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天の光は



 後味の悪い作品を読んだ時は、いつもこうなんだ。


 なんで読んだか、なんでやめなかったのか。薄々わかっていながらも、一縷、見えもしないハッピーエンドを期待して、そのページをめくり続けてしまった。


 そして残ったのは、この余韻。

 分厚ければ、分厚いほど、それはずっと強く大きく深くなる。目に見えてしまう、本の厚み。

 目の前に実物があると、僕はこれに費やしたのだと、はっきり分からされてしまう。


 電子書籍なら、幾分かマシだったんだろうか。

 どれだけめくったかなんて、振り返ろうともしなければ、気づくことは無い。動画だって、ゲームだって、振り返りさえしなければ、徒労も痛みも感じるまもなく、終わってくれる。


 振り返りさえしなければ。


――――――――――――――――――――――――



 ここは一面が瓦礫と廃材、廃屋ばかりの土地の上から不要な物を投棄した、言うなれば、家屋のゴミ置き場のようなだだっ広いだけの場所。

 宛もなくさまよって、見つけた看板には立ち入り禁止区域って書いてあって、だからなのか、1人になりたくて、自然と身体が向かって気がづけばここに座ってた。


 彼女、エリッサと呼ばれていたあの女性はあの後僕の手を取り、軽く介抱してくれた。手を止めろというのも僕の早とちりな誤解で、彼女は、初めから戦う気なんてなかったのだそう。

 事前に証言があったらしく、僕は正当防衛らしき扱いでお咎めとかも無し。おそらくはアカネさんかななんて思うが、正直、僕の気持ちはそれどころではなかった。


 


 日もだんだんと沈み始め、まとわりつく空気が冷たく感じる。

 僕は、傍らの座れそうな小岩の上に場所を移す。

 口は開いているのに、ため息は出ない。

 残弾切れ。そう表現するのが、気持ちとしても、立場としてもちょうどいい。


 右手の人差し指にある、宝石の無くなった指輪。

 嫌味ったらしくもあった約50片の集まりは、僕がたった一日で出し切ってしまった。

 価値にしてだいたい2億円だった。


 彼女に負けたことだって、勝てなくってもしょうがない相手だったと終わってわかった。

 エリッサさんは、直属護衛隊の中でも単独で隊を任されている、独立三番隊の凄腕。

 詳しいことは、何も分からないが、

「事実上のナンバー3や、3。ここだけやない、王都全域で、3番」と力説された。

 それだけで十分、格の違いを理解出来た。



 日が溶けて澄んだ夕空。

 ちらりと見え出す、一番星。

 だだ一つだけまたたく空の光はすごく綺麗で惹き付けられて、誰だって手を伸ばしたくなるほどだけど、今は、目を背けていたい。



 


 僕は今、何を悩んでいるんだろう。


 夜風に冷やされ、冷静になって思う。

 負けたけど、死んだ訳でも身体を失った訳でもない。

 押しつぶされるほどの重圧なんてもってのほか、荷が重いような使命なんて、課せられていない。

 何より、嫌ならさっさと帰ればいい。

 今の僕は、それが許されている。

 何をしてもいい。自由な時間。

 悩むことなんて、あるはずない。


 それに、何かで活躍できなくったって、この景色を眺めているだけでもそれはそれで悪くないだろう、と。


 その通りだと思った。

 自分の言葉に、自分で頷く。

 何をしているんだか、分からなくなりそうだ。





 泣きたくもならないから、ただただぼーっと、景色を眺めている。

 夕日を見ながら当たる冷たい風が心地よくて、案外、幸せなんてこんな当たり前のものなんだと思わされる。



 


