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錆びたドリルでも天を突け(簡略化版)



『俺を誰だと思ってるっ!!!』


 画面の奥で、涙を払って必殺技を放つ主人公。

 それは僕の幼い頃の憧れで、紛れもない僕のヒーロー。



『必殺っ! ギガドリルブレイク!!!』



 かっこよくて、勇気を貰えて、誰よりもの憧れだった。




 

 けど、高校生になった今の僕には、ちょっと眩しすぎたんだ。



――――――――――――――――――――――――


001




「知らない天井だ……」


 まさかこの言葉を使う日が来るなんて1ミリだって想像してなかった。

 まっさらな見知らぬ天井。

 間違いなく僕の部屋じゃない。


 寝る前は、……確か自分の部屋にいて、なんなら机の上でライトノベルを読みながら寝落ちしたはず。

 なのに、今は知らない部屋で仰向けの状態。

 寝起きドッキリにしては壮大すぎる状況に、嫌な妄想ばかり浮かんで、自然と鳥肌がたちはじめる。


 



「目が覚めたかい、石上悠里くん」


 後ろの方から僕の名前を呼ぶ声がした。

 石上悠里。間違いなく、僕の名前。

 だけど、その声自体には聞き覚えがない。

 何とか身体を起こし、ゆっくりとその声の方に振り返る。


 メッシュの入った、逆立った黒髪の男性。

 黒のジャケットに白シャツ、下に裾の長いジーンズ。

 指にはシルバーアクセサリーで、オシャレというよりも、周りを威圧するためにしてるみたいだ。

 


「……あれ、あんまり驚かないか。もしかして、誘拐は初めてじゃないのかい」


 頭を少し掻きながら僕に話しかけてくるその男。

 口ぶりからして、この人が僕をここに連れてきた張本人なんだろう。


「まあ、なれないところで戸惑ってるとは思うけど、いいよ、なにか質問があったら聞くよ。遠慮はするな、ドンと来い」

「えっと、その……」


 突然の事で言葉が詰まった。

 そりゃ聞きたいことは山ほどあった。

 けど、でも、何を聞いていいのかは分からなくて、結果として漫画みたいに口をごもごもとさせる始末。

 自分から見ても情けないな。


「ああ、まあそうもなるか。悪いね、呼びつけたのはこっちなんだ。こっち側から色々言った方がスムーズだったか」


 不審な男は、手振りまでつけて僕に謝った。

 誘拐犯にしては、あまりに礼儀正しすぎる振る舞いに、隠し方も知らない戸惑いが漏れ出る。


「ひとまず安心してほしい、僕は怪しい者じゃないさ。有り体に言えば神様、とか、そう思ってくれればいい」


 たった一言で怪しさが増した……。


「ここもまあ、待合室とでも思って欲しい。僕もここも、さして重要な事じゃないんだ」


 そりゃ、誘拐犯側はそうなんだろうけど……!

 なんだか、欲しい説明は期待するだけ無駄な気がした。



 その男は、見下ろす体勢で僕に問いかける。




「君さ、異世界とか興味無い? 」




「異世界……」


 突拍子もないその言葉を、戸惑いながらもすんなり飲み込めたのは、きっと、毎晩していた読書のせいだ。

 普通なら変なことだって思わなきゃいけないのに、僕にはその言葉がまるで、偶然起こりうる奇跡のように感じられてしまう。


「どうして、僕が……」


 どうやってより、どうしてを聞いた。

 それが何よりの証拠。


「まさか……死んじゃった、とか」

「いや、君は紛れもなく生きてるよ。異世界に行くっていっても、今どきの子がイメージする転生、みたいなものじゃない。君のその身のまま向こうに行くだけさ」


「君たち風に言うなら、異世界転移、召喚……? まあ、想像しやすい捉え方で構わないよ」と、彼は言う。

 本当に神様なんだとしたらこっち側の世間にやけに詳しいなと思ったけど、そんなの、本題の前じゃ些細なことで、僕の胸の鼓動はとどまることを知らないみたい。



「楽しいかい、今の人生」


 突然言われて、キュッとした。


「えっと、まあ、それなりには……」

「50点、点数をつけるとしたら君はそういうだろうね。原因は、きっと色々あるだろう。せっかく生きてる人生に、満点つけてあげられないのは何も君だけのせいじゃない。君にとって重要なところで、君は恵まれていなかったんだ」

