王の思惑―王様視点―
この少女を一目見たとき、私は感嘆のため息をもらした。
理由はたくさんあるが、まずはあの少女につく精霊が、月夜の精霊だったからだ。
暗い闇に夜が支配されないのは月夜の精霊の力のおかげである。その力の大きさは闇には勝てないものの、闇の力をある程度おさえることができるほどの力であり、大精霊に近い大きさの魔力をもつ。闇を押さえつける分、闇と常にあることから、人に従わぬ月夜の精霊ほど嚢魔になりやすいときいたことがある。
ここ数年は特に嚢魔が出てきだしたため、月夜の精霊も姿を表さなかった。またこの一週間での嚢魔の量から、また月夜の精霊が何体か嚢魔になっているとの情報も聞いた。
久方にみる月夜の精霊は、蒲公英色の暖かい光でこの謁見の間の人間を照らし、心の闇を消してくれるかのようであった。
二つめに驚いたのが、その月夜の精霊がまれにみるほど懐いているということだ。
月夜の精霊は人を好まない。闇の近くにいるからこそ分かる、人の闇をずっと見てきたからだろう。だからこそ、人に従わず嚢魔になりやすい。
しかしこの少女への懐きようはすばらしいといってもいいだろう。ずいぶんと長い間一緒にいるのだろうかとは想像してみるものの、あそこまで人に懐いた精霊を私は今まで見たことがない。しかも月夜の精霊が懐くとなると、この少女の魔力と心の綺麗さが高い位置にあるのだろうと考える。
そして三つ目に驚いたのが、私に従う大精霊たちが、その少女をみた瞬間にかけよろうとしたことだった。
大精霊たちは人の心に敏感だ。だからこそ、心の綺麗な人間にはなすりついたりする。しかしここまで極端に近寄ろうとしたのは初めてだった。
これらの精霊たちの様子から、私はすっかりこの少女に関心を持った。
このまま帰してしまうにはあまりにももったいない存在であるし、ここまで精霊に懐かれるわけを知りたくなった。
そして願い事の内容を聞き、私はこの少女と話してみたくなった。
しかし、一つ気に掛かることがある。
騎士団団長がこの少女を救出したとき、気をつけろと私に言ってきた。この者にはなにかがあると。
始めに出没した嚢魔は、報告によると牛に寄生した精霊による嚢魔であった。
しかし、騎士団団長が現場にかけつけたとき、嚢魔は牛型ではなく能力を使える魔獣に進化しているレベル2の嚢魔だったという。
そして少女の傍らには普通の牛が一頭倒れていた。
このことから、嚢魔はなんらかの力によって牛と精霊に分散した。そして騎士団団長が攻撃したレベル2の嚢魔は違う場所から現れた嚢魔だということになる。
そしてその場所に倒れてはいるものの重傷を負っていない少女。
明らかに異常な現象であり、なにがあったのかは予測すらつかない。
これが、私がこの少女を警戒する理由だ。
この少女を侍女にすることを決めたのは、決して精霊が懐いているからだけではない。
騎士団団長の忠告を聞き入れ、監視するためでもある。
あの少女自らが仕事を希望したことは予想外だったが、その願い事の内容に私はますます少女を好ましく思った。
今まで願い事を言ってきた人間とは明らかに違っていたからだ。
もちろん少女の願い事の内容を、言葉通りにそのまま信じるわけにはいかない。
私はこの国の陰を取り除く役目がある。疑うべきことが一つでもあるならば、私はけっして信用してはいけない。
しかし、野生の勘ともいえる百発百中の騎士団団長の勘が、今回は良い意味で外れて欲しいと、私らしくもなく思った。
騎士団団長の勘どおりに、この少女がこの国に悪影響を及ぼすようであれば、私は少女を死においやらなければならない。
ただの杞憂で終わることを、柄にもなく私は願う。
精霊に好まれる人間は、きっと人々にも暖かな光をともすだろうから。