「楽しいのか、それ」


 ふと、後ろから男の声がした。

 ちょっと前から足音が聞こえて来てたから、驚きはしない。


「はい、割と」

「……そこまで行くと、ませてるって言うより老けてんだろ」


 その人は、何も言わずに横に座った。

 正直いやだったけど、何か言う方が面倒だった。


「そんな顔すんなよ。しようぜ、傷の舐め合い」

「……」

「なんだ、言い返しても来ねぇのか。達観してるっていうの、最近のガキは。どこで覚えんだよそんなの、俺の立場がねえっつーの」


 そう言いながら、上着の内ポケットから白い箱を取り出す男。


「吸うか、一本。たぶんこっちの方が楽しいぞ」

「いいです、そんなの。まだ未成年だし」

「あっそ、意気地無し」


 嫌味ったらしく言った彼は、箱から一本取り出して、そしてまた何かを取り出す。

 金属を叩く澄んだ短い音の次に、ボッ、っと指先くらいの炎が揺れる。


「……それって」


 口にくわえたそれに火をともしたのは、かっこいい、たしか、Zippoって名前のライター。


「タバコで気づくだろ、先」


 驚いた目の僕に、彼は、一瞬呆れた目を向けて、息と一緒に煙を吐く。


「そう驚いたりしなくていい、お前と同じだよ、同じ。チャラそうな兄ちゃんにも会ったし、紙切れも指輪も貰った。お前と同じ、日本人」


 そして、証拠をさらに付け足すように、足で地面に日の丸を描く。

 聞くまでもなく証明されていく事実を、飲み込むにはまだ、時間が足りない。


「ここきて何日だ」

「えっ、あっ、まだ1日だけど……」

「1……!はあっ、すげぇよ、お前。どんな神経してたら、一日足らずで使いきれんのよ、それ。……お前、間違ってもクレジットカードとか作んなよ。リボとか後払いとか、見向きもすんな。お前みたいなの、100、首回んなくなって、借金で窒息死するから」


 彼は呆れを通り越して、軽く引きつった顔をした後、自分を落ち着かせるように、一服。

 吸った煙を、ふう、っと吐く。

 その動作は、まるで深呼吸。


「俺は、もうじき3年だ」

「3年……」


 サラッと吐かれた、時間の重みが、グッとのしかかる。


「その反応だと俺が初めてだろ。同じようなのは他にも大勢、みんな同じ手引きでここに来てる。例外は今んとこあったことはねぇし、たぶん、この街にも何人かいるよ」


 強調もなく、淡々と語られる詳細で、ようやく、この出来の悪いおつむが、事実を理解してしまった。




 


「転移は、僕だけじゃなかったんだ……」







 


 冷たい風が、追い討ちかけるように吹き付ける。

 僕が知らなかっただけ、気づかなかっただけで、初めからこれが事実。誰も、選ばれたなんて、お前だけなんて言ってない。初めっから、思い込んでいただけ。


「同郷の人間がいるのは嫌か」

「……」

「まあ、そうか。嫌な現実から逃げて、こんなとこまで来たのに、また人間関係悩まされんのも鬱陶しいか。生まれた時から他人の長所ばっか見えちまう世の中で自信を持つってのも難しいよな。大変だな、今のガキは」


 男はまた、ため息混じりに煙を吐いた。


「もうちょい自分を甘やかせよ。都合のいい現実に逃げず、叶いそうもない理想に向き合い続けるってのもそれだけで十分、よくやってると思うけどな」


 まるで見透かしたような彼の言葉に、


 僕の何かがプツンと切れた。




 

 

 

「何がだよ……」






 


 乱暴な口調は、不意に出た。


 

「何が十分よくやってるだよ……わかったような口、きくなよ!分かってるさ、自分が特別じゃないなんて、駄々こねていい歳じゃないって、全部、全部分かってるから…!

何かしてきたわけでもないんだ。才能がなんだって言い訳して、努力もせず、ずっと自分に向き合って来なかったんだから、これが真っ当だって分かってるから……! 」


 俯いて、怒鳴るように吐く。

 問答にすらなってない八つ当たりは、もはや、どこを向いているのかすら分からない。

 ろ過されていない原液をありったけ、ひたすらに垂れ流したつもりだった。



 だけど、どうやら、それも間違いみたい。



 

「誤魔化すな。後で、自分が辛くなる」






 

 煙混じりに、言葉を吐く彼。


 


