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異世界転移に終止符を!!!  作者: パラソルらっかさん
一章 あなたみたいになりたかった
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あなたみたいになりたかった




 直感でわかった。ここにいたら、間違いなく死ぬ。


 

 ただの紙切れ1枚で、どうしてあんな巨大な龍が。

 ただ"代わりに攻撃してくれるなにか"を願っただけなのに、何が理由であんなのがここにいる。

 貰った宝石をいっぺんに使ったところで、こんな絶望を喚べるとは到底思えない。

 少なくとも僕のイメージの外、規格外の存在。

 今、目の前の情報から考えられる事実はただ一つ。

 この世界におけるあのチケットの価値が、あの龍と等価だったということだけ。

 


 意図せず呼んでしまったあの龍は、きっと僕が願った命令の通り、あの男に向かって攻撃を始める。

 けれどその威力はきっと、街一つくらい平気で滅ぼす。 

 確かめずとも確信が持てるくらい、異次元な存在感。

 


 

 僕より先にその存在に気づいた男は、僕と反対方向に血相変えて逃げ出した。少女を捨て、プライドも捨て、残されたのは僕ら2人。状況だけで言うなら、当初の目的は達成されたと言えるだろうか。




 意地を張って、

 死ぬ気で立って、

 僕が生み出したのは、この現状。

 満身創痍の僕と、まともに歩けない少女。

 そして、この黒龍。


 生きてる中で余計なことをした経験はいくつもある。

 だけど、今回ほど取り返しのつかない事は無い。

 一難去ったはずなのに、また一難。もっと大きな脅威の一難。今回ばかりは、まだ何とかなりそう なんて思えなかった。





 人生の最後、たった一つの選択肢。


 そのために、僕は駆けだす。

10m程の距離なのに息は切れ、腹は痛み、気を抜けば1歩だって動けなくなりそうだけど、僕は行かなきゃならない。やり遂げなきゃならない。



 目に見える範囲全ての空を覆う黒雲。

 存在するだけでこれほどの災害を引き起こす力は、きっとこの世界でも類をみないはず。

 あの龍の放つ存分な圧力は、意図も容易く瓦礫や地面に亀裂を入れる。

 裂けて生まれる破片たちは、舞う風と不可思議な引力に振り回され宙を暴れ、天に飛ぶ。




 そしてそれは、どんな人間にも平等に襲いかかる。




 ああ、なんて不幸だろう。

 ナイフに続いて二度も刺される目に合うなんて、そんなの、いくらなんでも耐えられない。

 女の子を庇う。それは、決して彼女のためじゃない。

 僕ができる限りの罪滅ぼしで、僕が罪の意識を少しでも和らげたいからだ。



「……くっ! 」


 舞う岩片の中を跳んで、彼女を抱き抱える。

 引き起こした惨状に比べたら出来た傷は些細なものなのに、貫かれた肌が熱く、脳には電光が走る。

 無駄だってわかってたけど、偽善だってわかっているけど、これが僕が彼女にできるせめてもの償いだった。


「ごめん……ごめん」


 身体が震えて涙が出てきて、怯えてる。

 そんな資格は、どこにも無いというのに。

 無意識に目をつぶって、現実を遠ざける。

 自分が悪いのに、僕が全ての原因なのに。

 そんなこと何を払っても許されないのに。





「謝らないで、お兄さん」


 そんな僕の濡れる左頬を、なにかの温もりが優しく包む。


「えっ……」


 こんな状況なのに素っ頓狂な声を出した僕は、その目を開けた。


 白くて、か弱くて、穢れなんて知らない肌。守るべきだった少女の手は、ガーゼみたいに涙を拭って、何故か微笑む少女の顔は、体温と共に温かさをくれる。


「私、嬉しかったんです。最初に助けてくれたのも、こうやって庇ってくれたのも、すごくすごく嬉しかったんです。だから、自分を責めないでください」

「でも……」


 忘れるなんて出来ない行為。エーテルですぐ治るからって、彼女の気持ちを無視して刺して、まだやれるって意地になって、こんな破滅の未来を作った。


「僕は、君を……」


 より鮮明により深刻に、犯した罪の重さ知る。

 人を、街を、彼女を、みんな僕が奪うんだ。みんなを、僕が殺すんだ。償うなんてできっこない。背負い切れるはずがない罪を、僕は背負わなきゃならないんだ。



 また再び、閉じそうになる瞼。

 一瞬でいい、たった一瞬でいいから、

 現実から目を背けたかった。


 なのに、


「ここで死んでも、私、お兄さんが悪い事したなんて思えない」


 彼女の言葉がそれを止める。

 少女は僕に話してくれる。


「がむしゃらに持ってるもの全部使って、必死になってそんなになるまで頑張って、見知らぬ私なんかを助けて、今もこうして守ろうとしてる。不器用で、不格好で、等身大で足掻いてる。そんなヒーロー、責められるはずないじゃないですか 」


