お母さんはどんな人だったの?
誰もいない朝というのは、こんなに寂しいものだっただろうか。
「よいっしょっと……」
起きたら家族がいるのが当たり前、昨朝もエリッサさんがいて、一人の朝というのは、なんだかんだあまり経験がない。
今になってホームシックか。
もう二度と父にも母にも妹にも会えないという事が、今さらキュッと胃を締め付ける。
無理やり昨日の残りを胃に入れて、僕は家を出た。
エリッサさんから預かった鍵でドアを閉めて、その鍵を植木鉢の土の中へ埋める。エリッサさんの指示だ。
図書館へ向かう途中、銀髪のあの人にあった。
「おおっ! 探していたんだ。まさかこんな所に居たとは! 」
助けたユイナちゃんの義兄。縮れそうめんみたいな髪型のあっさりとした男前の彼は、右肩に表裏で色の違うマントを靡かせながら駆け寄る。
「朝も早いのに、こんなところでどうしたんだ? 」
「ああっと、図書館に行こうと」
「おお、勉強熱心なんだな。偉いぞユーリ」
そう言って、頭を撫でられる僕。
多分、相当年下に思われてる……。彼がおいくつかは分からないけれど、絶対10個は離れてないはずだ。
別に屈辱という訳でもないしそう恥ずかしい訳でもないからまあいいんだけど、多分このまま甘んじてしまえば一生子供扱いのまま気がするから、せめて顔だけは不服そうにしてみる。
低身長は舐められたら終わり。こういう小さな抵抗の積み重ねで、なんとしてでも権利を誇示するんだ。
「それにしてもだ、君には感謝してもしきれないんだ、ユーリ。恩人という言葉で片付けちゃならないくらい、俺の中じゃ大きな存在。ユーリ、ユーリ……いい響きだな」
「……何を言ってるの? 」
まだ関係も深くは無いのにこういう距離の詰め方されるのは、やっぱ苦手だ。というか変だ。
一方的に名前を呼ばれ続けられる、まだ2回目の顔合わせでだ。こっちは、名前も知らないってのに好き放題…。
「えっと、その……」
「どうしたユーリ。気になることかユーリ」
「……」
いちいちうるさいのよ!!!
異世界物での主人公の名前なんてさして重要じゃないんだから、何度もそう呼ばないで!!!
「……ああ、そうか。まだ自己紹介もしていなかったか。すまないな、俺の中じゃもう親友と言っていいほどに濃密な関係にまで深まっていたからてっきり終わってるものかと」
「……親友? 」
やっぱ変だなこの人。
「俺の名前は、ルフローヴ。
君の人生の伏線になることを約束しよう! 」
そう言って差し出された手を、少し躊躇うも僕は握り返す。
残念イケメン、かなりの変人貴族。
今も勝手に人の人生の伏線になるとか言って、これから何をする気なんだか、ありがた迷惑も甚だしい……。
でも、悪い人ではなさそうだな。
話も一区切り着いたからここを立ち去ろうとすると、彼、ルフローヴさんから呼び止められた。
「ユーリ、武器はそのナイフか」
なんのことだろうと戸惑うと、彼はぼくの手越しにナイフを握った。
「よく出来てる。作りも悪くない。これほどの逸品、かなりの値はするだろうな」
「あ、ありがとうございます……? 」
「ああ、ただ君の体格だともう少しリーチが欲しいな」
リーチっていうのは、確か間合いとか範囲とか、ゲームとかで言う攻撃判定……みたいな意味合いだったはず。
スマブラのプロがよく使ってたワード、見てたおかげでどうしてかパックマンだけ上達した過去がある。
「礼の1つだ、これで新しいのを買うと……」
彼は懐から金貨の入った小袋を取り出しかける。
が、
「……しまったな。この金で買い出しを頼まれていたんだった」
「そういうのって召使いの仕事じゃないの……? 」
「すまない、今は手持ちが足りない。君に武器を買うのは今度でもいいか」
あれとこれだからと暗算しながら、ひいふうみぃと金貨を数えて皮算用。
この人からなにか毟りとろうなんて到底思えない。
そう思わせるほどに、貴族っぽい高潔なオーラがルフローヴさんからは漂ってこない。
どこからどこまで残念イケメン。
「すまないな。結局君に何も渡せそうもないのに時間だけ使わせてしまった」
「あいえ、僕の方は暇なので全然」
「そうか。何かあったら頼ってくれよ。君の一大事には、助けられる位置に必ずいるよう心がける」
……。
いや、言いたいことは分かるけど。
それってストーカーなのでは?