「記憶にはなくてもどっかに覚えてんだろ。今まで生き てきて、自分の限界が目に見えちまったこと。今まで向き合ってこなかった人間が、自分は特別じゃないなんて、そんな言葉、言えるはずがあるかよ」




 不意に寄り添うような口調の言葉たちは、頭の隅に寄せていた、嫌な記憶ばかりを呼び覚まして、なんでもないと思っていた日常の絆創膏を、一枚一枚剥がしていく。


 

――――――――――――――――――――――――

「新人くん、レジまだなの!?」

「はい、ただいま!」

2ヶ月経っても、レジ打ちすらままならない、初めてだったアルバイト。


「ノー勉でもなんとかなるもんだな」

「う、うん。そうだね」

こっそり勉強してたのに、ほとんど変わらない点数。


「優しすぎて女の子みたい。もうちょっと男らしくてもいいと思うんだけど。妹ちゃんと逆だったらちょうど良かったのに」

悪気なんてない雑談に、過剰に感じて、勝手に傷ついて。


「ピピピッ ピピピッ」

今日もなったアラームを、躊躇いかけたその手で止める。


そう、なんでもない日常。

でも、それを真っ当してきたはずだ。

精一杯に、生きてきたはずだったんだ。


――――――――――――――――――――――


 

もう、傷だらけだったんだ。だからもう、次が致命傷かもしれない。だから、足踏みばっかりして誤魔化したんだ。


間違った生き方をしたんだろうか。

こんなになってしまったのは、何がいけなかったんだろうか。



「じゃあ、僕は、どうしたら良かったんですか……! 」


僕には、分かるはずもなかった。



――――――――――――――――――――――――



 泣いて泣き腫らして、やっと枯れたと思ったんだ。



「もう、大丈夫です。踏ん切りがつきました」

「そうか」


 すっかり火の消えたタバコを持ったまま、彼はそう返す。


 一呼吸して、立ち上がった。

 立って、少し身体がよろけた。

 長い時間座ってたからこうもなるだろうと受け入れた。


「持って祈れば、帰れるんですよね」

「ああ、そのはずだ」


 僕は、ポケットからあのチケットを取り出す。

 色々あった一日の中で、不思議としわくちゃにならず、まっすぐその形のままのソレ。

 不自然にしか思えないけど、逆にそれが説得力になって、使えばほんとに元に戻れるんだと確信させられる。



 ……そうだ。帰る前に、一言くらい。

 名前も知らない僕のために、わざわざ時間を割いてくれたんだから、せめて、義理くらいは果たさないと。


「その、ありがとうございました。慰めてもらったりして、ほんとに、ためになったって言うか……」

「そっか、帰るか。その踏ん切りか」

「えっと、まあ、はい。こんなとこでうじうじしてるんじゃなくて、ちゃんと、年相応の人間になろうと、ようやく固まったというか」

「そりゃあ立派なこった。こんなとこにいつまでもうじうじしてるどっかの誰かとは、大違いだ」

「……あ、あっ、いや、そんなつもりはなくて」


 皮肉混じりに、ふっ、っと笑って、彼はまたタバコを取り出す。


「あってもなくても構わねぇよ。どっちにしろ、お前は俺と違うんだ」


 そう言う彼の姿は、どこか哀愁を漂わせていた。




「なぁ、一つだけいいか」


 彼が口を開く。


「お前、これまで尊敬できる大人に何人出会った」

「尊敬、できる……」


 突然の質問に、言葉が詰まった。

 こんな時両親とか、即答できればかっこいいんだけど、そんなこと言えるほど、親の痛みが心から分かるような、できた子供じゃないらしい。


「そんな悩まなくったっていい。別に、0でも怒らねぇよ」

「いや、0って……」

「誰も、ひねり出されてまで尊敬されたいなんて思っちゃあいねぇよ。お前がそう思ったんなら、そうなんだろ」


 そうは言われたけど、0ってのは、さすがに薄情すぎる気がする。尊敬したことないなんて、さすがにそんなわけが……。


「あっ……」

「どうした、思い出したか」

「ああっ、いや、一人いや、何人か、いたにはいたんですけど……」


 思いつきはしたんだけど、いや、さすがに含めちゃあまずいな。


