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風の声が聴こえる人は聴け

作者: 森川めだか

風の声が聴こえる人は聴け

            森川 めだか


「何で僕が模範囚になったかを説明するとだな、お前らよく聞いとけ、お前らも模範囚になりたかったらだな。(俺はこの同房の男どもに勝手に名前を付けている。少年兵AとタイプライターTだ)

(AやTは内心、俺を恐れている。お前らのようなケチな窃盗や詐欺の累積犯罪じゃなくて、殺人だからな、殺人。一発でKOだ)

何? お前のワルさ加減なんて聞いても仕方ない。まあ、俺の話を聞けよ。俺の絞め殺したのはolds&stanのじいさんさ。すっかり腰の曲がったかわいそうな・・、知らない? そんなこと知るか。洋服屋の店主さ。俺はそこに雇われたんだ。

お前らが耳をそばだててるから言ってやるが俺はまだ22だ。そう若いんだ。お前らよりずっとな。何? 半分もいかないって? そりゃそうだな。

俺は大学を出て、・・そう、お坊ちゃんさ。そこに雇われたばかりだった。そうだな・・、とどのつまり俺はここにいるのは、神のお導きがなかったってことさ!

(こいつらが俺のことを何て呼んでるか、あれの時にティシューを使うからティシューだと。へどが出るぜ)

自分の罪は傲慢だったってことさ。」

カッカッ、看守の靴音が響く。三人は黙り込む。新入りが入ってくるか何か言い渡されるかどっちかだからだ。

血管のような裸になった木が空に伸びている。

「・・目の前に教会があってね、窓に映る景色はシンデレラ城さ。絞め殺さなければ、いや、俺はどうかなっていたかも知れない。死んだらちったあ感謝する気持ちも起こるんじゃないかと思ってね。

こうして監房にいると高校の寮生活を思い出す。(こいつらに言っても分からないか)

覆水盆に返らず・・。

あれからこのかたバカばっかで、絶望的にバカばっかなんだな。

お前らと同じデニムのつなぎなんか着ているが、同じ人間だなんて思うなよ。俺は縛り首になったって仕方ないんだ。

他人っていうのは憎たらしいばかりでね、俺の言う他人ってのは自分以外ってことだが誰かが話したことなんかには興味ない。

俺は不眠症なんだ。寝たと言っても昼寝くらいなもんさ。きっと、もう一生分眠っちまったんだな。

それが日増しに悪くなってくる。

「眠りたい」――は罪なのか」

突然の雨に道路も豹柄になってヨタヨタと歩いてくる年嵩の男が見える。

「よお、新入りだ」

カッカッ、とまた看守の靴音。

「お前ら、セノシュだ」

それだけ言って、その年嵩の男の背を押して、看守は行く。

セノシュと呼ばれた男はこっちを見ようともしないで部屋のすみに行く。

「(チッ、あだ名を付けるひまもなかったぜ)

昨日はよく眠れたか? 新入りさん」

「ああ・・、お陰さまで」くぐもるような声。

A「煙草でもどうだ、セノシュ」

「ああ、ありがとう」ゆっくりフカす。

T「何した?」

「第一級だ」

俺以外は、押し黙る。こんなイカさない老人が殺人だって?

「何の話をしてたのかね? 私に構わないで続けてくれ」

「あ、ああ・・、俺は朝から晩までセンタープレス機の前で粘ってた、その店はバカみたいにズボンをプレスするんだな・・」

その背の低い鷲鼻は部屋のすみに影のようになってしまっている。

A「おい、よく聞けよ新入り、こいつみたいになったらいつもの茶色いハンバーガーの上にとろりとチーズを挟んでもらえるんだからな・・」

セノシュは肯く。

紺色の空。タイダイ模様の空。

「ゴミ置き場みたいな街の中で・・(俺は喉が詰まっちまったみたいに話しにくくなってしまった)

いや、僕ね・・(童貞なんですよ)」言いそびれる。

T「何だってお前みたいな老いぼれが殺しをやったんだ?」

「いや、行き場所がなくてね・・。

コンテナ通りでホームレスをやってたんだが」

少年兵Aがセノシュの腕をむき出しにする。くりからモンモンでも入ってるのかと思ったのか。その老人の腕は白く、肌がたるんでいる。

T「行き場所がないか、ありきたりなイカれた老人だな」

セノシュは口元だけで笑う。

「私も馬鹿に苦しめられた人生だったよ」

だしぬけにセノシュが言う。

「愛にも金にも恵まれなかったよ」

「知った風な口聞くな!

