一度立ち直り異世界転移を決意する。
服や靴、短剣などの最小限の装備から、"なんでも出来るチートなスキル"さらには、異世界から帰れる権利であるチケットを貰い、これからの期待を胸に彼は異世界へと転移する。
果たして、その先に待つものとは……。
「……おい、お前大丈夫か」
真後ろから聞こえた、女性にしては低めの声。
振り向くと、そこには人が立っていた。
「こんなとこで突っ立って、なんか、あった」
つり目気味の目にかかる前髪と、猫背に着けたショートパンツとへそ出しの短いトップス。
肩にかかるくらいの淡い紫色の髪の毛は、手入れがされてないのか、ボサボサしていて、丁寧な作りの服とは対象的。
どこか暗い口調の彼女は、眉を落とした寂しげな表情で僕を気にかける。
「ごめんなさい、あまりにもキレイだったから……」
「何が」
「その、街並みが」
「……は? 」
数秒、表情が固まった後、彼女の僕を見る目が、珍妙なものに向けられる目へと変わる。
「キレイも何も、いつもとたいして変わんないけど。凱旋の準備してるから、多少はかもしれないけど、口に出すほどでもないでしょ。いったい、どんだけの田舎から来たのさ、お前」
「ごめんなさい。でも、ほんとに凄かったんです」
「はぁ……ああ、そう」
「心配かけて、申し訳ないです。その、特に体調が悪いとか、悲しいことがあったとかそういう訳じゃないので」
もう一度、ため息をついた彼女は、頭をかいた後、冷めた目で僕に向き直る。
「ならいいよ、紛らわしい」
「その、ありがとうございます。わざわざ心配してくれて」
「いや、ありがとうとか、いいから」
「でも気にかけてくれて、嬉しかったのはほんとですし」
「だから、いいって……」
僕を見る目が、睨む1歩手前くらいに鋭い。
こりゃ、遠慮とかじゃなく、ほんとに迷惑がってるんだろう。
どこか分からない街中にぽつんととばされて、感動していたのは事実だけど、神様から、世界観とか常識とかこの世界の教養みたいな部分は教えて貰えても、さすがに街の道の一本一本まではして貰えてないわけで、実は同じくらいだけ不安もあった。
そんな中で声をかけてくれて、嬉しかったのは本当だったんだ。
「ええっと……そうだ。せめてなにか、お礼とかって」
「いいから。言ってるでしょ、ただのお節介だし」
「でもっ」
引き下がらない僕に湧いた嫌気を何とか踏みとどまってるのが滲み出てた表情で、彼女は口を開く。
「はぁ、わかった。じゃあ、お願い――
出てってよ、ここ、関係者以外立ち入り禁止だから」
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こんなはずじゃなかった、
こんなはずじゃなかったんだ……。
あの後、ダウナーな彼女に追い出されて、僕は、大通りから脇道に逸れた。
元々僕が立ってたあの場所は、あの後荷台が通る予定だったらしく、設営の関係で調整があるから、すぐにでもどかなきゃならなかった。
類を見ないほどに巨大な2頭のつがい火竜の討伐。それを祝う凱旋は、この街にとってよっぽどのお祭りらしく、僕一人の迷惑で遅れるなんて、はっきり言って論外、だと。
面と向かってそう言われてしまえば、すぐさま撤退するしかなく、とりあえずで、目に付いた人気のない路地に逃げ込んだ。
だけど、それがまずかった。
大通りから逸れた先、そこは薄暗い路地裏。
陽の光なんてわずかしか届かない、路地裏。
さっきまで見てたきらびやかな異世界とは似ても似つかない、路地裏。
いつか、世界史の授業で先生が言ってた。
だいたい、中世ヨーロッパ。
下水が整備もされてないそれくらいの世界における路地裏は、別名、肥溜めだということを。
表現を避けたいくらい臭う、刺激と不快の混ざった匂い。
20cmくらいのネズミが足元を駆けて、まとわりつくくらい大量のハエと、散らばりまくった蛾の大群。
言わずもがな、それらを引き起こす処理物は、点々と、足元中に散らばって、もはやそこは道と呼べるものじゃ無い。
引き返すことは、もうできない。
今頃、あの大通りは、凱旋用の設営が始まってる。
もう一度僕が戻って邪魔するなんて、きっと、注意で許されるはずがない。
この道の先には、噴水のある広場が見える。
最悪、靴くらい洗えばどうにかなる。
逃げたら説教、進めばふん尿。
どっちにしても、幸せは一つも得られない。
覚悟を決めて、一歩踏み出す。
当然、全弾回避は不可能だった。
そうして、過酷な道のりをくぐりぬけた僕は、やっとの思いで広場のベンチに腰を下ろした。
幸い、足元以外は付かなかったから、脱ぐのは、神様から貰ったばかりのスニーカーだけ。
万が一転んでたら、上も下も、最悪下着まで脱がなきゃかもしれない。
そう思うと良かった方なのかもしれないけど、どう見てもこれは、異世界転移に選ばれた人間にはとてもじゃないが見えない。