「そう、なんですかね」

「だったら少しくらい、人と違うチャンスが巡ってきたっていいだろう。理由なんて、それで十分さ」


 彼はポケットから、宝石のついた指輪を取り出した。


「価値にして合計2億円。小粒な宝石が4、50ついたなかなかの物さ。好きに使ってくれ。それに加えて、最低限の服装と装備、扱いやすい短剣とかがいいか。向こうの言語も理解できるように手筈は整えるし、魔法の手引きも軽くはする。そして、向こうの魔法とは別枠の、スキルって言えばいいかな、多少制限はあるけどなんでも出来る、言わばチートな能力も君にさずける。遠慮はしないでくれ、これくらい、君のいた世界でも持ってるやつはいるだろう。あとは――」

「あのっ……」


 思わずさえぎって、声を出した。

 興奮が抑えきれなかった。


「どうかしたかい」

「その異世界には、その魔物とか、異種族とかって」

「ああ、まあ、いるよ。君のイメージ通りかは分からないけど、獣人とかエルフとか。魔物なら、人を襲う無難なものから、三厄災って、向こうじゃ区分してる恐ろしいのまで。物騒に聞こえるけど、大丈夫、君にあげるスキルなら一網打尽も余裕だよ」

「そっか……」


 誇張もしないで軽々しく語るから楽しくなって、思わず、僕の顔はにやけていた。


「随分と嬉しそうだ」

「いや、まあ、はい……」

「そう恥ずかしがる必要も無い。嬉しいのなら喜ぶべきだ、人にはそれが許されてる」


 そうなのかな。いや、そうなんだろう。

 神様が言うのなら、きっと喜んでいいんだろう。


 想像だと思ってた、異世界がほんとにあって、それに選ばれて、これ以上なんてあるのかってくらい、僕は嬉しかった。

 いつぶりか、いつぶり以上の興奮か。

 分からないくらい、胸が躍った。心が揺さぶられた。

 画面の中の彼のように、本の中の彼らのように、僕もなれるかもしれないと。

 主役な人生を、歩めてしまうのかもしれないと。

 その期待だけで、十分すぎるくらいだった。


 指輪をしまって、彼は僕に向き直った。


「そうだ、一応、いいかい。返事がないことには、向こうに連れていけないきまりでね」


 そう言われたということは、もう紛れもなく、僕に資格があるということ。


「そう、ですよね」


 求められているのは行くか行かぬか、その返事。

 チェックマークを記入するより簡単な、たった一言声に出すだけ。

きっと何にも代えがたい幸運を今の僕は味わっている。


 無駄にする緊張を、深呼吸して中和する。

 ふと、自然と浮かんでくるこれまでの色々。

 褪せてしまった思い出が積み重なって出来た僕がとる選択なんて、これ以外、あるはずがなかった。


 僕も、彼に向き直って、言う。



















「ごめんなさい。行きません」











 


「…………」

「異世界なんて、行けません」


 夢を見るくらいだったのに、僕は拒んだ。

 待ち望んでたはずの提案を、一時の感情で手放した。

 


「……別に、重く受け止めるものでも無いさ」


 僕の言葉を、彼は優しく返してくれる。

 だけど、そう言われたとしても、僕は選び直そうとは思えない。



「向こうに行くのが不安だって言うなら、その心配はいらない。さっきも言った通り、服とか靴とか、最低限の装備は用意するし、それに――」

「……そうじゃ、ないんです」


 装備やスキル、なんてワクワクするような言葉達を遮って、僕は言った。

 それは、僕の言い訳。

 世界で1番の幸運を手放すための、個人的でありふれた言い訳。


 

