ヒーラー探偵、現る
夜の帳が下り始めた小さなの街の、とある古い宿屋の一室で、若い男が頭から血を流して床にあおむけに倒れている。
「……被害者は、額に鈍器で殴られたような傷があり、ほぼ即死か」
「はい、宿屋の店主によると、今から二時間ほど前に、この部屋から争うような声が聞こえたそうです」
「ふむ……」
被害者の側に立っている二人の男は、刑事だった。店主からの通報で駆け付け、現場の検証をしている。
「その、争っていた相手を店主は見たのか?」
くたびれた茶色のコートに身を包み、ろくに手入れのしていない汚い口ひげを生やし、白髪まじりのオールバックをキメた中年の刑事が、灰色のコートを着た黒髪の若い刑事に問いかける。
「誰かが、あわてて出て行く気配があったそうなのですが、姿は確認していないそうです」
「そうか。他の宿泊客は?」
「今日部屋を取っていたのは、この男性だけのようです」
ヒゲの刑事が、じっと被害者を眺める。
「……店主から、もう少し詳しく聞いてみるか。ちょっと呼んできてくれ」
「わかりました」
若い刑事が部屋を出て行こうとしたその時、ドアが開けっぱなしの部屋の入口から、一人の男が入ってきた。
「どーもー、ちょっと失礼しますよ」
黒いズボンをはき、茶色いチェック柄のベレー帽をかぶり、茶色のケープを羽織った金髪の眉目秀麗な青年が、一直線に被害者の元へ向かう。
「おい、誰だアンタ。勝手に被害者にさわるんじゃない」
「まあまあ、かたいこと言わずに」
青年が被害者の横でヒザをつくと、右手をかざしブツブツと呪文を唱え始めた。
「ブツブツ……えーい、リザレクション」
呪文を唱え終わると、清らかな白い光が被害者を包み、ゆっくりと消えて行く。
「おい、一体何をして……」
「ん、んん……」
「!?」
ヒゲの刑事が青年を問い詰めようとしたその時、被害者の若い男が唸りながら目を開けた。額の傷は綺麗になくなっている。
「……蘇生魔法だと? 僧侶の中でも、大僧正レベルにならないと使えないっつう代物だぞ」
「んー……ここは? 誰だい、あんたたち」
「どうも、こんにちは。記憶はありますか?」
青年がほほ笑みながら、優しい声で被害者の男に問いかける。
「記憶? えっと、俺は……あぁ!!」
被害者の男が、勢いよく体を起こすと、ズボンの左右のポケットを、慌てた様子でまさぐった。
「やられた! ちくしょうあの野郎!」
「あの野郎とは、誰のことですか?」
「店主だよ! ここの! あいつ、俺が迷宮で拾ったレアアイテムを見せた途端、襲いかかってきやがってよ!」
「なるほどなるほど、宿屋の店主にやられたんですね。ですってよ、刑事さんたち」
青年が振り向き、二人の刑事にニコリと屈託のない笑顔を向ける。
「……おい、今すぐ店主をとっ捕まえてこい」
「は、はい!」
若い刑事がドタドタと足音を立て、慌てて部屋から出て行った。
「さて、それじゃ、僕はこれで。お仕事頑張ってくださいね」
無駄のない所作でスッと立ち上がり、右手を上げて部屋を出て行こうとした青年を、ヒゲの刑事が引き留める。
「待ちな。……アンタ一体何者だい」
部屋の入口に立ち、振り向くことなく青年は答える。
「ただの通りすがりのヒーラーですよ」
コツコツと小気味よい足音が部屋から遠ざかって行く。
「……やれやれ、傷害致死が、殺人未遂になっちまったな。なあ、アンタ。面倒くさいからもう一回死んでくれねぇか?」
「冗談じゃねえよ!」
「はーっはっは! そりゃそうだわな」
こうして、どこからともなく現れた謎の青年によって、事件は解決(?)した。一体彼は何者なのか? それは、あなたが被害者となったとき、わかるのかもしれない……。
――おわり――
お読みいただき、ありがとうございました。