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第3話

「行く?」

「外だよ。夏芽の言ってた雨上がりの匂い、嗅ぎに行くチャンスだろ?」

「あ、うん。行こうか」



 本来の目的はそうだったのに、彼との会話が心地よくて半分以上忘れていた。いつもは一人だったから、さっさと行くのに、天羽くんといるといつもと調子が違う。この心地よさを抜け出したくないが好きなものは避けたくない。だから、彼に続いてトレーを持って返却口に向かった。

 ショッピングモールのテラススペースに行くと、春なのに日差しが強いせいか水溜りがきらきらと輝いていた。植わっている樹々と草むら、花の濃い匂いも強いが土と混ざったものも感じる。

 いい匂い。

 私の大好きな匂い。

 だけど、今日は特別好きなものだった。

 隣に共感してくれると思う異性がいるからかもしれない。



「へぇ? 前はあんまり気にしてなかったけど、なんか安心する」

「でしょ? 爽快とも違うけど、落ち着くから好き」

「夏芽はこれがずっと好きなんだな。わかるかも」

「……ありがとう」



 お礼を言うのは変かもしれないが、何故か言いたくなった。

 天羽くんも不思議に思ったのか、小首を傾げていたけれど。



「なんでお礼?」

「なんか。言いたくなって」

「変わってるな?」

「変でごめんね」

「悪い。からかったつもりはないよ。率直な感想」

「それだと、天羽くんも変わってるね。こんな同級生の趣味に付き合うだなんて」

「だって、俺らもう友だちだろ? お試しはとりあえず終わり」

「ふふ」



 気負わない相手とこんなにも会話が続くのも、たしかに変かもしれないが楽しかった。

 だから、いつもより多く笑えていたと思う。気持ちの方も、単純な好意から恋愛に変わるのも結局早くて……そこから、大学以外で二回ほど同じお出かけをするようになってから、私から告白したのだ。



「いいよ。俺でよければ。俺も夏……和香のことはずっと気になっていたから」

「ほんと?」

「今だから言うけど、ゼミで会った時から。……だから、くじでペア組めたのは嬉しかった」

「……ありがとう」



 そこから雨上がりのタイミングを狙うために、デートをする回数が増えていく。キスとかセックスとか、そんな恋愛行動だけじゃなくてお互いの趣味を共感できる機会もとても楽しかった。今までの恋愛関係とかが子どもの遊びとかに思えるくらい、充実した過ごし方。

 熟練夫婦のような関係かもしれないけど、慧くんとの過ごし方は本当に充実してて楽しい。ゼミ以外の講義が被ったら隣に座って、ときどきこっそり会話する時間すら楽しかった。何気ない日常に、雨上がりの匂い以外のことが加わっただけなのに、笑顔も絶えない。なんて素晴らしい出会いが出来たのだろう。もともと志望校じゃなかったけど、慧くんと出会えたことが一番の理由だったと思えるくらい鬱気味だった気持ちが塗り替えられた。

 ただそれは、私だけではなく慧くん自身にもあったことはその年の夏に知った。


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