第98話 襲撃イベント
2030年7月30日
マリンワームを倒して数日が経った。
あれからマリンワームは最初に倒した翌日の7月27日に5匹しか出てこなかった。
全て倒しきったのか、それとも他の場所に移動したのかそれは分からないが、サンマリーナのビーチには平穏が訪れた。
マリンワームを倒した翌日から砂浜の穴ぼこを俺が土魔法で埋める作業が始まった。
カレンとミーシャには土魔法を使えることを教えてはいたが、信じられないという表情で作業を見ている。
そして昨日全ての穴ぼこを埋めて今日から海開きをしたのだが……正直言って困っている……それは今俺の目の前で起きている現象だ。
「ねぇ。君たちどこから来たの? 女の子だけで寂しいだろうから俺たちといい事しようよ」
もうこれで何組目だろうか? ここに来る男たちはみんなクラリス、エリーを中心にナンパをしてくる。
本当に俺が見る限り野郎連中はみんなナンパをしてくる。
クラリスとエリーは正直かなり挑発的なビキニのような物を着ており、それに対してカレンとミーシャは控えめな感じだ。
「私たちぃ。実はぁ。全員婚約者がいるんでぇす」
【黎明】女子はもう何回言ったか分からないくらい同じ言葉を言っている。
その度に男たちは、「今日だけでもアバンチュールしようよ」とか「俺たちの方が絶対に楽しませることが出来るから」とかなかなか諦めない。
エリーやカレンが出自を言えば絶対に男たちは引き下がると思うのだが【黎明】女子たちはそれを絶対にしない。
むしろナンパ待ちをしているようにも見える。
そしてあまりにしつこくナンパをしてくる男たちがいると待ってましたとばかりに【黎明】女子が俺の所に来る。
俺の所に来る男たちももう何組目だよ……今度は獣人でゴリラっぽい男4人組だった。
「よぉ兄ちゃん、兄ちゃん1人でさすがに4人はもったいないだろ? せめてこの金髪の子1人だけでも俺らに回せや!? なぁ?」
金髪の子ってエリーの事か……獣人のくせに金獅子のエリーの事も知らないのか?
「いえ、それは出来ません。全員僕の大事な女性ですので」
俺がすましてそう言うと獣人の男が俺の肩に爪を立ててつかんでくる。
ちなみに俺はトランクス型の海パンのみ着ているので胸ぐらを掴まれる事はない。
「僕の肩を掴んで気が済んだのであれば、もう帰ってください。僕はあまり獣人の方々を敵に回したくはないので」
俺がそう言うと獣人の男たちが
「兄ちゃん少し鍛えているからって、相当調子に乗っているな!? あぁん!? 俺たち獣人がどれだけ偉くて強いか分かっているのか? 俺たちのセレアンス王立学校は今年も含めて何年も連続で闘技大会を優勝しているんだぞ!? お前らとは体の作りが違うんだ! 分かったか!?」
はぁ……なんか今回の男たちが一番質悪い……腹も立ってきた……
「闘技大会って新入生のやつですか? 今年は我々リスター帝国学校が武術の部も魔法の部も優勝しましたよ? それに人族と獣人の体の作りが違うのは教えてもらわなくても分かりますよ?」
俺と獣人の男たちの会話を女性陣が楽しそうに見ている。
他のナンパ師たちも俺たちに注目をしている。
俺の言葉に腹を立てた獣人の男たちは
「てめぇ! なめた口利きやがって! 分からせてやるよ! 獣人の恐ろしさを!」
なんか獣人ってこんなのが多い気がするのは俺だけだろうか? たまたま俺が変な奴らばっかり見ているのだろうか? 4人の獣人たちが一斉に俺に襲い掛かってきた。
このまま殴られるのもいいんだが、さすがに婚約者たちに幻滅されてしまう。
仕方ないので俺は4人の獣人をウィンドで海に飛ばした。
これで一件落着と思いきや、エリーが
「……あいつら……泳げない……死ぬ……」
「え!? なんで? 犬かきくらい出来るんじゃないの?」
「……ゴリ族……泳げない……」
俺が獣人たちを飛ばした海を見ると男たちは明らかにおぼれていた。
はぁめんどくさい……泳げないでなんで海に来たんだよ……あれ? 海って何しに行くの? 俺は日本で海に行ったことないから分からない……
仕方なく獣人たちを助けてやると、また絡んできたので
「また海に飛ばすよ?」
と俺が言うと獣人たちは黙った。
そして追い打ちをかけるかのように、ようやくエリーが
「……パパは元セレアンス公爵バーンズ・レオ。私はエリー……こっちの銀髪は……有名な股間クラッシャー……クラリス……」
エリーがそう言うと獣人たちは股間を抑えて顔を青くしてエリーとクラリスの顔を見る。
ちなみにクラリスとエリーはすでに喧嘩をしている。
「どうか、クロさんのようなことはしないでください。俺たちはセレアンス王立学校1年の下っ端だったんです! もうしませんから、俺の……俺たちの息子だけは……!」
獣人たちが土下座をして俺たちに対して謝る。
