捕縛
俺たちは小さな漁村に漂着した。船はおおかた無事だったが破損したところも多く、もはや目的の港まではたどり着けないと、船おさの判断でこの地に上陸したんだ。
そこは唐の福州の赤岸鎮というところにある小村で、村人のほとんどが漁民というごくありふれた村だ。最初は村の長の家に招かれたが、ほどなくして県の役人が来て、俺たちを縄で縛った。そうだ、俺たちは捕縛されたんだ。なんと俺たちは海賊とまちがわれてしまったんだ。
――こうして筆をとっていて、いまここでこれを読んでいるお前が大笑いしていると思い、俺は少し腹を立てている。まあそれはおいといて――
捕縛された俺たちは大きな砦のようなところに連れていかれ、それぞれ分かれて収容された。まあ船夫以外は海賊には見えなかったようで、それでも監視に兵はつけられていたが、扱いは悪くはなく、ちょっとした自由も与えられた。
「手紙を書きたいだと?」
「は」
「海賊風情が誰に宛ててだと?」
「それが…長官に直々にと申しておりまして…」
この地を任されている蘇英俊という代官は、それを申し出ている若者を知っている。ときどき庭に出て、そこらに生えている草木を不思議そうに眺めているのを何度か見かけ、そうしてたまらず声をかけていたのだ。それは浜で捕縛した海賊の嫌疑をかけられている倭国から来たなかのひとりだった。
「なにをしている?」
そう声をかけられても振り向こうとしないその倭国から来た青年は、しゃがんでただひたすら何かをやっていた。連れていた従者が無礼だとその青年を立たせようとして蘇はやめさせた。若者が必死に何かを薄い木の札に書き取っているのが見えたからだ。
「そこのあんた、なにやってんだ?」
そう気さくに声をかけてみた。なんとなく、権威ぶってそれをかさに着て言うと、きっとこいつは何も話さなくなる、そう思ったからだ。
「はあ」
ようやく振り向いた若者は、蘇たち役人に気がつき、ゆっくりと立ち上るとちょこんとお辞儀をした。
「ちょっとその…庭に生えている草木が気になって…」
「どこにでも生えてるような草木が気になったというのか?」
不思議だと思い蘇は思わず聞いてしまった。だって何のへんてつもない植木だ。特別な草木でもなく、どこにでも生えているような草木を、この男は気になると言っている。いったいどういう意味なのか、むしろ蘇はその方が気になった。
「俺の国じゃ、この草木はありません。えと、そっちとそっちの木は俺の国でも生えています。まあ海で隔てられてて、そういうこともあるでしょうが、気になるのはこの見たことのない草木のほうの植生です。綺麗に咲いている花びら自体も興味ありますが、何よりこの木のまわりの土です。これのほうが驚きです」
「ほう、そうかね。そいつは『夾竹桃』という木だよ。花が可愛いだろ?庭木には好んで植えられるのさ」
「ふうん…」
青年は何に感心しているんだろう?いや眉をひそめている。この草木を見たことがないと言った。では初めて見ただけで、この草木の本当の姿がわかったのか?この見た目可憐で美しい花の木の、本当の怖さを?
「これ、ヤバいやつでしょ?」
青年はそう言った。