「いや、いいです。さすがに本とかアニメの登場人物なんて、違いますよね、あんなの」

「あんなのって、好きなんだろ見るの」

「いや、まあ、そうでしたけど……。でも、もう踏ん切りついたし、学校でも見てるやつとかあんまりいないから。もう、いいかなって」

「そうか」


彼は火をつけながら、一言。


「俺にはいるよ、一人だけ。お前とは違ったな」


そう言って、灯ったそれを口に加えた。



「……え」

「どうした」

「えっ、いや、その続きは……」

「ねぇよ、んなもん」


男はそのまま、タバコを吸うだけ。


「じゃあ、なんで聞いたんです」

「お前にもそんなやつがいたらな、って思っただけだ」

「……いたら、なんだって言うんです」

「そうだな。できたら、お前にも分かるさ」

「何が、」

「そんな奴に、出会えたんなら……。


 

 

 あの背中だけ、無性に追いかけたくなっちまうんだ」



 

「あの、背中」


 そう言われて頭の中をよぎるのは、他の誰たちでも無かった。


 タバコの灰は地面に落ちても、まだ燻ったまま。

 くたびれた服装の男の目は、遠く、はるか遠く、まるで、ずっと昔を見ているよう。

 濁ったり、曇ったり、視界に映るこれまでを貫いて、その一点を、まだ見てる。









 そんなの、ずるいだろ。








「どうしてですか」


 僕だって、色んな背中を追ってきた。

 だから、今ここにいる。

 だけど、それが無理だって思うほどに、辛くて耐えきれなくて、自分を信じれやしなくって。


「どうして折れないんですか」

「折れる? へっ、そんなまっすぐピンってした人生送ってきたように見えるかこれが。俺はな、今日は無理でも明日の身の振り方くらいなら自分で変えられるだろって、信じ続けてきただけの愚か者だ。参考になんかならねぇよ」



 男は立った。そして、空を見た。浮かびはじめたまだ見えもしないあろう微かな光に、その瞳を合わせて。


「お前は俺みたいなやつを見すぎて、一つ、勘違いしちまってる。いいか、捨てることが、冷めることが、大人になるってことじゃねぇ。諦めで成れるほど、簡単なものじゃ無いはずさ。そうだろ、お前のここに見えた、そいつは」


 そうやって、彼を追って見上げた空は、いつの間にかぼやけていた。

 枯れたはずが、湧き出るくらい熱くなって、まだと、まだと、あの星たちを探してる。







 

 もう、どうしたって、やめられない。







 


 閑静のきわまったこの塵溜めに、甲高い悲鳴が響き渡る。


「おそらく、人さらいってとこだな。この世界の治安じゃあ日常茶飯事ってとこだ」


 手持ち無沙汰を誤魔化そうと、彼はまた、煙草を取り出す。


「それ、一本貰えませんか」

「なんだ、ようやく決心がついちまったか。冗談とはいえ進めた手前、百害あって一利だって無いかもしれん。それでもいいんだな」

「覚悟は、できたつもりです」


男は、軽く笑った。


「そうか。火は」

「いえ、いつか自分で」


 僕の言葉に、彼はまた笑った。

「カッコつけたがりが」そう言いながら、手に持った一本をくれた。



 彼がくれた、煙草と色々。それが、僕の額に汗を垂らす。

 はっきりいって、怖い。緊張してるし、震えも出てる。

 でも、この火に、嘘はつけないから。



「じゃあ、いってきます」


 振り返る寸前、男の口が開いていた。

 何かとお節介な、名前も分からない彼からは、沢山言葉を貰ってしまった。前を向かせてくれる、自分を肯定させてくれる、見た目によらず、優しい言葉をいっぱい。

 だけど、もし、最後に貰うんだとしたら、やっぱり、投げやりで、無責任な、



「ああどうぞ、ご勝手に」


そんな言葉が欲しかった。




読んでいただきありがとうございます!!!

よろしければ評価の方よろしくお願いします!

作者のモチベーションに大いに繋がります……なにとぞm(*_ _)m

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