形勢逆転
「なんや、今の…!?」
さっきまでのあいつからは考えられへん。急に捨て身で跳ぶんも、あんな硬いガード貼れんのも、そんな楽しそうにしたり顔すんのも…!
「なんや、勝った気になって…!」
バンッ!
「……!?」
言い終わる前に俺の足下に打ち込まれた魔弾。特筆して高度なもんでも、反応出来ひんほど弾速があった訳でもない。軽い威嚇やと思って、俺を狙ってへんと思って見過ごしただけや。
せやけど、せやけどなんやこれ…
当たった地面、軽く抉れとるやん…
バンッ!
「くっ…!」
カンッ!
油断…!?ちゃう、何してくるからわからんから警戒だけは欠かさんかった。なのに、なんで反応が遅れた…!?
カンッ! カンッ!
あかん、弾ききる前に次が来る…!万が一、斧で弾ききれんくて当たりでもしたら、タダじゃすまへんでこの威力…!
カンッ! カンッ!
少しづつ詰めてきとる。これ以上近づかれたら反応出来ひん。戦いにおける先手の重要さ、後手へ回った時の難儀さ、こいつ、身に染みた上で学習しとる。
ちっ…!後ろ下がりつつ対処するしかあらへん。これじゃあ、さっきと立場が、逆転しとるやん……!
このままじゃ、らちがあかん。エーテル疲れを待つか…?いや、こんな火力を連射出来るやつが、そう簡単にくたばるわけない…!
誰や、こいつをCとか言ったやつ… Bどころか、A級で収まるかすら怪しいで…!
バババッ!
「三連射…!?」
こんなん、まともに受けたら…!
ガンッ!
「あかん、持ってかれた…!?」
俺の持ってた盾斧は、魔弾の威力に負けて、はるか後方に。何も持たへん俺に防ぐ術はもう…。
「すみません…! 先に行かせてもらいます」
やつの手に光。
足止めか、トドメか、どっちにしろ勝負は…
ドンッ!
放たれた光線。
ああ、目に追えるのに防げへんなんて、虚しいなぁ…。
ガキンッ!
いや、もっと、虚しいなぁ…
「なかなか楽しそうだな」
「…すんまへん、エリッサさん」
自分よりずっと有能な上司に、尻拭いしてもらうんは。
――――――――――――――――――――――――
トドメのつもりだった。これで決着が付くと思ってた。
だけど、そのはずで放った魔法は、鎧の彼を貫くことなく、この場から消えてしまった。
目の前にはあのバリア。半透明の半球体で身体を守ったあの盾が、彼を包んで、彼を守った。
その盾を産んだのは、彼でも僕でもない。
空から跳んできた、一人の金髪の女性だった。
「…すんまへん、エリッサさん」
「なに、礼はいらない。しかし、我ら直属護衛も落ちたものだな……。まさか少年相手に、こうも2人がかりになるとは」
「面目ないです…」
「気に病むことはない。いつか私も、君に負ける。そうやって時代は、前へと進んでいく。若さとは可能性の塊だ」
盾を張り、その中で会話をする2人。話の内容的に、あの人も直属護衛の人なのだろうか。それにしては、服装が軽装備。前面の腰から下が開けた開放的なお洒落なローブに、ショートパンツ、そしてハイブーツ。その手に、杖を持っていなければ、戦士だということが分からないくらいだ。
「さて、少年」
長いその髪をなびかせて、その女性は僕に声をかけてきた。彼女が何者なのか、何を話すのか、予想も油断も出来ない。自然と、さっき以上の警戒心で身構えた。
「名前を教えてはくれないか」
「悠里、石上悠里…」
「ユーリか。私はリッサ・A・フォルフォード。いきなりですまないがユーリ、その手を下ろしてくれないか」
その言葉が意味すること、それは降伏。大人しく、捕まれということ。
「……できません」
即答の拒否。そうするしかない。僕にはまだ、この世界でやりたいことが、成し遂げたいことがたくさんあるんだ。ここで引いたら、元の自分と変わらない。
「拒否か… 突然言われて無理もないだろう」
会話の最中、鎧の彼が斧を取りに後ろへに駆けだす。
「動かないで…!」
つかさず僕は、彼めがけて光線を放つ。ここで彼にまで加勢されたら、いくらなんでも勝ち目がない。
軌道上には盾があるから、念には念をで代償3つ分の高火力。これだけの火力でも死なない、何らかの方法で免れてくれるだろう。そんな、信頼とも呼べる不思議な確信が、過剰とも思える選択を後押しした。
「…!」
リッサと名乗った女性の、動揺と思われる表情。
その直後、持っている杖を地面に突き刺し、何かを唱え出す。
「要塞構成障壁 ・球形展開!」
青白い半透明の膜が彼女達の辺りを漂い出す。瞬時にそれは球体になり、彼女たちを包むように、硬く、強固に展開された。
飛ぶ光線に気づき、既に貼られたものより大きく、それを覆うように構築された盾。防ぐ手段のない彼に向けた攻撃だと理解して、過剰に張ってくれたのだろう。
攻撃をした本人なのに、どこか安心していた。これで死ぬことは無い。最悪、相殺されたとしても、相手の全力ガードを破ったとなれば、威嚇としては十分だ。
次に備え、連射の準備。主導権を握らせれば、負けかねない。この一撃で掴んだチャンスを、つかみ続けねば!