それを周囲の人たちが驚いたように見る。
「もういいから。帰ってください。しつこいナンパはやめるように」
俺がそう言うと獣人たちは一目散に逃げて行った。
この騒動を見ていた他のナンパ師も俺たちから距離を取るようになった。
「ごめんね。最近ずっとマルスがモテていて私たちも少しはモテるという事をマルスに見せつけたかったの。まぁ予想通りクラリスばっかり声かけられていたけど」
「最近マルスばっかいい思いしていたからね。少しは妬いてくれたかな?」
カレンとミーシャが俺の隣に座った。
「やっぱり妬いちゃうものだね、気にしないようにしていたけどダメだった」
俺が素直にそう言うと、クラリスとエリーが俺の後ろから抱きしめてきた。
「ごめんね。学校でもエーデ先輩と色々あったから、ちょっとだけマルスを困らせようと思っただけなんだ」
「……うん……ごめん……」
クラリスとエリーも謝ってきた。このタイミングで眼鏡っ子先輩の事を言うとは……もしかしてエスパーか?……
「あの……後でみんなに話したいことがあるんだけど……いいかな?」
俺がそう言うとみんなが頷いた。
俺たちは夜まで海で適当に浮かんだり、追いかけっこしたり時間をつぶした。
そして俺たちは今サンマリーナ侯爵の屋敷で宴をしている。
最初に宴をしてから毎晩宴が開催されているのだ。
このサンマリーナの街で海開きが出来ないという状況は死活問題だったらしい。
だから毎日のように俺たちを呼んで宴を開いている。
「サンマリーナ侯爵、もうこの街も安全そうですので、僕たちは明日隣のメサリウス領に向けて出発します」
「おぉ。お前たちのおかげで我がサンマリーナ領の危機は救われた。本当に心から感謝する。ありがとう。メサリウス伯爵領に行くということは……分かっているのか?」
「えぇ。事情は何となくですが、聞いております」
「そうか……メサリウス伯爵の事も助けてやってくれ」
俺とサンマリーナ侯爵の会話を聞いていた【黎明】女子たちが不安そうに俺を見ている。
俺は女性陣に経緯を説明した。
「実はある人……ダメーズ・バーカー元男爵からサンマリーナ侯爵の隣のメサリウス伯爵領、つまり俺たちがここに来るときに通った、眼鏡っ子先輩の家の領地にバルクス王国から攻め込まれたという連絡が入った。なぜ俺とダメーズさんが連絡を取り合っているかということは察してくれ。もともと前から小競り合いはあったようだが、今回は少し規模が大きいらしい。【紅蓮】の指名クエストがそれ関係の事か分からないが、俺は手伝えることがあれば手伝おうと思っている。みんなにも付き合ってもらっていいかな?」
するとみんなもちろんと言ってくれたが、カレンが
「マルスはバルクス王国の人間たちと戦っても平気なの?」
と聞いてくる。俺は素直に
「情けないことに全く平気ではない……だけど何かできないか足掻いてみるつもりだ。それにこれは完全に他人事ではないからね」
俺の答えにカレンは満足してくれたようだ。
俺たちはサンマリーナでの最後の宴を楽しみ明日へそなえた。
2030年8月1日
俺たちはサンマリーナ侯爵領を出発した。
出発の際にサンマリーナ侯爵が盛大に送り出してくれて、またクエスト完了の報酬の他に金貨10枚も俺に持たせてくれた。
「今度はもっとゆっくり来たいわね」
クラリスがメサリウス伯爵領へ向かっているときにそう言うとみんなが頷いた。
メサリウス伯爵領はサンマリーナ侯爵領の隣でリスター帝国学校へ帰る際に必ず通る道だ。
当然サンマリーナ侯爵領へ来るときも通ったのだが、来た時と全く様子が違った。
サンマリーナ侯爵領を出てメサリウス伯爵領の領地内に入るとやたら魔物が多かった。
「来る時もこんなに魔物多かったの? 往路はワゴンの中でみんなとおしゃべりしていたからあまり覚えていないんだけど……」
ミーシャが走りながら俺に話しかけてきた。
今回は俺だけでなく【黎明】のメンバー全員で魔物を討伐している。
サンマリーナではほぼ俺だけでマリンワームを倒していたから、他のメンバーの勘を取り戻すためにだ。
「そんなことは無い。さすがにこれは多すぎるな。まぁ弱い魔物ばかりだから別に問題は無いけど……」
イルグシアの時の魔物達の行進くらいの魔物量かもしれない。
弱いからと言って倒さないでいると街に被害が及ぶので、俺たちは魔物を見つけ次第、多少遠回りになっても殲滅していく。
魔物を殲滅した後、【黎明】女子メンバーが馬車のワゴンに入って一休みをしている時に、俺たちはこの旅始まって初のイベントを体験した。
4年前にザルカム王国からバルクス王国へ帰る時にもなかったイベントだった。
リーガン公爵の本の紋章とフレスバルド公爵の火の紋章が装飾された馬車が襲われたのである。










