ハイエーテル 3
分厚いベーコンに刻まれたオレンジのソース。
その一品を取り囲むように、ブレッド、ハムと卵入りのサラダ、ゴロゴロとしたじゃがいもの入った暖かなスープがそれぞれ2人分。
天井の薄明かりが料理を彩って、いじわるなくらいに食欲を掻き立ててくる。
「君の疑問だが、おそらくは私が放った火炎の事だろう」
エリッサさんは髪を耳にかけて、切り分けた肉を一口頬張る。
割と庶民的な食べ方をするのだなと驚く反面、あの惨状を見たあとだと妙に納得する自分もいた。
「そうです。あれはエリッサさんのエーテル器官の力なんですか」
「いいや、先程も述べたように我々人類のエーテル器官の機能は基本的に治癒が主だ。それ以外の魔術は使えない。そこで、これが役に立つ」
そうして伸ばして手に取ったのは、丈夫そうな木といくつかの金属の装飾、そして赤い球体がはめ込まれた一本の杖。
「ここにある赤い球、これはドモル・レッドと呼ばれる種の火竜のエーテル器官を加工したものだ。私の体内で待機状態にしたエーテルを、そのままこの杖に流す。すれば」
その時ボンっと、熱波と共に火球が宙に舞う。
「火竜のエーテル器官が反応し、エーテルを火炎に変換する。死したエーテル器官はその吸引性は失われるが、エーテルを変換する機能までは失われない。その性質を利用し、待機状態のエーテルに特色を持たせる魔導具として用いているという訳だ」
エリッサさんが杖から手を離すと、火の玉は消えた。
「遠回りになったが、ハイエーテルというのは、人の身でありながらエーテル器官が他の生物のように治癒とは異なる性質を持ってしまった者だ。君の出会った子供も、治癒では無いなにか別の魔術を持ち合わせているに違いない」
移るわけでもない、身体にとって害があるわけでもない。異常というには、かっこいいようにすら思えてしまうその性質をなぜ病だと呼ぶのだろうか。
「じゃあなぜ病気みたいな言われ方をしているんですか」
質問の後ワインを飲んだエリッサさんは、数秒の間の後張り詰めた空気の中、口を開いた。
「恐れだ」
彼女の語る実情は、それはなんとも惨いものだった。
「ユーリは、自分より秀でた人間を受け入れることは出来るか」
「…………時間はかかるとは思います」
「そうだな、私も同意見だ。はやり、自らを脅かされるというのは快く受け入れることは出来ない。それが同種であるなら尚更だ。積み上げてきたもの、信頼自信が揺らぐ。それが、彼らを病人たらしめる正体だ」
「……えっ 」
「一概には言えないが、彼らの持つ魔術は異能だ。風を起こす、電撃を放つ、いいやそんなものではない。空間に穴を開け、他人の記憶を作用し、時にまで干渉する」
「はあっ!?」
率直にヤバっ。
てか、シナス君ってそんなすごい子なの。
「彼らがその力を振るえば、この世界の根本を揺るがすことが可能だろう。そんなものを前にして、人類の多くは羨んだだろう。では、我々が取れる行動はなんだ。彼らのように振る舞うためにできることはなんだ。
無いんだ。何も無いんだ。正確には、何も無くなったと言うべきか。科学の発展により、ハイエーテルは神による授け物では無いと分かった。いつかは自らの手が届くかもしれないという神性が剥がれてしまったんだ。その瞬間から彼らは、多数派である人類による迫害の対象となっていった。彼らは命を脅かす敵となり、二度と交わることの無い別種として扱われるなった。姿形が同じだけの、化け物と、そう考えられるようになった」
「そんな……」
そんなの、言い換えれば嫉妬だ。
「今は、国王の定めた対人憲章により、彼らも人として扱われている。が、迫害自体は今も続く。病の名を冠しているのは先の理由だ」
「凄いから、追いやられるんですか。なら、エリッサさんだっていつかはそうなっちゃうんじゃないんですか」
「世の中は多数派のためにできているんだ。何を許容し何を拒絶するかなど、その差は利益になるかどうかでしかない。立場で言うのなら私よりも君の方が近いだろう。君が対峙した盾斧の男も、言っていたはずだ」
『故意犯やないからやばいんでしょ……。持ってる力も恐ろしいし、俺一人じゃ抑えきれへんかったし誰が面倒を。
ユーリいうたな、あんた絶対恨んだるからな。どれだけ被害者ぶろうとも、感情移入してくれるやつなんて弱者以外おらんからな』
「……」
「無論、私とて現状を許容している訳では無い。だが、真なる平等など起こりうることなどもあるまい。上を拒めば発展はなくなり、下を拒めば分断が進む。人類の行方に重荷になる者をその都度切り捨てていく。そうすることでしか我々は生きながらえていかないんだ」
ついでで聞くには重たい話。
鉛のようなこの空気を、ぶどうの匂いが一瞬だけ忘れさせてくれる。
「済まないな夕食時にこのような話」
「いえ、こっちから話題に出したので」
「……あぁ、もう少し明るい話をしようか。そうだな、明るいと言えばこの灯り、これもエーテル器官を利用して」
ゴンゴンゴン
玄関の方から扉を叩く音がする。
「エリッサさん、ちと急用です」
扉の奥から聞こえる声はエリッサさんの部下、独特な方言で喋るあの男。
「カイナか、わかったすぐ出る」
エリッサさんは扉越しに返事をして、上着を羽織る。
「ユーリ、すまないな」
「いいえ、僕のことは気にしないでください」
「この時間からの案件だと恐らく最低でも明日までは戻れないだろう。……どうしたものかな、君にこの家の責任をおわせるわけにも行くまい。鍵を託すにしてもな」
「なら、明日にはここを出ますよ」
「……いいのか」
「はい、当てはあるので大丈夫です」
「すまないな」とエリッサさんは急ぎ足で家を出ていった。
食べかけの料理がテーブルに並ぶ。
とりあえず自分の分は食べるとしても、こっちはどうしようか。冷蔵庫もないと、こんなことですら頭を悩ます要因になる。
切り分けて食べる肉も、食器の音だけしか鳴らないと、どこか寂しい気分になる。
多分少し寒いのもあるんだな。
よし、先にスープを飲み干してしまおう。
「あちっ……」
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