第57話 獣王との交渉
「よし、全員揃ったな」
ギルドマスターのラルフがそう言うとその場に居合わせた俺たちは頷いた。
俺、アイク、クラリスにジーク、マリア、黒い三狼星、蒼の牙、赤き翼にカーメル辺境伯だ。
「獣人たちはどうなった?」
ジークがラルフに聞くと、カーメル辺境伯が答えた。
「バーンズ以外は協力してくれる。やはりバーンズの要求は予想した通りでな。申し訳ない」
「バーンズ様の要求は何なのですか?」
アイクが聞くと
「フローラという女性をアルメリアに連れてきたら参戦してやるとの事。まぁ迷宮飽和が起きれば契約通り責務は果たしてくれるが、多少はこの街に被害は出てしまうだろう……」
「フローラさんは連れて来ることは出来ないのですか?」
「あぁフローラはAランクパーティに入ってしまってな。もうバルクス王国にはいないのだよ。今はもうこの世界のどこかの難易度が高い地域か迷宮にいるはずだ。Aランクパーティは国からの依頼で大変だからな」
Aランクパーティなんてまだ見たことないな。いつか会ってみたいな。
そんなことを考えているとジークがカーメル辺境伯に
「辺境伯の騎士団は動かせないのですか?あとここ以外の冒険者も」
「うむ。動かせることは動かせる。実際騎士団を向かわせてはいるが……我が騎士団は私が言うのも情けないんだが、あまり強くなくてな。優秀な冒険者も昔はアルメリアに居たのだが、戦争で駆り出されてな。一番有望な冒険者2人は結婚してしまって今は残念ながら天領の子爵となってしまっていてな」
カーメル辺境伯がジークとマリアを見ながら言うとジークが
「申し訳ございません。辺境伯には大変目をかけて頂いていたのですが……」
「よいよい。それにその子爵の子供にも協力してもらっているのだ。私も卿にはとても感謝しているよ。この件が無事に済んだら2人で……いや夫人と3人で話ができないか?」
「えぇ。承知いたしました。ですが今はアルメリア迷宮のことを考えましょう」
「あぁ。そうだな。何やら作戦を考えてきてくれたようだが? 良ければ話してくれないか?」
ジークとマリア、蒼の牙、赤き翼はイルグシアからこのギルドマスターの部屋に来る前に状況を確認するためいったんアルメリアの家に来て、俺たちが事情を説明していた。
そしてどうするべきか少し話し合ってからここに来たのだ。
「はい。それでは明日の作戦を。まずアルメリア迷宮の1層の敵は全て1匹残しで潜ります。これは常套手段ですが、退路をより安全にするためです。湧き部屋でもない限り全滅させてなければ、その部屋の魔物は湧いてこないというのは、もう皆さんご存じでしょう」
ジークがみんなを見回すと俺とクラリス以外は頷いていた。
俺は凄い昔にそんなことを聞いたことあったなと思ったが、クラリスは全く知らなかったらしい。
「1層最後の部屋に着いたらこの部屋でも1匹残しをします。ただこの部屋の魔物だけはできれば拘束をしておきたいと思っております」
まぁこれだけの戦力だから縛りつけることくらいは余裕だろう。
「そしてこれからが本番なのですが、戦闘場所は1層と2層の間。つまり階段を考えております。恐らく蟻1匹を攻撃した時点で大半の蟻は1層を目指してくると思われます。そこでマルスに階段付近に風の範囲魔法トルネードを放ってもらって、蟻たちを攻撃します。ここまで良いですか?」
ジークがラルフとカーメル辺境伯に聞くと2人とも頷く。
「マルスの読みではトルネード1発では蟻たちを瀕死、もしくはかなりのダメージを与えることが出来るかもしれないが、倒しきれないと予想しております。また大量の蟻の為、トルネードの威力が弱まり、蟻たちがトルネードを抜け出して1層に入ってくると思われます。その1層に入ってきて弱っている蟻たちを俺たちが殲滅しようという作戦です」
「さすがにマルス君1人でずっと階段の所に魔法を撃ち続けるのは無理じゃないか?」
「えぇ。もしもマルスのMPが切れた時には土魔法や水魔法で階段を塞ごうと思っております。ですから土魔法と水魔法を使える者は全員MPを消費しないように行動します。3時間粘ることが出来ればマルスのMPが多少戻ると思うので、その後は状況を見てからの判断という事になってしまいますが……また退路の方も確実にするために我々以外の冒険者の迷宮への侵入を禁止にして頂きたいです。ほかの冒険者が1匹残しの魔物を倒してしまう可能性がございますので。彼らには万が一を考えて迷宮前に待機してもらえるといいのですが……」
ジークがラルフの方を見ながら言うとラルフは「分かった」と言ってうなずいた。
カーメル辺境伯が他に何かないかという顔をしていたので
「僭越ながら申し上げます。今お父様が仰ったことはバーンズ様が戦闘に参加する前提での話となります。バーンズ様が戦闘に参加なさらないのであれば、どうにかして戦闘に参加するように巻き込むというのも手ではないでしょうか? おそらく我々だけでは間違いなく全滅してしまうと思いますので……」