例えるなら、家の鍵をなくして両親の帰宅を公園で待つ小学生、とかの方が似合うんだろうか。
紛いなりにも高校生なのに、自分でもそういう例えを出してしまうこの身長にも、いつも以上に嫌気がさすな。
「はぁ…………」
10分して、出たのは、ため息。
着いてそうそう怒られて、あんな道を通らされて。
想像してた異世界はあくまでも、物語の中の世界。
だけどだとしても、こんなのって……。
「いや、いけないよな」
気合いを入れるために強めに頬を叩く。
くよくよしてる場合じゃない。
ここには、落ち込むために来たんじゃないだろ。
身体を起こして、僕は奇跡的に無事だったズボンのポケットから、一枚の紙きれを取り出す。
緑色をした短冊サイズのそれは、あの神様から貰った、元の世界に帰るためのチケット。
これを掲げて、祈るだけ。
たったそれだけで、僕は元の世界に帰れるらしい。
もちろん、あれだけ言ってくれたあの神様のことだからホントなんだろうし、疑うなんてするはずもない。
うっかり失くしたりなんて、"展開としてつまらなすぎる事"さえしなきゃ、僕は、確実に向こうに戻れる。
そう、どれだけのやらかしをしたって死ななきゃ最悪、戻れば何とかはなる。
つまり、残機が一つ分増えたみたいなものなんだ。
ならせめて、思い切りやんなきゃな。
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自分の中で軽い決心がついてすぐの事。
「はぁ……はぁ……」
僕が来たのとは反対側にあった道から、誰か息を切らしてこの広場にむかってきた。
だんだんと近づいてくるその影は、たぶん僕ほどの背丈もないくらい小さい。
吐いてる息の感じから、おそらく男の子。
まだ、声変わりもしてないはず。
開けた広場に出て、日に当たると、その子の状態がはっきりする。
擦れた傷で、腕や、足はボロボロ。
半袖短パンの衣服は、所々裂けてて、こんな街中なのにまるで猛獣でも相手にしてたんじゃないかと思ってしまうくらい。
地面に膝をついて息を整える彼。
そんな人を前にしたなら、すぐさまに声をかけるべきなんだろう。
だけど、肝心の僕は、動けなかった。
視界にうつる真っ赤な血。
目の前のその子、どこかやんちゃそうな短髪の彼が、こんなに血だらけになるまでいたぶられた。
その理由その方法、そしてそんなことをしたその何者。
その子を通じてみえる色々に、情けなくも躊躇ってる。
数十秒たって呼吸が落ち着き、その子は顔を上げて辺りを見渡し始める。
そして、僕と目が合う。
きっと痛むであろうその足で踏ん張り、僕の元に近づいてくる。
「お願い……!」
息を切らしながら、その子は叫ぶ。
「姉ちゃんを……アカネ姉ちゃんを助けて……!」
悲痛な願い。
そんなに必死で、熱意のこもった言葉だから、きっと、彼の言うアカネさんの置かれてる状況は、かなりマズいんだろう。
一刻を争う危機、もしかしたら命にかかわるかもしれない。
状況を聞いて、目の前の彼の傷が眩しく見える。
それは大事な人を目の前に必死になって抵抗した、紛れもない勇者の証。
自分じゃ無理だと悟った彼が、縋る思いでしたお願い。
すごく真っ直ぐで、強く、心の底から叫んだ願い。
そんなの、応える以外にないのに。
「ねぇ……ねぇってば! 」
返事のない僕の前で、芯の通った強い言葉のままの彼。
もはや、どっちが子供か分からない。
「なんで!どうしてなんにもしてくれないんだよ! 」
「どうしてって……」
言ったものの、その後に続く言葉なんて言い訳しかない。
心の中でいつの前か、肥えて鈍りきった勇気を正当化する言葉なんて、そんなの、目の前の勇者には失礼だ。
「なんで、なんで助けてくんないんだよ……」
絞り出すような失望は、音として消えても残り続ける。
涙が滲む彼の目頭。
ああ、僕もきっと昔に同じ目をしてたな。
絶対だと思っていた大人に、突き放された苦い記憶。
思い出せるくらい嫌だったのに、今はもう、そっち側か。
数分前の決心を忘れてしまったかのように、萎れきった性根。
僕は一体、何のためにここにいるんだって。
「お前なら、勝てんだろ。あんな奴ら、簡単に倒せんだろ 」
「いいや、そんなのできっこ──」
「使えるんだろ! なんでも出来るすげぇ"魔法"が !」
彼に言われて、思い出す。
なんでここに来れたのか、何を貰ってここに居るのか。
右手に嵌めた指輪、それを変えるあの"スキル"の存在。
それさえあれば、僕でもそいつらに適うかもしれない。
だけど、どうしてそれを、この子が……!?
疑問に思う間に、彼は熱意のこもった言葉をぶつける。
「だったら、使ってくれよ……!
姉ちゃんの為じゃなくていい!お前のわがままの為でいいから!」
読んでいただきありがとうございます!!!
よろしければ評価の方よろしくお願いします!
作者のモチベーションに大いに繋がります……なにとぞm(*_ _)m