(なぜだろう、この男は俺の神経を逆なでする)

俺は少しでも眠りたいんだ、眠りたいからこんな事を・・」

雨の足音がする。こんな静かな夜なのに。

「分かってないなあ・・」ティシューはうなだれる。

「ある種の人間には」

セノシュは指を一本立てる。

「ある種の人間には・・」しどしどと夏の雨が降ってきた。

蝉が争うように鳴いている。

指を一本立てたままで口を開いて黙っているセノシュを追い越して俺は言う。

「俺に絞め殺されて背骨を折って死んだじいさんなんてな、見物だぜ、そいつは客をずっと待ってんのさ。その昔、そのまた昔、一人の若い男がコートを買って行った。だが、その男が言うには、必ず取りに来ます。じいさんはそれを真に受けてそいつが取りに来るのをずっと待ってる。

お笑い草だ。そんなことがなかったらこんな店、早く閉めちまいたがってやがんのが分かるんだな。俺のことなんかどうでもいいんだ。

目が太ってんだな。はたまたあの店主が天才だったのかもな」

雨終わりにパチパチと拍手のような音がする。

ウシガエルのような遠くのバイクの音が響く。

T「今までの話からじいさん、お前、神とやらを信じてるのかい?」

A「プンプン臭うぜ」

「ああ、その通り。私の人生は神に導かれた人生だった」

A「神に愛されているなら、ティシューのように食事の後にサワークリームももらえるだろうぜ」せせら笑う。俺は自分が笑われたみたいに胸がムカつく。

「コリュテーンダーのようにかね」セノシュは鼻で笑う。

(何だってこいつは俺の本名を知ってるんだ?)

「君は覚えているかね?」セノシュは透きとおったあの青い瞳で俺を見る。

「いや、あんたのことなんて覚えてないね」

「私は君のことをよく覚えているよ、よくね」そしてまたあっちを向いてしまいやがる。

「いや、私は少し寝るよ。今日は、疲れた・・」セノシュはそう言って横になる。それを潮目に少年兵AもタイプライターTも黙り込む。夜の闇の中で。多分、眠ったのだろう。

夜が窓から入ってくる。セノシュのように。

俺も少し眠くなって、足を伸ばす。

目を閉じて、神よ、汝に少しの憐れみがあればこのまま死なせたまえ。

カッカッ、寝る間もなく看守の靴音が響く。いや、少し眠ったのか? もう明け方になって空が青くなっている。

俺らは背すじを伸ばす。

セノシュ一人がシャツの背を伸ばし、何かを待っている。

A「じいさん、あんたはどうやら天国送りらしいぜ」

(これが同房いじめの震え上がらせる一番始めの手だ)

「それが神の望む事なら」

セノシュは俺らの前でまた手錠をかけられる。多分、房を移動するだけだろうが・・。

「いや、もう少し早くあんたと会えてたらよかったよ」俺は言う。

(違う、これは同房いじめじゃない)

「じゃあ、行くね。坊や」セノシュは俺に顔を向ける。

そして、肩を叩き、「雷のようにいい事は悪い事の後に来るもんさ」

セノシュは背を丸めてしょっぴかれる。

AとTはそれをニヤニヤして見送るが、俺は喉がカラカラに渇いてひっついちまう。

「エロイエロイラマサバクタニ・・(神よなぜ我を見棄てたもうたか)」

何のために闘ってきたんだろう。

手錠をかけられ連れてかれるセノシュに俺は後ろから布を被せたくなった。

あのolds&stanで縫われたケッタイな布をね。

神に導かれたんならセノシュの人生はいい人生だったろう。

そうさ、俺の人生は・・。


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