うち、くる?
「6年の終わりくらいに、お父さんと離婚して。そこから体調崩しがちになっちゃって、家事もまともに出来ないって言うか、私が代わりにやってたんだけどそれも色々限界が来ちゃって……」
目線を落とし、思い返すように下を向く暁音さん。
サラッと聞くだけでも、複雑な事情を抱えていて辛いこれまでだったのが表情からも分かる。
「ごめんね、こんな暗い話」
「あいや、質問しちゃったのは僕だから暁音さんが悪いなんてのは」
「そうだ、こんなこと話しててもしょうがないし、魔法のこと少し教えよっか」
「う、うん。よろしくお願いします……! 」
2人とも何とか場の空気を明るくしようとするも、そう簡単には変わらなくて。
「そうだ、聞きたいことがあって。あのチケット、緑色の、神様から貰ったやつの事なんですけど」
暁音さんは、あぁ、とどこか納得するような顔をしていた。
「アレって高価なものだったりするんでしょうか」
「……そっか、やっぱり一昨日のアレは君だったんだ」
この街にいて知らないはずも無い大災害。
ただその日にいちど顔を合わせていた暁音さんの事などその時は頭の隅にもなかったけど、もちろん彼女だってエリッサさんが守ってくれていなければ等に亡くなっていたはずだ。
また頭を過ぎる、エリッサさんの部下の言葉が。
「……ごめんなさい」
「ううん、ただ派手なことをするもんだなって」
「ほんとに、怒らないんですか」
「他の人はどうか分からないけど、私は別に。最悪死にたくなかったんなら、私のチケットで帰ってればよかったんだし」
それもそうかとは思うけれど、やっぱり自責の念は薄れることは無い。
「あんなことになるって事は、そうだねこの世界じゃ相当な額で取引されてるよ。マーケットの相場はたしか
"250億"くらいだったかな」
「にひゃっ……!!?? 」
知らず知らずに使ったとは言え、稼ぐとしても人生何百回分の金額を1回で溶かしてしまった。
あの光景を思い出すと、まだ身の毛がよだつ。
ただ、これからはこの額の重みも乗っかることだろう。
「ごめんなさい、ちょっとだけ休憩させて。さすがに肝が冷えたというか……」
頭も回らず、せっかくの勉強会も始まって直ぐに休憩に入れる。
額も額だし無理もないよ、と彼女もそう言ってくれた。
ひたいに手を当てて、天井を見上げる。
なぜそんな額で取引されているのかすら分からないが、今の僕にそんな事を考える余裕もなくて、ただやってしまった事態の重みを再度噛み締めるだけ。
場を明るくしようとしてくれた暁音さんに申し訳ないと、顔を戻そうとするも、彼女の表情もまた、暗い過去に向いているようで。
そのまま僕は目線を上に戻し、やるせなさを咀嚼する。
結局、まとわりつくように離れない過去が、今この瞬間にも余韻を残した。
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あれからあまり身も入らず時間が経って、僕らは帰ることに。
借りた本を元に戻し、ちらっと受付のそばの掲示板を見る。目立ったニュースは、どうやら、火竜の死骸の盗難らしい。目撃情報求むと、簡易的な竜の図と共に一文添えられている。
印刷なんて技術もないだろうに、今日の出来事をその日のうちにまとめるなんて、よくやるなと感心する。
「……あのっ、ユーリさんでいらっしゃいますか」
突然、カウンター越しに話しかけられた。
声の主は昨日も会話したあの受付のお姉さん。
「どうして僕の名前を」
「エリッサ様からお手紙を預かってまして。変わった服の寝癖のある小さめのお子様との話を伺ったものですから、もしかしたらと」
「お、お子様……」
見た目で伝えるなら分かりやすいイメージを伝えた方が楽なのはわかるけど、お子様、ねぇ。
「こちらです、お確かめ下さい 」
そうして渡された手紙には、確かに僕向けの宛て名と、リッサ・A・フォルフォード、おそらく筆記体で書かれた彼女の名前が。
お礼言って、受け取った手紙の封を剥がす。
急ぎで書かれているのにブレない字体、まじまじと内容を確認しているともう一方から声がする。
「何貰ったの? 手紙?」
「あぁ、エリッサさんからで」
「へぇ〜、あの凄い人か。私はもう帰るけど、悠里君はまだここにいるの? 」
「あいや、僕ももうそろそろ……って。あぁ、そうだ」
今、帰る家無いんだった。
見栄張って当てがあるって言っちゃったけど宿を探すお金も時間ももう無い。
かくなる上は……、、、
「あのっ……実は泊まる家がなくって……」
「……そうなの。じゃあ、うち、くる?」




