平日 2
午前中、図書館が開いたタイミングで僕らは移動した。
朝起きてから今まで、食事と移動以外の時間は全て勉強に当てられた。
正直もう疲れ気味だが、一日はまだ半分にも達していない。
高校受験時代を思い出すが、あの時ですらこんな朝からは勉強しなかった。
「じゃあ悠里くん、講義、受けてらっしゃいな」
暁音さんに見送られ、僕は一人、図書館奥の講義室へ。
ちなみにお代は、既に全額振込済みだ。
中級講義と同じく、講義一回、7650G。
もう後には引けないのだ。
「上級講義は、奥から三番目なのでお間違いないようにお願いします。それでは、頑張ってくださいね! 」
受付の彼女から、また社交辞令の声援を受けた。
奥から三つ目、中級講義の時の部屋の隣だ。
講義室は大きな黒板を前に、中央で別れた横長の机。
机ごとに4席分、椅子が規則正しく配置されているのは中級講義室と同じ。
違うところは一点、座席数が倍以上にあるということだ。
講義の広さが段違い、つまり、それだけ多くの人が講義を受けるということ。
それもそのはず、上級の方が合格するのははるかに難しい。
暁音さんの言うことには、三級が1、二級が10だとしたら、一級の難易度は100。
つまり、三級から二級の間で足踏みする人の数が1だとするなら、二級から一級の間は10だと言うこと。
全員が全員一級を受ける訳では無いから、まるまる十倍ってことにはならないだろうけど、受験者数はかなりの人になるわけだ。
その結果が、この講義室。
講義室の広さに少し驚きつつも、僕は目の悪さか、はたまた意欲の表れかは分からないけど、一番前の座席を陣取った。
講義開始の時間まで、まだしばらく。
その間も勉強は、止まない。
今日講義でやる所に目を通し、分からない単語は、事前に調べておく。
講義の時間は一分たりとも無駄にはできない。
聞き逃さぬよう今から準備するまでだ。
時間が迫るにつれ、続々と入ってくる参加者たち。
年齢も性別もバラバラ。
流石に極端に幼い子はいなかったが、それでも僕より若い子が普通にいた。
確か、王都の直属護衛隊の試験を受けるには、一級の資格を持ってないとダメみたいなことをエリッサさんが言っていた。
確か15歳の頃には、合格してたって言ってたもんな。
見習って頑張ると言うには、比べる壁が高すぎる気もするが、まあ、自分史上最大ペースで頑張るさ。
そうして辺りを眺めていたら、
「お隣いい? どうも最近目が良くなくてね」
僕の隣におば様がきた。
否定する理由もないから、僕はどうぞと返し……って!
「おば様!!! 合格してたんですね!!! 」
「あらっ、そういうお兄さんこそ。どこかで見た顔だわって思ったら……!!! 二級合格おめでとう! 」
紛れもない中級講義の時、僕の隣に座って共に講義を受けていた、あのおば様だ。
まさか合格してらしたとは……!!!
「また分からない事があったら聞いてもいいかしら? 」
そうルンルン気分で聞かれるが、以前の僕とは違う。
「任せてください! 自分、一年で受かる気でいるので」
平均合格年数五年のところを、一年で超えると。
暁音さん以外を前に初めて声にしてしまった。
『いい、悠里くん。目標はなるべく声に出すんだよ? その方が後に引けなくなって、目標に突っ走れるから』
と、昨日寝る前、暁音さんに言われたばっかりだから、つい声にしてしまったけど、やっぱり少し恥ずかしいな。
「まあ……!!! 頼もしいわぁ」
隣のおば様の期待に応える為にも、僕は勉強を頑張らなくてはいけなくなった。
後に引けないって、こういうことか……。
なんと言うか、軽いプレッシャーだな。
ゴーン、ゴーン。
チャイム替わりの鐘の音が、講義室中に響く。
すると、この教室にまた一人。
青色のしっかりとした装いの少女が入ってくる。
「あっ」
と、思わず声が漏れた。
紺の短髪を靡かせ、近づいてくる彼女。
僕より若い彼女の足は、僕の座る最前列を通り越した。
「今回、魔道講義上級を担当することになった、ゼラ・トートニウムだ。約六月、皆の担当として教鞭を振るう。未熟者たる私に指導される事、不満を持つ者もいることだろう。今日の講義を受けそうなお思うのならば、私の自費で返金を申し受ける。まずは、私の力量を皆の目で測って欲しい。どうか、よろしく頼む」
そう、ゼラさんだ。
中級講義の時、先生をやっていたあのゼラさん。
「私は昨年度、王都直属護衛隊の入隊試験に合格し、一年の研修としてここで教務をすることになった。皆の受験する魔導具使用許可1級認定試験は、入隊の上での前提資格となるため私も合格している。この試験において教えられることは少なからずあるはずだと自負している」
相変わらずすごい経歴を飄々と語る彼女。
一度試験を受けたから分かるけど、あれを15歳で超えるって、やっぱりすごいなこの人。
「付け加えて、あくまでも教務という立場上、年齢を弁えずこのような口調になってしまうことについて先に謝らせて欲しい。不快に思えば、先と同様、返金に応じる。本来ならばこのような態度許されるはずもないが、どうか寛大な心で見守ってほしい」
わざわざ口調を詫びるあたり、丁寧な人なんだよなぁ。
綺麗な赤い瞳の彼女は、挨拶を済ませるとすぐさま講義に移った。
「さて早速だが、ここにいる者は全て二級合格レベルだと聞いている。したがって、二級合格ラインまでの知識は前提に講義を進めて行くことにする。だが、不明な箇所があれば講義後の空き時間に対応する。ゆえに、どうか不明なままにするのはやめてもらいたい」
そういうと彼女は板書を書き進めた。
自分が空き時間に教えるから分からないままするなとは、まあ、なんとも熱心な教師だ。
日本の学校じゃ教員の残業代は出ないって聞いたことがあるけど、この世界でもそうなのかな……。
だとしたらゼラさんが質問に答えるのは、タダ働きってことだよな。
なんで彼女はそこまでしてくれるんだろう。
教師って仕事は、そんなに自身を切り詰めてしなきゃならない仕事なのかな。
もしくは、切り詰めるだけの理由が本人にあるのか。
どちらにせよ、大変な仕事であることには変わりないな。