「行けぇっ!」
ガンッ!
「迂闊な行動はするな」
「信頼っすよ、エリッサさんが横にいたら、傷つく方が難しいっすわ」
放った光線。それは貫くはずだった彼はおろか、
「若さとは可能性だと言ったばかりだ」
「俺がエリッサさんに勝つのも、彼がエリッサさんに勝つのも、絶対ありえへんと思うんですけどね」
その盾を
「だって1枚たりとも、破れてないっすもん…」。
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慢心、というよりも、実力を見誤っていたのだろう。
代償3つの渾身の一撃。それがこう、意図も簡単に防がれるなんて。
払った代償に対して、出た結果が盾に亀裂を入れただけ。これが等価なのだとしたら、あまりにも受け入れられない。
「くっ…! 」
だけど、それで立ち止まってはいられない…
バババッ!!!
亀裂に向かって、さらに打つ。
「話し合いは難しいか」
彼女の何か諦めた表情がみえる。だけど、攻撃の手は緩められない。
バリンッ!
追撃として放った攻撃、三発全てが当たってようやく割れた。最初の一発と合わせて、計6発分。圧倒的な強度、しかも、的確にダメージを重ねればちゃんと壊れるという現実性、今にも絶望して攻撃の手を止めてしまいそう。
だけど、まだ…!
「はあああああああ!!!」
バババッ!
放った光線は、もちろん全て盾に。
さっきの経験から、壊すには最低六発分。つまり、あと三発分でやつは壊れる!
代償五発のフルパワー! これで盾ごと貫く!
「いっけぇぇぇ!!!」
放つ巨大な火炎球。当たれば一撃、確実に盾を破壊して、一矢報いる勝利の業火。
その攻撃が届くまで、残り1mほど。
横槍さえ来なければ……!
「焔色の真紅」
「…!?」
ぽつりと、呟くような一言。
それと同時に広がる、全体を覆い尽くす熱波。僕の放った火球の奥で、一体何が。
その熱を感じた直後、彼らを守っていた球体の盾が音を立てて壊れていく。僕の攻撃はまだ届いていないのに。
だんだんと体感温度が上がっていく。
そして、その熱の発生源が見えてくる。
ゆっくりと、近づいてくるその塊は、僕の放った物の倍はある豪火球。
あらゆるものを飲み込んでいくかのように、こっちに向かって迫り来る。近くに植えられていた花すらも、その熱で枯れかねないほどの高温。
さも当然かのように、僕の切り札だった火球すら飲み込んでいき、とうとう僕の前に迫る。
急いで身を守らねば。
そう思い、頭の中で代償をイメージする。
手を伸ばし、盾の展開を意識する。
あれだけの業火。
あれだけの火力。
並程度の耐久じゃ、意味を持つ前に消えてしまう。
感覚的に、宝石10発。
それだけあって、ようやくトントンくらいだろう。
守ったとしても、それで終わりじゃない。
次が、彼女の攻撃が、炎の裏には控えてる。
タイミングは、一瞬。
攻撃を防いだ瞬間と同時に、全速力で、前に出る。
そしてそのまま、相手の追撃をかき消すくらいのトドメの一撃。それをぶつける以外、今の僕には勝ち目は無い。
悔しいけれど、戦闘経験は彼女の方がずっと上。
万能すぎるスキルがあって、ようやくギリギリ埋まるくらい。
きっと、このエリッサさんは、この異世界でもかなり上澄み。
僕の16年間で一度も適うことの無かった、才能持ってる側の人だろう。
そんな相手と、互角の接戦。
その事実だけで、僕がここに来た価値はあった。
やれば、僕だって、本気になれば僕だって、これだけのことが出来るんだって。
そう思い、手を見た時に、
初めて気づく。
その指のどこにも、あの宝石がないことに。
「……つかい、きったのか」
僕を包む、急な脱力と倦怠感。
僕にできるすべが、何もかもなくなった。
僕に取れる行動が、何の一つも無くなった。
目に映る、全部が真っ赤に燃えていく。
頭の中で何を思っても、もう現実には起こってくれない。
あの膜も、あの瞬間移動も、もう1度はもう、起こらない。
そう実感した瞬間、今ここがただ、怖くなる。
指輪の有無。
たったそれだけ。
それだけなのに、どうしようもなく怖い。
垂れる汗も、乾いていく喉も、何度味わったか分からないのに、今は苦くも痛くもなく、怖い。
スローモーション。
走馬灯。
そんな単語ばかりが過ぎる。
あと少し。
ほんの数秒ミリ。
そしたら、
ほんとに、
僕は死ぬ。
僕は、死ぬ……
嫌だ、まだ、こんなの、こんなの……!
こんなんじゃなくて、もっと、もっと……!
僕は、まだ、なにも……!!!
ダンっ!
短く、圧のある音。眼前を覆う赤の中から見えた銀の刃。
「大丈夫か、ユーリ」
立ち尽くしていた僕の前の火炎を切ったのは、紛れもなく、その火炎を放った本人だった。




