宝物保管庫にて
――都市スクルド南部、特別階級宝物保管庫
「これは……」
冷えた石造りの空間に反響する声。
保管庫の最奥、厳重な檻の中にはつがい火竜が二匹。
奴らは物言わぬ亡骸として眠っている、はずだった。
「聞いていた話と違うが、まさか案件はこれか」
「そのまさかです」
カイナの返答を得てから、私は来た道を振り返る。
横幅1m、我々が一列にならないと通ることすら出来ない一本道は、この空間に出入りする者の経路を明らかにするためにある。
元々は大型の魔獣等を保管するための巨大な通路だが、収容後は脱走阻止の一因として、ロードホッグの魔導具を使い幅を狭める。
この通路の岩壁だけは可変式、ロードホッグの体内で生成される特殊な性質の石を彼らのエーテル器官を用いて再現改良することにより、魔導具を用いてのみ設置と破壊が速やかに行える。
ある程度の強度と、破損時に大きな音を鳴らすことから防壁としても用いられている。
「魔導具の使用記録はどうなってる」
私は保管庫の責任者に問う。
「収容後は一度も」
「現在の保管状況は」
「厳重にされたままです」
「そうか……」
凱旋にてこの街に運ばれてきた、あの火竜。
全長20mほどは下らないあの巨体、それが二頭。
「器官だけを持ち出すならまだしも、まさか本体もろともとはな」
我々の目の前、堅牢な檻の内にあの火竜らの姿は無い。
その事象が表す結論は、言うまでもない、
「既に加工された訳では無い、そうだな」
「ええ、盗まれたんです」
この保管庫に侵入すること自体は容易だろう。
先の黒龍による爆発で、保管庫の外壁に大小まばらな裂け目が出来た。大きなものから簡易な処置は行い、見張りを立たせるなど侵入を防止しているが、それでも全てを塞げている訳では無い。
滑らせれば人ひとり、入り込むことが出来る隙間などいくつもある。
幸いと言うべきか、この檻の周囲にだけはそれらの穴は無く、否が応でもあの通路を介さなければここにたどり着くことは出来ない。
だが、それが仇となった。
「他に人員を回していたと」
「ええ、侵入されるリスクの高い場所の付近に人員を固めて、他の宝物の警備にあたらせていました。ここは、一人。交代で見張りをつけていたのみです」
責任者が言うには、生まれて一分の隙。
交代際、生理現象による休憩の申請、不慮の事故など代わりが来るまでのほんの僅かな時間だけ、見張り不在の状態が起こる。
ずさん、と言うにはあまりにもだろう。
一般的な思考をしていれば、この対応を間違いだとは言えまい。
より盗みやすく、より価値のある物に人材を回すのは当然の事。
なにより、
たった一分で2匹の巨体を持ち去るなど、到底起こりえるはずがないのだから。
「市街地の聞き込みは実施中です。でも、火竜の姿を見たという報告は1件も……」
「そうか、分かった」
条件はこれが全て。現場と状況は頭の中へと入った。
「待ってください」
この場から去ろうとする私を責任者の彼が呼び止める。
「叱責なさらないのですか」
「怒るも何も、これは私のせいだ。私が全ての責任を持つ。だから、解決まで私が導く。叱るのならむしろ君たちの方がだ。すまないな、このような事件を起こさせてしまって」
「そんな……」
口をつぐむ彼にこの場を頼み、我々は保管庫の外に出た。
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南部、壊滅した防壁。
あの日彼を守った場所の付近を我々は歩く。
「エリッサさん、目星はついとるんですか」
「ああ、ただ話を聞かないことにはな」
解決までは、時間の問題。
ただ、言葉にするには些か根拠が乏しい。
だが今の私の内には、此度も殺しの確証がある。
おそらく経験と推測だろう。
夜は更け、さらに風が吹く。
星が覆う嫌味な空と、視界の端全体にうつる崖。
耳に届くのは、夜を裂く子の泣き声ばかり。
「……苦手やな」
「子供は嫌か」
「そうやないです。そうやないから、苦手なんです」
夜泣きに混じる、一人のすすり泣き。
聞き分けてしまったからには、私は惑うことになる。
「あの日、エリッサさんのしたことは間違いじゃないと思います。でも、どうしてあんなんを必要以上に庇いはるんですか」
「……そうだな」
彼もこの子供も、変わらぬはず。
だが、そこに差があり、笑うか泣くかの違いがある。
その差を断言できぬまま、言葉にも出来ぬ自分に嫌気がさす。
私は何を助けて、何を守ろうとしているのだろう。
自分の行いに後悔を覚えたことは数しれず、さて、今回は飲み込み切れるだろうか。
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