なんだか暑苦しい言葉を貰い、もう一度固い握手を交わしたあと、
「君のこの先に幸あらんことを! 」
と、激励までされてしまった。
なんだかここを通ると毎日誰か知り合いに会う。
異世界に来たばかりでそれなりにはいるけど、決して多いわけじゃないのに、だ。
明日も誰かに会うんだろうか。
会うとしたらエリナさんか、またルフローヴさんか、あるいは。
かのおっさん、おっさんって言ってるけど本当はあの人の事も名前で呼びたいし、今ふらっと曲がり角から現れたり……そんな運命の出会いみたいなことは無いよな。
期待しない程度に期待して明日もここを通るとしようかな、少しだけ楽しみが出来た。
「……伏線、ねぇ」
――――――――――――――――――――――――
「あっ、きたきた」
「おーい! 」と、扉を開けたばかりの僕を手を振って出迎えてくれる暁音さん。
いつものパーカーじゃなくてフリルの黒いブラウスなのが、これまであった彼女の印象をガラッと変える。
「あっ、ぇっ、ども……」
「どうしたの、そんな改まっちゃって」
「あいや……」
どうしたの、とは言われるけどこれが至って素だ。
女子の私服なんて文明を、僕は知らない。
変な目で見てなくても、緊張はする。
今更だけど僕はそういう男だ。
――――――――――――――――――――――
「そっか、凄い人の家に居候してるんだね」
昨日のエリッサさんによる、エーテル器官と魔導具、ハイエーテルの講義の事を伝えると、暁音さんは「羨ましいなぁ」と、笑みをみせる。
「暁音さんこそ、シナス君と仲が良くて。凄いじゃないですか」
「敬語じゃなくていいよ」
「……えっ! う、うん。えっと、シナスくんは何が使えるの。身体曲げたりとか透明になったりとかする……の? 」
どこかぎこちない喋り方にも、苦笑いせず暁音さんは答えてくれる。
「そんなインクレディブルみたいな子じゃないよ。ちょっと人の心が読めるだけ」
「ディズニーじゃなくて、ジャンプだった……」
「そうだね、しかも”プラス”の方」
僕のくだらない冗談にふふっと笑い返してくれる。
こんな例えが通じるのは、異世界に来ていつぶりだろう。
「彼とはどこで知り合いに? 」
「昨日も言った孤児院。彼、ご両親が火事でなくなってて」
「そこで手伝いしてたら懐かれたと」
「そう、あの子人見知りなんだけど何故か私には心を開いてくれてね」
心が見える子に懐かれるって、暁音さんは普段何を考えてるんだろう。裏表のない素敵な人なのか、はたまたスパイか殺し屋か。何か隠してそうだし、後者の方が可能性が高い、のか……?
「お母さん代わりとまではいかないけど、お姉さん気分で楽しいよ。私一人っ子だったから、兄弟にちょっと憧れててね」
「僕は妹がいるんだけど、そんなに楽しいもんじゃないって言うか、割と喧嘩とか多いし、あんまり喋ってくれないしで……」
「あらら、実の兄妹だとやっぱり違うのかな」
「お母さんが仲を取り持ってくれることが多くて、僕一人じゃ歩み寄ったりもできなくて。情けないばっかりで」
「ふふっ、いいお母さんなんだ」
………………。
こんな優しい子がスパイなわけないだろ!
会話してて自然に滲み出るいい子感。
明るくて話しやすくて、きっと僕だけじゃなく、誰に対しても分け隔てなく接してくれる。
所作も姿勢も程々にいい、間違いなくご両親の教育の賜物。
見た目にも気を使っていて、異世界で一人だろうにそんなところにまで手が回ってる。
これって言わゆる高嶺の花ってやつなんじゃないのか。
改めて意識すると、改まって緊張する。
「暁音さんのお母さんは、どんな人だったの? 」
「えっ……」
頭も上手く回らないから、とりあえずで質問返したんだ。
だけど、彼女の反応は想定とは違った。
一瞬地雷を踏み抜いたのだと後悔したが、何か様子がおかしい。
「お母さんはね、凄くいい人なんだ。少し変わったところもあるけど、明るくて優しくて、自慢のお母さん、だったんだ」
「だった……」
彼女は、重たげな口を開いて言った。
「部屋に……閉じこもっちゃって」
読んでいただきありがとうございます!!!
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作者のモチベーションに大いに繋がります……なにとぞm(*_ _)m




