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悠里と試験勉強 2


「よし、お疲れ様。どうだった初めての1級試験は? 」


 どうだった、か。答えるなら、まあ……。


「よく分からなかった、かな。文章はちゃんと読めるんだけど、何を聞かれてるのかサッパリで……」

「まあ、そうだよね。初めてにしてはくらいついてたと思うけど、ほとんどちんぷんかんぷんだったでしょ? 」


 ちんぷんかんぷん、なんてそんな可愛らしい言葉で表していいのか躊躇うくらいボッコボコだったと思うけど。


「まあ……そうだね」

「ふふっ、そんな恥ずかしがらなくていいんだよ? 解けなくて当然なんだから」

「そういうもんなのかな……」

「そういうもんだよ。みんな初めてはこんな感じ。みんなここからスタートしていくんだよ。さてっ」


 暁音さんは、たった今採点が終わった答案を僕に手渡す。


「はい、どうぞ」

「……4点、か」


 4/200。これが今の僕の現状……。

 合っていたのは、一問目の計算問題だけで、他は全部赤が付いてる。

 飛ばした問題はもちろんの事、割と時間をかけて解いた問五も、一問も正解していない。

 分かってはいたけど、結果が目の前にあると一気に目標が遠く感じるな。


「合格って何点くらい……? 」

「回によってまちまちだけど、だいたい7割くらいかな」


 七割……。140点ってことだよな。

 4点をいくつ積上げたら、届くのか。

 計算したくもないな、壁の高さを一人思い知る。


「結構、心にくるでしょ……?」

「うん……。点数なんて取れないのはわかっていたんだけど、なんて言うか、ここまで滅多打ちにされるとは思ってなくて。自惚れてたんだって嫌でも分からされるというか」

「そうだよね。いやぁ分かるよ……。私もそのタイプだから」


 これまで生きてて取っちゃいけない点数をとったことは何度かあるけど、大抵は笑ってやり過ごしてきた。

 だが、今回、真剣にテストと相対して分かった。

 この点数は、自分と鏡なのだ。

 僕が4点で、4点が僕。


「これから伸ばしていけばいいってのはわかってても、プライドが傷つくじゃないけど、心にくるものがあるよね」

「壁は相当に高いのは分かったよ……だから、今日からでも勉強を始めないと」

「うん、その意気」


 悔やんでいても仕方がない。

 これが今の、2級合格ラインの僕の実力なんだ。

 今から点数を伸ばして、一年後には……合格を。



「暁音さん、何からすればいい」

「そうだね……とりあえず計画を立てようか」

「計画、何を基準に立てたらいいの? 」

「そりゃもちろん、この答案だよ。いい、悠里くん。試験を受けた後で一番大事なのは、間違いと向き合うことだよ。なんで間違えたのか、何が理由の失点なのか、しっかり向き合わなきゃ」

「向き合うか……」


 僕は、4点の答案にもう一度目を通す。

 思わず目を背けたくなるが、グッと堪えて間違いと向き合う。


「大問1からやってみよっか。悠里くんは、二問中一問正解。間違えた問題何が原因かな」

「大問1は、ただの計算問題だから、計算ミスが原因だ」


 計算ミスなら仕方がないが、ここがあってればもう少し点が取れたわけだよな……。


「計算ミスって言っても色々あるよ」

「えっ……? 色々って? 」

「繰り上げを間違えたとか、工夫して計算しなかったとかさ。計算過程を見る限り、ああ、ここだ。ここの繰り上がりが間違えてるよ。悠里くん、検算はした? 」

「検算って? 」

「間違えがないかもう一度計算することだよ。その様子だと……」

「やってない、です」

「じゃあ今度からしよう。検算するだけでミスはだいぶ減るからね。よし、じゃあ次」


 暁音さんが指さすは、二問目。

 


 一辺10mの立方体内の待機状態のエーテル5e/m³を理想エーテルと仮定する時、1イーサー当たりの温度を求めよ。ただし、エーテル定数をQとする。



「どこが分からなかった? 」

「どこが……って、全部なんだけど」

「んー、全部じゃちょっと大雑把かなぁ」


 大雑把だと言われても、全部分からなかったんだから、全部だよな……。


「もう少し詳細に、分析してみて」

「分析、ね……」


 空欄のままの答案を前に、僕は悩むフリをし続ける。

 分析、そう言われてもどうしたら良いのか。

 全部が分からなかったんだ、そんな僕がこの問題文をどう分解できよう。

 

「んー……」

「その様子だとお手上げって感じだね」

「なんて言うか、分析ってどうすればいいのか分からなくって」

「分析っていうのは、なるべく細かく仕分けることだよ。何が分かって、何が分からないのか分ける」

「そう言われてもよく分からないよ」


 正直、頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 

 

「例えばだよ、悠里くんは1イーサーって単語理解できた? 」

「1イーサー? ああ、全然……。問題文に出てくるまで聞いたこともなかった」

「そっか。なら、イーサーは分からない、と。線か何か引いておいて。じゃあ次、理想エーテルって何かな? 」

「理想エーテル……も分からないです」

「ふふっ、なんでかしこまるのさ。分からないのは恥ずかしいことじゃない。分からないままでいるのが恥ずかしいことなんだよ。だからこれから分かるようになればいいの。よし、とりあえず理想エーテルにも線を引いて」

