覚悟の証
「……まともに話通じるやつが、誘拐なんかするかよマヌケ」
初めから、僕の嘘は見抜かれていた。
「言葉と行動が一致してないんだよ。つくならもっとマシな嘘をつけ」
抵抗できるほどの力がないことも、少女をどうでもいいと言った虚言も、全部が彼に見抜かれていたんだ。
悶え苦しむ僕を置いて、その場から立ち去ろうとする男。
「な……ぜ……トドメをささ……ない……」
「伝書鳩代わりに生かしただけだ。モンタギューの屋敷に行って、実子を誘拐したと伝えてこい。気合と度胸だけの雑魚にできることなんて、所詮その程度が限度だろ」
すすり泣く少女の足から短剣を抜き、そのまま肩に担ぐ。
「レア……ドロップは……僕の……ほうせ……クハッ……!」
「お前がレアドロップかどうかなんてどうでもいい。仮にそうだとして、お前はおそらく既に収穫済み、誰かしらに盗られた後なんだろうよ。あいつら特有の理不尽な強さもないお前のそんな戯言に、生憎構ってる暇なんかないんでな」
嘲笑い、呆れ顔。一瞬振り返った彼の顔は勝者、と言うよりも、劣等種をみる上位種。檻の中を覗く人類そのもの。比べるなんて選択肢が無い、それほどまでの差を自覚する強者の風格。
正直いって勝ち目なんてゼロ。持てるものは、全て使った。知恵も物も武力も度胸も、これが今出せる精一杯。
状況だけで言ったら、直属護衛のエリッサさんと戦った時よりずっと悪い。満身創痍もいいとこ。不意打ちも、搦手も、実行に移すことすら出来ない。
視界は不良。思考も不順。手足は痺れ、みぞおちの辺りは今も痛む。目には涙、喉にはへばりついて離れない血の残り、鼻から抜ける香りは全身に響くくらいに酸っぱい。
武器も、魔法も、持ってるものは何も無い。友人も、仲間も、今ここには誰もいない。助けなんてくるわけない。
超パワーも、覚醒も、突然目覚めるチートスキルも、そんな都合のいいこと起きるわけないって、心の底から信じきってる。
まぐれもない、千載一遇なんてもってのほか。
今ここにあるのは、何も出来ない、何も持ってない、
何者でもない、僕自身、それだけ。
それだけ
それだけなのに
どうしてかな……
まだ、可能性があるって、
まだ、勝てるかもしれないって、
まだ、それでも って、
……心の底から思ってる!!!
動けないって、限界決めてたこの体。
動けるはずなんて、一ミリもなかったこの体。
だけど、
なぜか右足は膝ついて、
左足は地面を踏みしめて、
右手は前に、視線は先に、
「ま……て……!!!」
意志と自我を持って、ちゃんとこの場所に立っている。
気持ちと体が初めて一緒なったみたいな、そんな不思議で、おかしな感覚。まるで、今まで体を動かしてたのが僕じゃなかったんじゃないかと思うくらい。
限界を超えたとか、気合で立ち直したとか、そんな大層なものじゃない。
ただ、初めて、心の底からしたいことが、しなきゃならないって思ったことが、目の前に現れた、それだけなんだ。
「なんだ、もうやめとけ……」
僕の掠れた声に、男は哀れみをうかべて振り返る。
「まだ……終わって……!」
「はぁ……」
溜息をつきながら、その子をそこに投げ捨てて、こっちにゆっくり向かってくる。
恐怖が、絶望が、死が、一歩また一歩って迫ってる。
だから諦めきれなくて、投げ出せなくて、何がなんでも足掻かなきゃいけないんだ……!
「諦めろ、もう決まっちまったんだ。恨むなら、相手は過去のお前だ」
そんな言葉を聞いたとて、まだ、足掻いて、足掻きたくて、足掻かなきゃいけなくて……!
必死になって、脳を巡らせ、僕の意地を成し遂げようと模索する。さっきのが精一杯だと思ってたのに、追い詰められれば、まだまだ出てくる。思わずにやけてしまうくらい。本気で成したいと思うから、成さなきゃならないと思うから。僕の意思が、まだまだだって叫ぶから。
あと3歩。
そのタイミングで初めて気づく。
あと2歩。
自分にまだ、捨てれるものがあることを。
1歩。
ポケットから、それを取り出す。
「お前、それは……!?」
戻るなんて、甘さを捨てる。
ここで生きる、決意を固める。
彼らみたいになれなかった、持たざる僕の異世界転移。
だけど、憧れたんだから、
彼らみたいになりたいって思ったから、
僕は今、ここに立ってるんだ。
些細な結果だろうが、構わない。
ここで足掻かず、いつ足掻く!
チケットを強く握りしめ、心の中、唱えた代償……
紛れもなく、迷いもない
これは僕の、覚悟の証……!
「……来いッ!!!!!!!!!」
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辺りを揺らす得体の知れない地響き。黒雲が立ち込め、風が吹き、嵐のような光景が空を大地を包んでいく。
激しい雷と共に降り注ぐ粒子が、熱でも冷気でもない未到達の領域へと私たちを連れていく。
平衡感覚すら失いかける天変地異のような災害の最中、その脅威は姿を現す。
嵐の中心、全ての風が集約する目。そこから神々しくも、荒々しく、全てをかき消すように召喚された一匹の龍。
かつてこの世界に存在したとされる、大陸を総べる創成の化身。時に人はその龍を崇め、祀り、滅びによる救済を願ったとされる、伝承上の怪物。
その名を、乖離の黒龍 バハムート。
A.A.1582 冷の節 36日
アルティミア領国 東部の中規模都市スクルド上空に3分21秒の顕現したその災厄は、真下から直線上に放った一撃で、都市南部、その先300kmの範囲を、
塵一つ残さず消滅させた。
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