偶に貰うありがとうほど感度がおかしいものは無い
これまでのあらすじ
異世界転移を経て様々な出来事を経験した悠里だったが、最後、目の前の少女を助けるために、異世界から戻るための権利であるチケットを手放す。
チケットを代償に生み出した黒き龍は少女諸共地表に攻撃をするが、間一髪、王都直属護衛隊のエリッサに守られたのだった。
人は、想像よりも簡単に吹き飛ぶらしい。
「ユイナぁあああああぁぁぁぁぁぁぁあああ!!! 」
「ひょげふっ!?」
ピューっと飛んで、くるくるくる、すてん。
踏ん張りが利かなかったんだよ、と言い訳することすらおこがましいほどに、僕は軽く飛ばされる。
アニメみたいな煙をまきあげ、終着点はひび割れた地面。
擬音だけでなんとなーく想像できる通りの飛び方落ち方やられ方。子どもの頃から頭に刷り込まれた、パンを追い回すバイ菌でも、喋る猫を連れたRなトリオでもお決まりなやつ。
こんな扱いされたとしても、僕が文句を言えるはずは無い。だって、街ひとつ消し飛ばそうとしたわけで、目の前の景色もほとんどなんにもないわけで……。
今のところの人助けと大規模破壊とを天秤にかけて、うーん……ギリギリヴィランと言ったところか。でもでも、あくまで人助けの結果だし、アメリカンヒーローだって多少は街を壊したりとか……多少かぁ。女の子刺して、とんでもない化け物呼んで、そしてこの始末。これで禊ってことには、絶対ならないよなぁ……。
――――――――――――――――――――――――
あの爆発の中心地、全てが終わって事後処理に入っていた僕らは、なぜあんなことが起きたのか、そもそもの原因とは何なのか、市民の疑問を代弁する立場にある王都直属護衛の人たちから深く追求された。
誤魔化せるはずもないから馬鹿正直に、誘拐があったこと、それを助けようと僕があの龍を呼んでしまったこと、根本の手段であるスキルの事も神様から貰ったという部分だけ伏せて全て話した。
「死刑でしょ! こんなん野放しにしといたら国がなんぼあったって持ちませんって!!! 」
もっともな意見が出るけれど、
「今回の件に関しては私が全ての責任を持つよ。この子だって故意じゃない、守ってやるのが私の持つ義務だ」
そう言ってエリッサさんは僕を庇った。
「故意犯やないからやばいんでしょ……。持ってる力も恐ろしいし、俺一人じゃ抑えきれへんかったし誰が面倒を。責任とんのはこっちもやってのに」
はぁああああああああぁぁぁ、と壁に手を当て危惧を吐露する部下の人もいたが、直属護衛隊の総意として、僕はギリギリで自由の身ということになった。
だからといってやった事が消える訳では無い。
「ユーリいうたな、あんた絶対恨んだるからな。どれだけ被害者ぶろうとも、感情移入してくれるやつなんて弱者以外おらんからな、覚悟しいや」
その鬼の形相は、きっとこれからも僕に向けられる。
どれだけ弁明しても謝っても消えてはいかない。
そういう事を僕はした。
助けた女の子、ユイナちゃんはエーテルの自然治癒によって傷が塞がり始め、血は止まり、何とか支え込みで歩ける程度まで回復した。
医務部隊の方たちに介抱される彼女に、もう一度謝ろうと近づいた矢先、野次馬の中から飛び出してきた一人の銀髪の男に吹き飛ばされ、こうして僕は地べたを這う事になったんだ。
「ユイナぁあああああああ!!! おおおんぉお……!」
「や、やめて、義兄さま……! 」
愛情深さとしつこさで板挟みになり、目が線のまま苦虫を噛み潰したような表情になってしまったユイナちゃん。
どうやら彼はお兄さんらしい。そりゃあ心配だったろう、1人や2人吹っ飛ばしても抱きかかえにいくはずだ。
「君が助けてくれたんだな!!!」
「なんでこっ…ひょげふっ!? 」
和んでたら不意打ちな2発目の激突。
彼の急な方向転換から流れるように迫り来る銀の一撃。
そんなの避けられるはずもなく……。
「ありがとうぉおおおおお!!!おおおんぉお……!」
「や、やめて、にいさまぁ……」
嬉しさとしつこさで、というか普通に息苦しくなって、目が線のまま苦虫を噛み潰したような表情になった僕。
男同士の熱い抱擁。そりゃあ感謝もするだろう、1人や2人苦しめてでも抱きかかえにいくはずだ。
……いや、ここまでのは過剰だって。
「義理だなんて関係なく、大事な妹なんだ。本当に感謝してるよ」
少し冷静になった彼は、改めてお礼を言ってくれた。