「線、うん引いた」

「じゃあ次、エーテル定数は? 」

「分からない、からこれにも線、だよね」

「そう! そんな具合で仕分けていくの」


 結果、僕の問題文の三箇所に線が引かれた。


「線は引いたけど、これからどうすれば……」

「単語の仕分けが終わったら、次は問題を分ける。悠里くんは、この問題はなんで分からなかったの? 」

「えっと、何で、か。問題文の意味がわからなかったんだよな……」

「もう少し踏み込んでみようか。なんで問題の意味がわからなかったの?」

「何でって……知らない単語ばかりで何を聞かれてるのか分からなかった、から? 」

「じゃあ次にするべきことは……? 」

「……知らない単語を調べる。そっか、分析ってこうやるのか」

「何となくは分かったかな? 」


 何が分かって何が分からないのか、仕分けて、理由を深堀る。

 暁音さんと一緒にやったから出来たけど、なんとなくは掴めたかな。


「そんな具合で次行けそう? 」

「やってみる」


 自己流にはなるが、続く問三、四と分析を続ける。

 知らない単語に線を引いて、理由を深堀る。


「これもこれも、知らない単語ばかりで意味がわからなかった、と。こんなんで大丈夫? 」

「大丈夫かどうかは今後の悠里くん次第だよ。分析から何を見いだして、どう活かすか。それもまた勉強だよ」

「そっか……ん、これ」


 流れ作業のようになっていた分析の手が、ふと止まる。


「どうかした?」

「いや、この問題は知らない単語で意味がわからなかった訳じゃないなって」


 僕が手を止めたのは、問五の(2)。

 


 (2)魔導士Xは3秒間のチャージを行った。その後放った魔法が30m先の的でちょうど消失した時、この時のエーテル加速度を求めよ。なお、空気摩擦定数はuとする。

 


 僕はこの問題の回答を、a=F/Eとしたんだけど、答えは15MV/u という全く違う記号たちの組み合わせだった。


「どれどれ……ああ、この手の問題ね」

「聞かれてる言葉の意味は分かるんだけど、答えが全然違って。これはどう分析すれば……」

「んーそうだね。答えに解説が載ってれば、ひとまずそれをなぞってみるのがいいんだけど……それもないとなると、まあ、先生あたりに聞くのが一番だろうね」

「助けて暁音先生!!! 」

「よし任された。と言っても、現段階で解説出来るところは無いんだよね」

「無い……? 」


 一体どういうことか、解説できないってそれほど難しい問題ってことなのかな……。


「一言で言うなら、悠里くんに知識が足りてないんだよ」

「……だいぶ直球だね」

「傷ついたならごめん。でも、ほんとなの。悠里くんには今圧倒的に知識が足りてない。これは、知らない公式や論理が必要な問題。だから、それを知ってからじゃないと解説することすら出来ない」

「つまりスタート地点にすら立てないと」

「言い換えるならそうだね」

「こういう問題を分析するならどうしたらいいの? 」

「方法は二つ、一つは今から公式や論理を全て学んでこの問題を理解できるラインまで自分を持ち上げる。そして、もう一つは……」

「もう一つは……? 」



 

 

「未来の自分に丸投げする」



 


「……!? 」

「一見、丸投げなんて逃げに思えるかもしれないけど、逃げで結構。だって、今立ち向かっても勝ち目が無いわけだし。撤退するのは賢い選択だよ」

「でもそれでいいの?」

「もちろん、そのままはなるべく良くない。だから、"未来の自分"に丸投げなの。分からなかった時用のノートを一冊用意して。そこに分析不可の問題をファイリングしていくの」

「ファイリングね。じゃあこの問題が第一号になると」

「そんでもって、それを定期的に見返す癖をつけてね、一週間でも一ヶ月でもいいから。その問題は解決するまでは絶対残しておくこと。分からなかった問題は、君の財産になるから」

「財産……? 」

「間違いは、全て得点を伸ばすチャンス。胡散臭いかもだけど、これは紛れもない事実。少し先の話になるけど、悠里くんは色んな知識や論理を学ぶことになる。そしてそれらは、あまりに膨大できっと全ては抱えきれない。きっといくつもの物がポロポロと零れていくだろうね。そして、君は何を落としたかすら分からずに進んでいく。こればっかりは人間だもの仕方ないよ。けど、もしそんな時に、落し物を拾い直せるチャンスがあるとしたら」

「それが、そのノートだと」


 僕の得点に繋がるノート……。


「騙されたと思ってまあ、つけてみてよ」

「分かったよ」


 そうして僕は正解した4点以外、196点分の分析を終えるまで、図書館に居続けた。

 気がつけば空には、星が浮かぶ頃になっていて、時が経つのは早いものだなと痛感する。



「明日からは、ここで講義を受けてもらうからそのつもりで。いよいよ本格的に勉強漬けになるよ……? 覚悟は出来ていて? 」

「……まあ、やるよ。大丈夫」


 自信はない。が、やると決めたならやるしかない。

 いよいよ始まる、僕の受験勉強の一年が。

 


 

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