 それは彼女から見た、誰かの話。





「でも……だって……! 」


 恐怖より、無念。

 僕を何者かにさせてくれた彼女を、僕が殺してしまうこと。どうしてこんなにいい子が、こんな目に会わなきゃならないんだ。どうしてこんな優しい子が、ここで死ななきゃならないんだ。

 どうして彼女は、僕を許してくれるというんだ。


「必死になって前を向いて、なにかのために一生懸命。そんな姿のお兄さんは、誰よりもかっこいいはずなんです」


 苦悩に満ちた僕の前で、少女は何よりも希望に満ちた表情で笑う。

 屈託のない、晴れやかな微笑み。

 目を輝かせ、何かを夢見る。



「だから、笑ってください。もっと、誇ってください」




 自分より幼い少女の言葉は、












「私も、貴方みたいになりたかった」









 どんな物より、嬉しかった。











 逃げたかったのに、向き合いたくなかったのに、見知らぬ少女のたったその言葉で、僕はまた、前を向かなきゃならなくなった。


 どうしようもないのに、できることなんて何も無いのに、僕はまた、立ち上がらなきゃならなくなった。



 涙越しに空見て、震えるその手を天に掲げて、激しい怖さに怯える心。


 ありったけを、自分の持てるありったけを、

 使って払って彼女を生かす。

 それが叶わない夢見た青二才の、唯一できる償い方。



 龍の口内に光。

 着弾まで、もう時間は無い。


 自分自身を追い込んだ、これ以外ないって追い詰めた。

じゃないときっと逃げ出すから。

 道筋なんて全部潰した、自分で自分を何度も脅した。

じゃないときっと折れるから。

 こんな最後になるなんて、生まれて1度も思わなかった。

 いつか憧れたヒーローは、いつもこんな気持ちだったのだろうか。いつも夢見た主人公は、こんな怖さに打ち勝っていたのか。


 今やっと、諦めきれた。


 僕には多分、向いてない。こんな役目、柄じゃない。

 どうやら僕は、彼らみたいな主人公にはなれないみたい。

 でも、それでもいいと、今なら思える。






 僕史上、最も重要な大舞台。その中心に僕はいる。

 覚悟を決めて、唱える代償。

 材料は、もう一択。





 


 自分の全てを代償に、少女どこか遠くへ転移させる。






 

 それを願うだけなのに、実行する直前で、何度も何度も踏みとどまる。苦しくて、苦しくて、しなきゃって思うのに、あと一歩で恐怖が勝る。もうすぐ死ぬって言うのに、自分の醜い愚かさが、これでもかってくらい身に染みる。



 だけどそんな迷いとも、もう、蹴りをつけなきゃならない。


 たった今、はるか上空、青白く輝く光の線が、真下に向かって放たれた。



 恐怖を不安を押し殺すんだ。

 全てを殺して、彼女だけを生かすんだ。



 少しずつ大きくなる蒼の閃光。


 たった一瞬のはずなのに、体感時間は何分にも、何時間にも思えた。そんな錯覚するくらい、自分はまだ生きていたいんだろう。




 だけど、それも……もうこれまでだ。


 「……代償、変換」


 最後に決心できたのは、今が限りなく幸せだから。


 ちょっとしたラッキーじゃなく、たまたま得られたチャンスでもなく、自分が自分で何か成す事ができたから。


 いつか自分で書いた文字や絵が誰かの心を動かせたならと、そんな願いを持った日もあった。

 殴り書きして、書いては消してを繰り返す。

 そんな毎日を過ごしてきた。


 形も規模も、それとは全く違う。

 けれど、願いは今、違うなりに現実になった。

 16年を埋め尽くす後悔に、光が灯った。

 これまでが間違いじゃなかったのかもと、そう思えた。

 そんな気がした、そんな気になれた。





 そうさせてくれたのは、一人の少女のあの言葉。

 夢のような、そんな言葉を貰えるなんて、

 僕は案外、幸せ者だったのかもしれない。



 



 最後、流れる走馬灯。






 流れる思い出は、正直あまり味気ないけれど、








 でもまあ、思い返してみれば









 こんな人生でも









 悪くなかったかのかもしれないな





















































最天構成障壁(アルテミスト)全霊多重展開(オーバーキュア)!!!!!!」

























 直撃の寸前、光の膜が目線の先で僕らを包む。

 球体で半透明で、代償五発でようやく割れたあの盾と同じ。




 

