-第9話-出会う
毎日の仕事はすぐに慣れるわけもなく、今日もライラさんにたんまり叱られた。
食器を運ぶ途中に足を滑らせて転び食器(20枚)を割ってしまったり、壺を運んでいるときに貴族が廊下を歩いているのに気づかず早歩きで追い抜いてしまったり、紅茶を蒸す温度を間違えて最初から全部やり直しになったりと、今日は特に目立つミスを何個もしてしまった。
ほんわかなライラさんも仕事のミスをすると顔が鬼のようになるため、怒られるときにはいつも体がちっさくなってしまう。
そしてその後必ずといっていいほど自己嫌悪におちいるのだ。
さすがに今日のミスの連発には、自己嫌悪を通り越してもうダメダメオーラが自分の周りをおおってしまう。
なんでこんなに失敗してしまうんだろうか。
今日は特にひどかったものの、小さいミスは毎日してしまうというだめっぷり。
私のあまりの落ち込みように、ライラさんも
「私も最初のころはよくミスしてたわ。次気をつければいいじゃない。」
と慰めてくれたが、気遣いまでさせてしまったことにまた自己嫌悪。
私は周りに甘えてしまっている。
叱られたあとでも自分で折り合いをつけ、周りに気を遣わせないようにすることこそ仕事ができる人だと私は思う。
なのに上手く切り替えができていないし、むしろ切り替えどころか叱ってくれた人から慰められる始末。
ああもう!
ぐちゃぐちゃと考えれば考えるほど嫌な方に深まっていく思考。
マイナスオーラがだだ漏れな自分を誰にも見られたくなくて、みんなが向かう食堂のほうではなく、森のほうへと勝手に足が向かっていた。
そして気がつけばあの湖が見えてくる。
湖をのぞくと思い出すのは、私が毎日通っていた湖に、動物たちや精霊たちと遊んだ思い出。
ああ、動物たちや精霊たちに会いたい。
今まで毎日が忙しくて、ゆっくりする時間がなかったのだが、いったん思い出すと一気にホームシックにかかってしまった。
きこりのおじさんおばさんに、動物たち、あそこの湖周辺の精霊たち、そして地球にいるお父さんお母さんに兄弟たちに犬たちに、大和、に。
ぶわわーーっとあふれてきて、涙がぼと、ぼとぼとっと目からこぼれてくる。
(帰りたい。)
(みんなに会いたい。)
体の回りに黒いもやがかかっていく。
この世界にきて、たくさんの人と出会えた。
もちろんきこりのおじさんおばさんには、感謝してもしきれないし、まだほんのちょっとしか恩返しもできていない。
(それでも、もとの世界にかえりたい。)
黒いもやが大きくなってゆく。
(この世界にきてから身についた、従わせる能力なんていらない。)
(私を本当に知る人たちのもとにもどりたい。)
(この世界のひとたちに嘘なんてつきたくない。)
(お父さんに、お母さんに全部全部はき出してすがりついて泣きたい。)
なにもかもぼんやりとしてくる。
自分の体の周りのもやはもう、辺りを見渡せないほど黒く、大きく体にまとわりつく。
(それがだめだというならば)
(もとの世界に戻れないというならいっそ)
(いっそ)
( しにたい )
ただただ声もださずぼとぼとと涙を流していると、不意に周りが暖かい風で包まれていることに気がつく。
そして体から発光するかのようにほんわかとした光が辺りをぼんやりと照らしてくれる。
周りを見渡すと、心配そうな風精霊と蒲公英色の精霊。
二人とも気遣うようにこちらをみていた。
だいじょうぶ?と語りかける目はあまりにも暖かくて、光が暖かくて、心をおおっていた闇がみるみる晴れていく。
じんわりと暖かくなる感覚とともに、自分が考えていたことにおもわずぞっとする。
私はなぜあんなこと考えた?
自分が自分ではない気分だった。
まるで、闇が心に巣くっているような。
そのとき蒲公英色の精霊がふるふると震えていることに気がついた。
どうしたの?ときくと
(・・・あのときみたいな感覚が、しずくからしたの。私が・・嚢魔に、なったときの。)
ぞくりと、する。
私はもしかして闇にとらわれる寸前だったのだろうか。
ふいに弱くなっていた心を、闇につけ込まれそうになった。
この世界のことを聞いたときに、闇には気をつけろと再三言われたことを思いだし、あらためて闇の怖さを実感するとともに、精霊たちに本当に感謝した。
精霊たちがこなかったら私はどうなっていたのだろう。
とくに蒲公英色の精霊の光はすごかった。
体の端まで一気に温まった感覚がした。
「二人ともありがとね。」
まだ涙が潤む目で精霊たちを見ながらへへっと笑うと
(いまちょうどいいから契約しちゃいましょ。)
だなんて、元気になったしずくをみて安心したのか、いつもの調子で風の精霊がいってきた。
いやいやだから私契約してもらうほど魔力なんてありませんから。
むしろ魔力なんて皆無だよ。私異世界人だし。
だなんて反論しようとしたが、
いつの間にか体を這う風の気配。そして今さっき以上に輝く光。
精霊たちは呪文を唱え、私をじっとみると
(しずくは、受け入れてくれるよね?)
といってなにか、精霊たちの手から緑色の光と蒲公英色の光が、ふよふよとこちらにただよってくる。
それがちょうど胸の間に来たかと思うとまたもやじんわりと体が暖まってくる。
さらになぜか力がみるみると沸いてくる気がする。
「ふぁ・・・!?」
あまりの気持ちよさと、突然よく分からない力があふれてきたことで、おもわず声が漏れる。
しゅううという音とともにだんだんさっきのとおりに戻っていく空間。
(よし!契約成功―!!)
何が起こったのか全くわからず精霊たちをみると、手をたたき合って喜ぶ精霊たち。
え、契約終了すか?
ああそういえば精霊の契約って精霊たちが勝手にできるんだった。
相手の人間が拒むならば契約はできないが、この子たちを拒むなんて、私はとてもじゃないが無理だ。
というわけで契約は成功。
がっくしと、肩を落とす。
私はとてもじゃないけど、精霊二人も養っていけるほど魔力があるとは思えません。
「私と契約してもなんにもプラス面ないよ!絶対損してる!悪いこと言わないから契約を解除したほうが・・・!」
「しっ!だれかくる!」
断固抗議だー!とおもって精霊たちに話しかけるが、風の精霊は小声でそういったかと思うとたちまち姿を消す。
へ?っと体を思わず身構える。
後ろでがさりと音がしたかと思いふりかえると、そこには180センチを超えるだろう巨体の男がたっていた。
こちらにゆっくりと歩み寄ってくると同時に、陰になっていた顔が月夜の光によってあらわにある。
黒がかった青の、耳にかかるぐらいのさらりとした短い髪。
軍服の上からみてもわかる鍛え抜かれた体。
そして、どこまでも透き通ってみえる、ガラスのような水色の瞳。
無表情の、どこか神がかった綺麗すぎる容姿にしずくは思わず息をのむ。
ライラさんから教えてもらった、騎士団の情報が頭をめぐる。
緑の軍服は通常の騎士員。青の軍服は幹部。
そして彼が着ている黒の軍服は、騎士団団長の色。
どうやら彼は、私が嚢魔に倒され、気絶寸前にみた騎士団団長本人らしい。