「というと……アルメリアの街で戦うということか……」
「はい。もしも我々が全滅し、バーンズ様だけで蟻の大群と戦った場合どうなるでしょうか? 例えバーンズ様が勝ったとしてもアルメリアの街はとてつもない被害を受けると思うのですが……」
「確かに……迷宮での戦いが少しでも厳しいと思ったら、早めにアルメリアの街に戻ってバーンズと共闘するというのが最善策かもしれないな……」
「バーンズ様をもう一度説得して頂けませんでしょうか?」
「……無理だな……少なくとも私では。今からマルス君1人で行ってもらっていいかな? バーンズが唯一ここで認めた人間だからな。私が何を言っても事の大きさに気づいてもらえないかもしれないが、マルス君が言ってくれればもしかしたら説得できるかもしれない」
1人で行くのはさすがに怖い……けどカーメル辺境伯の依頼だしなぁ……
「畏まりました。それではバーンズ様とお話しさせていただきます」
結局明日の作戦は先ほどの戦い方でピンチになったら、いやピンチになる前に撤退戦をし、なんとかバーンズを巻き込み市街戦をすることになった。
☆☆☆
「何の用だ? もうお前と話すことは無いと思うが?」
なぜかバーンズはガラス張り部屋の中にはおらず、ガラス張りの部屋の前に居た。
まだガラスの修理はしていなかった。
バーンズが不機嫌そうな声で言うと、俺は少し怯えながら
「はい。どうしてもアルメリア迷宮に同行して頂きたくお願いに参りました」
「くどい! 俺は迷宮飽和が起きたら手を貸す。だがそれまではここを離れる気はない!」
「僕たちがアルメリアの迷宮で全滅してしまうとこのアルメリアの街もかなりの被害を受けるかもしれません。ですが一緒に共闘できればアルメリアの街が被害を受けるという可能性も低くなると思います」
「別に俺はこの街がどうなっても構わん。ただ契約の為に手を貸すだけだ。もしお前たちが全滅したら俺はここを出ていくだけだ」
うーん。なんかバーンズが言っていることがめちゃくちゃな気がするのは俺だけか?
ここから離れる気がない……だけど街はどうなってもいい……
俺が少しその場で思慮を巡らしているとバーンズの後ろから1匹のライオンが現れた。
そのライオンの頭には赤いリボン。そして左目が潰れている……という訳ではないかもしれないが、かなりの傷を負っている。
もしかしたら、バーンズと同じ部屋にいたのはこのライオンだったのか?
だけどこの前バーンズは女の子と呼んでいたはずだが……
「おい、もう帰れ。フローラを呼んでくるまで俺はここから動かん」
「最後に。フローラ様を連れてきてバーンズ様は何をなさるつもりですか?」
「知れた事よ。このエリーの呪いと傷を治させる」
バーンズはそう言うと赤いリボンのライオンの方を見る。このライオンがエリーというのか。
うん? 傷を治す? っていうともしかしてフローラは……
「もしかしてフローラ様は神聖魔法が使えるのですか?」
「あぁそうだ。だから俺はリスター連合国ではなくバルクス王国に入ったのだ。まだこの国には神聖魔法使いが1人いると聞いていたからな」
「フローラ様は凄い神聖魔法使いなのですね。呪いを解けるとは」
「まさか。聞いた話によるとフローラはヒールしか使えん。まぁ今はもう少しまともになっているかもしれないが。ただ過去に神聖魔法使いが呪いを解いたことがあるというのを聞いたことがあるからな。解呪できるまでやらせるさ」
バーンズが俺の方を見ながら言うと更に続けた。
「おい。もしお前がどこかでフローラを見つけたら俺の所に連れてこい。いいな?」
「はい。分かりました。ですがこの街が無くなってしまうとバーンズ様がどこに居られるのかが分からなくなってしまいますが……」
今度はバーンズが逡巡しているようだ。もしかしたらもう一息か?
「僕はお父様にリスター連合国のリスター帝国学校に行くように言われております。その際、様々な場所に立ち寄ってフローラ様を探すことは可能ですが……どう致しましょうか?」
するとバーンズが
「おい。マルスだったか? 明日また来い!」
そう言ってバーンズは部屋に戻った。
明日までじっくり考えるのであろう。
恐らくバーンズはあまり身動きが取れない。
それはエリーがいるから。エリーを守りながら他の街を転々とするのは無理だろう。
だから自分でフローラを……神聖魔法使いを探しに行くことが出来ないのであろう。
俺のことを少しでも信用してくれれば、先ほどの提案を受け入れてくれるかもしれない。
それに俺も帰ってからジークに相談することがある。
神聖魔法を使えるという事をバーンズに教えてもいいかだ。
俺が呪いを解ければこの場で解呪をしてもいいかもしれないが、俺はそのような魔法を知らない。
最悪なパターンなのが、俺がエリーの傷を治すことによって、神聖魔法が使えるという事を知ってしまうと、解呪するまでずっと監禁されてしまう可能性があるかもしれない。
俺は考えを巡らせながら、家に帰った。