「すごく嬉しくて興奮しててワクワクして、大袈裟じゃなく涙が出そうで、これ以上なんてないくらい、今、幸せな気分なんです僕。

小さい時に同じような気持ちになって、その時も今みたいに身体が震えて、うずうずしてて。

かもしれないって妄想が次から次に湧き出てくるんです。こうなってくれるなら、ああなってくれるならって、そんな期待ばっかりで、ばっかりしてて……」


「だったら――」


「だから、行きたくないんです。

 

痛いくらい、知ってるんです。

自分に抱く期待なんて、どうやったって越えられないって、分かってるんです。


夢ばっかりの妄想がホントになってくれるわけなくて、終わった時には、妄想してた瞬間がいちばん楽しかったんだって、後悔しながら気づくんです。


それが、何より怖いんです。


僕が今まで明るく生きてこれたのは、異世界なら、物語の主人公みたいな活躍ができるんじゃないかって、そんな期待をしてたからで、一生終わらない妄想に可能性を預けてたからで。


それが崩れる瞬間が、僕は何より怖いんです。 

やっぱり自分は、何も出来ないんだって、本気を出してもこんなに恵んでもらっても、何も変わらないんだって、

分かっちゃうのが、怖いんです……」


 自分で言ってて、なんて情けないんだろうって、鼻で笑って、泣きたくなった。





「そこまで言われちゃあ、僕も無理に行かせることはしないんだけど……」


 きっと、呆れられたと思う。

 異世界に行く直前にこんな泣き言言ったのなんて、どの世界、どのラノベを探しても、1人だっていないと思う。

 唯一無二もいいところ。オリジナリティは出せたとて、何がいいんだ、そんなの。


「なので、こんな僕じゃなくて、他を当ったってください。もっと適任が、きっと、僕のいた日本って国にはいっぱいいると思うので」

「君がそうするべきって言うなら、そうするべきなんだろうけど……」


 そう言いながら頭をかいて、また唸る彼。

 自然と俯いたままの僕。


 絶対に後悔する。

 そんなの十二分にわかってるつもりだ。

 失敗するために、取ってつける言い訳を作って、さがして、何度だって繰り返した人生。


 それが嫌だったから、こんな嬉しかったのに。




 僕にむかって、彼は口を開く。

 きっとそれが、最後の会話になる






「でもさ、行きたいって君の思いは確かなんだろ」



はずだった。



 締め付けるような胸の痛み。

 本音を代弁したその言葉は、僕の感情を強く揺さぶる。



「君が笑ったのは、受け入れたのは、非日常を待ち望んでたから。何か起こるのを期待していたから、違うかい?」


 違わない。違わないんだ。

 そんなの分かってる。分かってるけど……!



「でも……! 」

「君がためらう気持ちは分かる。未来を信じきれない気持ちも分かる。辛いことの後には幸せが来るなんて、そんなデタラメに陶酔できるほど、恵まれた人生じゃなかったんだ。僕も時々、彼らが憎く、羨ましくなるよ。

けどだからって、君が絶望する必要は無い。君が不幸なままでいる必要は無い。この世に生まれて、夢を見て、前向いて走った思いがあるなら、最後にその手に掴むのは、希望じゃなけれりゃ報われないだろ」

 


 下を向いたままの僕の視界に、一枚の紙が飛び込んでくる。緑の短冊みたいなその紙には、見慣れない字体で何か書かれてる。


「それは、帰還用の切符。

 つまり、異世界から戻れるチケットだ。

好きな時に、好きなタイミングで帰ってきていい。そいつを天に掲げて帰りたいって祈ってくれれば、僕がここまで連れてきて、元の場所に返す。日帰り気分で構わないさ」



 ゆっくりと顔が上がる。

 見上げる彼のその姿はいつの日にか憧れた、かっこいいヒーローに重なって見える。


「これは、僕の勝手な押しつけだ。だから、君が従う必要は無い」

 

 そんな彼の呼びかける言葉は、僕を異世界へと引き込むんだ。



「だけど、君に、君に少しでも思いがあるなら。

 あるならさ、自分の心に正直になって行ってみないか。



 君が夢見て、心の底から待ち望んでた



 異世界に」


 

読んでいただきありがとうございます!!!

よろしければ評価の方よろしくお願いします!

作者のモチベーションに大いに繋がります……なにとぞm(*_ _)m

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