02 サークル名を決めるのは意外と難しい
大学での授業が終わって午後五時すぎ。
今日も別段何をするわけでもないが、サークル棟にある教室に足を運んだ。
下月が来るかは分からないけれど、部長の俺は毎日部室に顔を出している。
もしかしたら入部したい生徒が来るかもしれないなからな。
いざという時にいないんじゃあ話にならない。
そんな考え事をしながら、扉を開けると、先に来ていた下月が大声で話しかけてきた。
「そもそもサークルの名前が良くないんだと思います」
ほうほう、と思いながら俺は荷物を床に置き、下月の向いに座った。
「何でまた急に」
「私も部員集めに協力するっていうことです。今までは先輩に任せてばかりでしたが、このままでは大学生活四年間があっという間に過ぎてしまうなと思ったんです」
おお、これは頼もしい。
「だからまず部員獲得の為にはサークル名を変えようって言うことか?」
「はい!」
うーむ。
しかし今のサークル名は俺が三日三晩考え続けた末に、思いついた究極で完璧な名前なんだ。
それを変えようって事は、下月はさぞかし良い名前を持ってきたっていう事か。
「それじゃあどんな案を持ってきたんだ」
「案はまだないんですけど……」
「何?そうなのか。俺はてっきり下月が名案でも思いついたのかと思ったよ」
なら、別に変える必要なんてないじゃないか。
「でも!!」
と下月は声を荒げて、立ち上がった。
「今の名前だけは絶対にないと思います!」
「ん?そうか?結構良い名前だと思うけどなぁ。『青春謳歌サークル』なんて」
「それですそれ。壊滅的にダサすぎるんです!!大体なんですかその安直な名前は。今どきサークル名に『青春』とか『謳歌』とか付けないです。いや、少し訂正します。今どきではなく今世紀始まって以来、サークル名にそんな恥ずかしいワードを入れているサークルなんて存在しないんです」
「そ、そうなの?」
「当たり前です」
はぁ。と大きくため息をされた。
「いかにも陰キャ大学生が考えた気持ち悪い感じが、名前から漂っています」
そこまでなのか!
確かに、あらためてこの名前をみると少し痛い気もするが……
『青春謳歌サークル』
いや、結構痛いなこれは。
こんな痛い名前を考えた、気持ち悪い陰キャ大学生は僕です。
「もしかして、もしかしなくても、今までこの名前のせいで部員が入らなかったのか?」
「その可能性は十分にありえます」
そういうことだったのか。
日頃からおかしいなと思っていたんだよ。
面白い活動内容(嘘)に個性豊かなメンバー(嘘)をあれだけ宣伝しまくったのに、部員はまだ二人。
これには何か原因があるはずなんだ。
その原因がサークル名だったのか!!
そうと分かれば話は早い。
「よし。それじゃあ今日は新しいサークル名を考えようじゃあないか!!!」
「オーー!」
下月も元気よく返事をした。
「でも、どういう方向性で行けば良いと思う?」
「そうですね。この際、『青春』とかいう曖昧なワードは使わないようにしましょう。具体的に何をするサークルなのか分からないじゃないですか」
「それは一理あるが……しかし下月。そのワードを抜かしてはこのサークルのアイデンティティを失ってしまうんだ。なんとかその言葉だけは生かす方向で……」
「却下です」
結構ドスの効いた声で言われた。
「はい」
「アイデンティティとかプライオリティとかそういうのを気にするのはもう辞めましょう」
プライオリティは始めから気にしてはいないが。
「とにかく、まずは人を集める事が大事です。なので思い切って軽音サークルとかダンスサークルとかいう名前にしましょう。こういう無難な名前にしたほうが人は入ってきやすいと思います」
「待て待て。あくまでこのサークルは音楽もダンスもしないんだぞ。そんな嘘の名前にしても良いのか?」
「勧誘の時に私にあれだけ虚言を吐いた先輩が、今更こんな嘘を気にするのはおかしいです。何か変な物でも食べましたか?」
「そもそも俺は嘘なんてついていない。俺はあの時未来の話をしたんだ」
「でもそんな未来は来なかったじゃないですか。見てください、この現状を。毎日およそ青春とはかけ離れた事をしているではありませんか。それを嘘と言うんですよ」
うっ。
くそ。
また、後輩女子に言いくるめられてしまった。
「よぉぉし。こうなったら、嘘を付きまくって人数を集めよう。もうこの際何でもありだ!!」
「いいですね先輩。そのいきです」
「軽音とダンスだと男子があまり入ってこないかもしれないな。よし、ならフットサルとバスケも追加しよう」
「いいですね!
私最近手芸が趣味なので『ハンディクラフト』とかも入れちゃっていいですか?」
「もちろんだ。あと勉強ができない子を助けるという意味で『課題レポート助けますの会』ってのも入れよう。あと浪人生に寛容だってう意味を込めて、サークル名の冒頭には、『多浪大歓迎!!』、元犯罪者の方々も受け入れるという意味で『犯罪歴があっても大丈夫!』なんてのもつけよう」
「ちょっ、ちょっと!?悪ふざけが過ぎませんかね」
「大丈夫、大丈夫。これくらいが丁度いいんだよ。でもこれじゃあサークル名が長くなりすぎるな。よし。軽音、ダンス、フットサル、バスケ、ハンディクラフトの部分はそれぞれ頭文字をとって『ケダフバハ』とかにしよう」
「もやは何だか分からなくなってますよ!」
「分かる人にだけ伝われば良いんだよ」
「こんなの、分かる人なんて存在しませんよ!?なんですか『ケダフバハ』って。この謎の言葉を聞いて『あー軽音、ダンス、フットサル、バスケ、ハンディクラフトの事か』なんて理解出来る地球人はこの世に存在しません」
「お前は今までだいぶ狭い世界を見てきたようだな」
「ま、まさか!?存在すると言うんですか?この謎のワードを理解出来る人物が……」
「ふっ」
俺は意味深な笑みを浮かべた。
下月の、ゴクリっと唾を飲み込む音が聞こえた。
「わ、分かりました。そこまで言うのなら先輩に任せてみます……」
こうして我がサークル名は
『多浪、犯罪者大歓迎!!課題レポートを助けるケダフバハの会』
という名前になったのであった。
後日談。
当然この名前は大学に通らなかった。
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