ハイエーテル 1
救世主だ……。
アカネさんの到来に、思わず心がほっと安らぐ。
手馴れた様子で、シナス君をあやす彼女に僕は何を言えばいいのだろう。
ありがとう、たすかった、感謝感激雨あられ。
こういう時思ったとこを素直に口に出せばいいのに、こう言葉を選んじゃうのは、僕の悪い癖だ。
「ありがとうね、悠里くん」
「えっあっ、……うん」
ほらぁ、先手を打たれた。
ありがとうって言うはずが何が、えっあっうん、だよ。
どうしてもムズムズするだろうこの感覚。
いままで何度味わったって覚えてるはずなんだけど、そう簡単には直らないんだ。
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「独学なら、こっちがいいよ」
本棚からくれた本を受け取って、その時ようやくありがとうを言えた。
4人がけのテーブルに、僕ら3人は腰掛ける。
アカネさんと向き合い、シナス君は彼女の横。
「えっと、その、傷の方は」
「私? うん、全然。ほらっ、もう大丈夫だよ」
そうして見せてくれた腕は綺麗な肌のままで、傷の存在なんて似合わないほどに感じさせない。
「悠里くんは、傷、大丈夫だった? 日本にいた時と違うでしょ? 」
「……日本ってことは」
「ああ、うん。隠してるわけじゃないから」
「じゃあ」
「私もおんなじ、転移者って言えばいいのかな」
アカネさん、もとい秋野暁音さん。
彼女はやっぱり僕と同じく日本から来た転移者だった。
顔立ちもパーカーも、今思えば異世界にはそぐわないのに、どうしてかその時は違和感には思えなかった。
「私たち以外にもそれなりにいるよ。悠里くんはもう会った? 」
「ああ、まあ一人だけ」
おっさんだけど。
「そっか、同郷の人がいると安心するよね」
「えっ、あっ、うん……」
全くそんなは事ない。
だけど、嘘くさいほどの笑みで喋る暁音さんの勢いに流され、僕は同調することしか出来ない。
「聞きたいこととかある? ほらっ、分からないことだらけだと思うし」
その言葉に甘えて、いくつか質問してみることに。
「じゃあ、歳は」
「……!? 」
めちゃくちゃ驚かれた。
いや、そりゃそうか。
思い返せば一発目にする質問じゃないな……。
「ああっ、えっと、てっきりここのことだと思って。えっとね、今年で16だよ」
「……同い年だ」
「ホント? 地元は?」
「関東の方」
「へえっ、私はもう少し北かな。でも良かったぁ。歳の近い子がなかなかいなくて寂しかったから、悠里くんが来てくれて嬉しいなぁ」
そう、にこやか笑顔を貼り付けたように、嬉しそうな表情で語る彼女。
いやまあ、嬉しいことは言ってくれてる。
だけど話してて、なんというか……彼女はまるで、万人のイメージする元気な女の子を演じているみたいだった。
知り合ったばかりの男子高校生にする態度というのなら、あながち間違いじゃない。
だけど、でも素を出してはくれていないな。
というか、隠してないとは言ってたけど、初日のあの感じも、どう考えても、転移者だって悟られないように振舞っていた。
悪い人ではない。
でもどこか信用しきれないというか、何か隠してるというか、そういうオーラがプンプンしてる。
「えっと、こっちに来たのはいつ頃」
「ええっ、ああ……」
彼女は目を泳がせてから口を開く。
「半年前……くらい? 」
……絶対嘘ついてる!
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「姉ちゃん。……大丈夫なら、さ」
暁音さんの横に座ってたシナス君が裾を引っ張りながら言う。
「ああ、うん。そうだったね」
暁音さんもそれに頷くと、
「ごめん悠里くん、実は私、孤児院のお手伝いしてて。今日はその当番の日なんだ。だから今日はここで」
「明日ならここにいるから、続きはその時」と、彼女は椅子から立ち上がろうとした。
「あのっ」
動きを遮るように声を出した僕。
抱えっぱなしの罪悪感を一刻も早く楽にしたくて、本来聞かなきゃいけない事すら後回しにして聞いた。
「うん? 」
「一つだけ。シナス君の傷は、どうして治らないの」
すると、
「言ってもいい? 」
「うん」
と、小さな声で何かシナス君に確認をとってから、彼女は言った。
「この子、ハイエーテルなんだ」
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