「いえ……僕は何も。護ってくれたのはエリッサさんで、僕なんかむしろ傷つけてしまっただけで」
「そう謙遜しないでくれ。助けられる位置にいてくれて、その上で妹のためにわざわざ動いてくれたんだ。その意思に、俺は感謝以外で何を示せばいい」
「……」
そう言われて心にじわじわと込み上げてくる温もり。
いつか悩んだ達成感みたいな物の味がようやく分かり始めてくる。
今の僕には誰かに言われてようやく分かる、そういう過程の上で掴める感情なんだけど、きっと誰かの何倍も濃い味がしてる。じゃなきゃ納得できないくらい、じんわりと熱くてしょっぱい、慣れない味。
「それに君が動いてくれなかったら、あのお姉さんもこっちに来てくれることもなかったはず……そう考えたら、やっぱり君が助けてくれたんだな! おおおんぉおおおおお!!!」
「て、天どんはやめてよ、おにいさまぁ……」
エリナさんと言い、気性がおかしい異世界人たち。
やっぱり、なかなか慣れない味だ。
――――――――――――――――――――――
「ユーリ」
抱きつかれていると後ろからエリッサさんの声がした。
「身体はどうだ、私が来る前から随分と傷んでいただろう」
「ああ、えっと、おかげさまで何とか」
「そうか、なら何よりだ」
「エリッサさんは、ほんとに大丈夫なんですか。あれだけの攻撃を受けて完璧に無事って訳には」
目先の大地が全てえぐれるあの黒龍の一撃を、たった一人の力で受け止めたエリッサさん。
本当ならこの街もああなるほどの衝撃を相殺して、身体に支障が出ないわけが無い。
身体の表層は半分以上が包帯に巻かれているも、本人曰く、私であれば3時間程度でエーテルが回りきる、との事で平気だという。
「そうだな、痛いものは痛いな。激痛だ」
治るだけで痛みが減衰することは無い。
痛いものは痛い、僕も戦闘で身に染みた。
「でも、痛みなら時期に引く。欠損部位もない、私は大丈夫だ」
「ほんとに元に戻るんですか……顔の傷も」
「ああ」
「脇腹の抉れも」
「勿論」
「焦げた髪の毛も」
「無理だ」
「そっか……え 」
え
「髪は傷では無いからな、通常なら生え変わるまで待つしかない」
「えぇ!? じゃあそれまでエリッサさんは……」
「君は優しいな。なに心配要らないさ、私は元々ヅラだ」
「ヅラぁ!? 」
そう言うと飄々と髪を掴んで上に引っ張る。
するとすぽっと、黄金の髪だけが宙に浮いた。
「……! 」
「驚かれるよな、少なくとも女の見た目では無いからな」
「あっいや……」
「ただ、そこまで珍しいものでも無い。直属護衛隊の中にも数名いる。戦闘で頭部の負傷も多々ある、生え変わりを待っていては見た目に気を使えまい」
「……それはそうだけど」
「まあ私の場合は、体質だがな。1度抜ければ生えてくる方が稀だ。こうして補ってくれる技術があって救われたよ」
焦げたカツラを抱えて、目を落とすエリッサさん。
悲しげと一言で済ませるにはあまりにも苦しく、見ていられないと思わせるほど心を締め付けてくる。
完璧で悩みとは無縁に見えた彼女にも、どうにもならない悩みがあって。
ああ、そうか。エリッサさんも等身大の人間なんだ。
「……ごめんなさい」
とめどなく申し訳なくなった。
「なぜ謝る」
「エリッサさんに、色々背負わせてしまいました」
「さっきも言ったが、それは私たちの使命で義務なんだ」
彼女はそう言ってくれるけれど。
「でもっ、エリッサさんだって背負って辛くないはずがないじゃないですか」
護ってもらって庇ってもらっておんぶにだっこ、それでも無視しちゃいけない物がある。
大人でも子供でも、一人の人間で痛みを感じ苦しみを得る。
それを肩代わりしてくれるということがどういうことなのか、せめて僕はちゃんと背負わなきゃならない。
「辛いか、そうかもしれないな」
「じゃあ……」
「でも、いや、だからこそなんだろうな」
彼女は、目線を途方もないあの大地に向ける。
「こんなもの、君たちが背負い込むには早すぎる」
「早いも何も、これは僕がやった事です」
「なら、これを一人で背負いきれそうか」
「それは……」
気を落とす僕の肩に手を置く。
「誰だってそうだ、だから私たちがいる」と、また慰められながら僕は自然と同じ大地を見た。
「ユーリ、私は君たちに未来を見てる。これから先を生きる君たちに、私たちはこの世界を押し付ける。それは、きっと最も大きな罪だ」
