平日
鳥のさえずりが聞こえだす清々しい朝。
僕を遮るものは何もない、一種の自由の完成系と言ってもいい至福のひととき。
この至福が続くのは、自然と目が覚めるまで。
何にも縛られない自由な目覚めでスタートできるのは、異世界に来て良かったと思える事の一つ……だった。
だった。
そう、それは既に過去の話。
「ばーーーん!!! おはようございまーーーーす!!!朝ですよーーーー!!!」
元気な挨拶と共に、カンカンと鍋の蓋とお玉をぶつける音が僕の寝室中に響き渡る。
「暁音さん、うるさいって……!!! 」
「こうでもしないと、悠里くん起きないんだもん! 一日はもう始まってるんだよーーー!!! 」
パワフルな彼女とは反対に布団を被ってうずくまる僕。
カンカンカンカンカンカンカンカン。
あまりの騒音具合に、耳が悲鳴をあげている。
頭の中まで響き渡る痛さ、鼓膜が破けてしまいそうだ。
優雅な朝が一変、一体何がどうしてこんなことに。
「ほらっ、くるまってないで!!! 」
バッと布団を剥がされると、僕の身体はお日さまの元に晒される。
うう、日差しがまぶ……って、別にそんなことは無い。
というか、まだ日の出から間もないくらいだ。
「てっきり寝坊でもしたのかと思ったけど、まだ全然暗いよ外」
「そうだね。いつもならぐっすり寝てる時間だよ」
「じゃあ、なんで……? 」
「そんなの決まってるでしょ。さぁ始めるよ、勉強」
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まだパジャマ姿の僕は、乾いた目をパチパチさせて、フラフラする頭を何とか支えて、何とか机に向き合う。
「ねぇ暁音さん。いくらなんでも早いんじゃないの? まだ頭回ってないよ? 」
何度も出そうになるあくびを堪えて、僕は彼女に問う。
「フッフッフッ……甘いわね、悠里くん。一見、頭が回らないと思える早朝の勉強。だけど実際は、早朝が一番頭が回るという説が有力なのよ! ドヤァ!!! 」
「な、なんだってー(棒読み)」
……朝だから、暁音さんのテンションに乗りきれないな。
というか実際それは本当なのか……?
いくらなんでも朝なんて、勉強出来るほど脳が働いてるとは思えない。
だって直前まで寝てたんだよ……?
疑が多めの半信半疑状態の僕は、暁音さんの言葉を待つ。
「脳科学者の先生によると、起きてから約三時間は、脳からドーパミンやアドレナリンが出ていて思考力がグッと上がるそうなの。だから、勉強するなら朝がベストなの! 」
「は、はぁ……」
そうは言われてもなぁ……。
ドーパミン? アドレナリン? が出ているとして、じゃあ何故僕の頭は冴えていないんだと、素直な疑問が出る。
寝ぼけた状態で問題を解くより、完全に目が覚めてから解いた方が絶対点数が高い気がするよな。
「その表情、疑ってるねぇ……? 」
「まあ、うん。そんなわけないだろって思ってるよ」
「フッフッフッ……その通りだよ悠里くん」
「はぁ……ん? その通り? 」
「実を言うと私も疑ってるんだよ、この説」
「へ……!? 」
いや、お前も疑ってんのかい!!!
「いやぁ、さ。いくら根拠を出されても感覚で納得できないパラドクスみたいな物ってあるじゃない。その最たる例だと私は思うんだよね。朝がいくら脳内物質ドバドバで、脳みそフル回転してるんだ……って言われても、体験的に納得しきれるかと言われればそんなことは無いし、朝に弱い人とかはそんなわけないじゃんって思うんだよ。一説によれば、脳が完全に覚醒するまで起床から2〜3時間かかるとも言うし、それってさっきの話と矛盾してないってなるし……」
やっぱり暁音さんもそう思ってるんだ。
「じゃあなんでこんな時間に起こしたのさ」
「単純な話。強制的に勉強時間を確保するためだよ。朝のうちからやっておけば、夜うっかり寝ても、まだ勉強したことになるじゃない」
「保険ってこと……? 」
「まあ、そうとも言えるね」
勉強時間を確保するために、こんな朝からやるなんて。
「もしかして、寝る時間もないってこと……? 」
「いや、流石に寝ないと倒れちゃうから。私たちは合格することがここ一年の目的だけど、それ以前に健康に生きることが大前提。無理して勉強しろって昭和っぽい勉強論もあるにはあるだろうけど、それでどこか悪くしちゃって満足に勉強できなかったら元も子も無いでしょ」
「じゃあ、寝れはするんだね……よかった」
「でもその代わり、起きてる間は勉強最優先だからね」
こうして、僕の目の前には毎朝の早起きという一つの障壁が生まれた。
これから勉強の一日がが始まるわけだが、一体いくつの障壁が生まれるのだろうと、今から気が重い。
「じゃあ始めるよ、ハチマキ巻く? 」
「いや、いいよ……」
図書館から借りてきた書物を開き、昨日分からなかった単語の確認を始める。
勉強が辛く苦しい事なのは分かっていたことだが、実際にやって初めて分かる辛さがある。
これをあと一年……か。