「ぐぐっぐっ………ぐぁぁあああああああ!!!!!!」





 それを造ったその人を、僕は鮮明に思い出せる。

金の髪、すらっとした長身、杖さえ持たなければ戦士とも分からぬその服装。空から跳んで、僕らの前に着地したその姿は、紛れもない彼女。


「エリッサさん!!!!!」


 視線の先、わずか数歩の距離に突き刺した杖を両手で握り、その攻撃を抑えるため、魔力の限りを尽くしてる。

 見えるのは彼女の背中だけ。金色の髪なびく、その背中だけ。

 


「一つだけ、わがままを言わせてくれ。お願いだ! 2人とも頼むから、生きることを諦めないでくれ……!!!

 例えどんな状況で、どんな困難だとしても、その命があるならば、何度だって、何回だってやり直せる。

 どんな無理でも、どんな無茶でも、君がその歩を進めるなら、幾度だって、幾度(いくたび)だって前に行ける。


 失敗や挫折ごときで、摘ませていい芽なわけがない。

 君たちが誰かを導けるようになるまで、私が支える、私たち大人が支える!

 それが、先に産まれた者の使命で、義務だ。


 だから、気負いなんてせず、


 何度だってぶつかれ!

 何度だって戦え!

 君が思う正しさを、君の生き様で見せてくれ!


 君らを責める世の中なら、私の人生かけて見せつける。  

 己を貫く者こそが、何よりもの正義であると。


 だから! 生きてくれ!!!




 私に、その生を繋がせてくれぇぇえええええ!!! 」





 割れる障壁、吹き荒れる突風、それでも尚僕らの前に立ち続ける彼女を、僕は眼前に焼き付けた。





 全てを包む白の閃光。

 二度と色づかぬと確信した街の姿。

 破片とかす僕らの肉体は、もう瞬きすらも許されない。






 身体を超えて、思考を貫き、意志を破り、過去も未来も一つに纏め、収束して無へと発散していく。

 理性、本能、常識、定義、倫理、論理、価値、基準。

 それら全ての縛りを解き放った世界は、この光の中心。

 限りなく近い零点に己を委ね纏められる、それが全て。

 最終位置、到達域最下層、人間が変形できる臨界点。

 一度触れれば飲み込まれ、引力からは逃れられない。

 それが性、人の持つ最後の枷。

 遠心の輪の中で揺られるだけを過ごす世界。



 

 僕は、例に漏れずそこに飲まれた。

 だけど、下げた右手にはあの少女が居て、気づけば僕は逆の手を伸ばして目を開いていた。



 


 飛び込む色彩、色づく感情




 左手には誰かの手の暖かい温もり。




 全てが無くなるはずの世界。






 

 それでも






 それでも、個としてある者がいるのなら






 それはきっと、彼女のような







 

 己を貫き続ける人だろう。





 


――――――――――――――――――――――――



 全てが終わると、あの龍は塵と消え、目の前には見渡す限り続く焦げた峡谷があった。

 僕と彼女は、守られた。

 この街の大半も、エリッサさんによって守られた。

 だけどその本人は、僕以上の満身創痍で、服は当然、肌も髪も灼きついて、爛れ焦げ、でもその足で立っていた。



 思わず涙が溢れ出して、止まらず、嗚咽混じりの汚い呼吸でへたりこんだ。

 怖かった、苦しかった。そして申し訳ないと。

 全ての感情を一緒くたにして伝えるには、泣き出すしかなかったんだ。



 少女よりもずっと泣く僕に、エリッサさんは伸ばした手を頭へ向かわせた。

 

「泣く必要は無い。こちらこそありがとう、君が生きることを選んでくれて。そして、彼女を護ってくれた事、心より感謝する。


頑張ったな、ユーリ」


 半身が灼けても、それでもと証明し続ける彼女に僕は伝えたかった。

 僕も、あなたみたいになりたいのだ、と。











 


ここまでの文量を読み切るのは容易いことではなかったと思います。お疲れ様でした。


転移の拒否から始まった、暗くも確かな熱のこもったこの作品はいかがだったでしょうか。皆様の心に何か残るものがあったら幸いです。


彼の物語はこの先も続きますが、よろしければ現時点での評価を下の☆☆☆☆☆に記入してもらえればと思います。また、感想ご質問等ございましたら是非お聞かせいただければと思います。


ここまで読んでいただきありがとうございました。



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