「……罪」
「未完のまま不条理に満ちたこの世を、望むも否も関わらず受け渡す。自由というのは名ばかりだ、手探りの中で残酷な取捨選択を繰り返し続けるだけ。そこに救いと希望を見出すことは、とても容易なことでは無い。
私にとって、罪滅ぼしで償いなんだ。よりよい世に生かしてあげられなかったこと、いずれ全てを押し付けてしまうこと、歯止めが効かない縛りの中に君たちを巻き込んでしまうこと。どれも、私たちが食い止めて終わらせるべきはずだったものだ」
「そんな、エリッサさんだって」
「だからこそだ。私もそうしてもらった、もしくはそうしてもらいたかったんだ」
そういう彼女の横顔は凛々しいのに、どこか幼さを秘めて見える。
「私は君に、この世を生きる自分を好きになって欲しいんだ。例え惨めで、汚く、悪意に満ちていたとしても、その意思だけは染めないで、己が信じた道を進んでくれ。その先に待つ自分がいくら汚れていようとも、誇れたのなら、それまでの全てが色づくはずだ。そして、君が君自身を愛せたのなら、その時、私のこの行いも実る」
「すまないな、少し喋りすぎだった。その……取り込み中だったのだろう? 」と、エリッサさんは、抱きついたままの銀髪のお兄さんを見ながら言う。
「……申し訳ない。少しふざけただけのつもりだったが、人様に迷惑をかけるとは。その、顔を上げてもいいのだろうか。盗み聞きて申し訳がないが、気にされているのでしょう」
意外と気が使えるんだと思う反面、なんで僕にはご迷惑おかけてしてもいいと思っているのだろう。
どれだけ信頼されてるんだ、まだ名前も知らないって言うのに、妹さんを危険な目に合わせたってのに……。
「こちらこそ、取り込み中だったのにすまなかった。私なら構わない、既に大勢見られているのでな」
エリッサさんは何ともなさそうに言うけれど、やっぱり本心は。
どうにかならないものか。
代償に出来そうなものはもうこの場に無い。
やれるとしたら、この髪か……?
坊主なんてしたことないし抵抗しかないけれど、僕の髪が無いかエリッサさんが無いかを天秤にかけたら……。
「エリッサ!」
エリッサさんの後ろから駆けてくる女性。
「新しいウィッグよ! それっ!」
ナイスタイミング!
投げられたカツラは、エリッサさんの頭に向かって放物線を描き、クルクルと回転した後に、ピタッとハマる。
あんな風に吹かれそうなほどの物をここまでの精度でなんて、ほぼ曲芸の類いじゃないか。
毎度正面にピタ止めするバタコさんもびっくりなレベル。
「すまないな」
「いいのよ、私に出来ることはこのくらいなんだから」
仲良さそうに喋る2人は、恐らく同期とかなんだろうか。自然に見えるほど似合う髪が揺れ、笑顔がより強調される。
「あれっ」
気づいたら、あのお兄さんは僕の元から消え、ユイナちゃんの元に戻っていた。
「気遣いの鬼だな」
「そうですね」
吹っ飛ばされた手前、いい話風にするつもりは無い。
けれど、あのお兄さんも僕を庇ってくれた。
16歳になって自立した気になっていたけど、僕はまだまだ子供らしい。
「ところでユーリ」
「なんですかエリッサさん」
「見たところ外からの来訪に見える、宿の用意はあるか」
「あ……」
しまった完全に忘れてた……。
さっきまで、異世界から戻る戻らないばかり気にしてたから宿のことがいつの間にか頭から抜けていた。
「その様子だと、やはりと言ったところか」
「ごめんなさいぃ……」
まーた頼る羽目になってるよこの男。
子供だからってなんなんだ、16歳なことには変わらないんだぞ、バカ!
なんて自分が情けないのか、こう少し俯瞰して語らないと恥ずかしくて顔から火を吹きそうだ。
「普段なら、こういった事故等に巻き込まれた場合、こちらで寝床の確保をするのだが、あいにくの凱旋でな、宿に空きがないらしい」
「なん、と……」
「そこで君が嫌でなければの提案なんだが、
私の家に来ないか」
「…………はぇっ!? 」
驚きのあまり、微動すらできない。
背に腹はかえられぬから、おそらくその提案に同意するんだろうが、一体この男はエリッサさんにどこまで助けられれば気が済むんだろうか……。
なんだかほんとのほんとに情けなくなってきた……。
読んでいただきありがとうございます!!!
よろしければ評価の方よろしくお願いします!
作者のモチベーションに大いに繋がります……なにとぞm(*_ _)m




