第527話 ラースの力とオリハルコン
扉の向こうでは、アイク、スザク、ビャッコ、ビラキシル侯爵がラースを囲むように対峙していた。さらにその周囲には、リーガン、そしてフレスバルドの両騎士団の姿も見える。
俺が急ぎ彼らのもとへ駆け寄ると、会話の断片が耳に届いてきた。
「……ただ、トイレに行きたかっただけなんだがな」
ラースの声は冷静で落ち着いていた。いや、むしろ静かでありながら、どこか深みと重みのある響きだった。
ミリオルド公爵のように操られた者特有の虚ろさはなく、自我を確かに宿した声音だ。
「だったら妙な動きはするな! コソコソと何を企んでいた!」
アイクが一歩踏み出し、激しく詰め寄る。
「一介の執事が、何を企むというのですか……?」
ラースは自らを執事と称しているが、ただの従者とは思えない只ならぬ雰囲気を放っていた。
俺が彼らの輪に加わった瞬間、ラースの視線が鋭くこちらを射抜く。
「君は……確か、ヨハンに敗れた少年……マルスだったか」
「はい。マルスです。よろしければ、お名前をお聞かせ願えますか?」
俺の問いかけに、一瞬だけ言葉をためらったラースだったが、仮面の奥の眼差しはなお鋭く、やがてあっさりと名を口にした。
「……ラース、だ」
俺の質問に答えると、彼は即座に問い返してきた。
「聞けば、君はエリーという娘と婚約しているそうだな。実に見目麗しい娘と聞いている。どこにいるのか、教えてはもらえないか?」
――やはり、ヨハンの言っていた通りだ。こいつの狙いはエリー。
「はい。エリーとは婚約し、親しくしております。しかし、彼女の所在を明かすことはできません」
「……なるほど。じゃあ質問を変えさせてもらう。君は特異体質かなのかね?」
「……魔眼が効かないということを仰りたいのですか?」
「左様。ここですべての魔眼が封じられるということは知っているが、闘技場で君を鑑定できなかったらね」
こいつ堂々と鑑定していたことをばらしやがった。
それだけではない。この天界石の性質まで知っていた上で、ここに来たというのか!?
その胆力はやはり自信からきているのか……?
だが、それを逆手にとれる。
俺は、あくまでもとぼけることにした。
「ここでは魔眼が使えないのですか? ……少し試してみてもよろしいでしょうか?」
ラースは、薄く笑んだように見えた。
「構わない。どうせ、何も視えはしないだろう」
――よし、食いついた。
「ありがとうございます。では、早速……試させていただきます」
【名前】ラース
【称号】剣王・呪術王・火王・暗黒王
【身分】人族・平民
【状態】呪い
【年齢】34
【レベル】92
【HP】548/548
【MP】1758/1854
【筋力】188
【敏捷】188
【魔力】212
【器用】201
【耐久】224
【運】1
【固有能力】転生術(Lv5/G)
【特殊能力】魔眼(LvMaX)
【特殊能力】呪術(Lv8/B)
【特殊能力】剣術(Lv10/A)
【特殊能力】槍術(Lv7/B)
【特殊能力】斧術(Lv6/C)
【特殊能力】弓術(Lv8/B)
【特殊能力】体術(Lv5/A)
【特殊能力】火魔法(Lv10/A)
【特殊能力】水魔法(Lv8/B)
【特殊能力】土魔法(Lv8/B)
【特殊能力】風魔法(Lv7/C)
【特殊能力】暗黒魔法(Lv10/A)
【装備】偽装の腕輪
予想はしていたが――いや、それでも、あまりに規格外だ。
表示された特殊能力の数は、常軌を逸していた。
亜神様が言っていた。「転生を繰り返すごとに、転生術のレベルが上がり、引き継げるステータスや能力がどんどん増えていく」と。
その通りの存在が、今ここに立っている。
ステータスも、まさしくバケモノ級。
この化け物が、未来視まで備えていたとしたら……正面からぶつかれば、どうやっても勝ち目はない。
ヨハンが何度挑んでも勝てない――それも、今ならよく分かる。
……だが、見えた。
敵の全貌が。
これだけでも、こちらにとっては大きな一歩だ。
相手を知りさえすれば、手は打てる。
そう思った時だった――
「――貴様、今……何をした?」
ラースの声が低く響く。
その目が、鋭く俺を射抜いていた。
「鑑定をしていいとおっしゃいましたので。視えませんでしたが、試したまでです」
天界石が散りばめられた場所では、視れない設定だからな。
……なのに、ラースの目は剥がれない。むしろ、ますます鋭さを増していく。
「普通の鑑定ではない……今のは、心の奥底を覗かれるような感覚だった」
……やらかしたか?
「僕にそんな大層な力はありませんよ」
俺は、平静を装って肩をすくめてみせる。
内心は――汗が噴き出しそうだったが。
ラースはしばらく俺を凝視していたが、やがてふっと視線を逸らす。
「……そうか。まあいい。どうやらトイレは見つからなかったのでな。戻らせてもらうよ」
そう言い残し、ラースは仮面の下で笑みを浮かべたような気配を残しながら、再びダンスホールの方へと歩き出す。
大胆にも敵意むき出しの俺たちに対し、背を見せるラースが扉の向こうに行くのを確認すると、アイクが俺の肩に手を置いて訊ねてきた。
「マルス、今の……鑑定できたのか?」
他の面々も、緊張を引きずったまま、俺の答えを待っている。
「……はい。視えました。とんでもない能力の数でした。おそらく、常人の枠にない存在です。絶対に一人――いや、二人でも行動は避けた方がいい。恐らく戦闘経験も桁違いかと……」
俺がステータスを共有すると、皆の表情が強張った。
「すみません、僕はもう戻ります……ダンスホールには、クラリスがいますので」
ラースが最も警戒している相手。
それが、クラリス。
俺は足早にその場を後にする。
心臓の鼓動が、早まっていた。
廊下の静寂を抜けると、ダンスフロアに灯されたシャンデリアの光が目に飛び込んできた。
視線を下に向けると、皆がダンスを楽しんでいる。
その中心――
すべての視線を集めていたのはクラリスだった。
中央で舞う彼女の姿は、天使そのものだった。
天から降る光が銀の髪を照らし、風に揺れるように優雅に広がる。
ステップを踏むたび、制服のスカートがひるがえり、透き通るような白い太ももが一瞬だけ姿を見せる。
誰もが、息を呑んでいた。
男たちは圧倒され、言葉を失い――
女たちですら、嫉妬を超えて魅了されていた。
「やっぱり美人にごてごてした装飾なんていらないな」
「ですね。シンプルなネックレスとイヤリングが、逆に映える」
「確かに。でも一番目を引くアクセサリーはそれじゃない」
彼らの視線が、一点に集中する。
クラリスの、しなやかに舞う白い指先――
淡い光をまとった金の輝きが、シャンデリアの灯りにきらりと瞬く。
……ん? 待てよ……?
脳裏に、先ほどの記憶がよぎる。
さっき、ヨハンが妙に食い入るように見ていたもの。
まさか……そういうことだったのか――!?
そういえば――この世界には、あの風習が存在しない。
現に、この場に招かれたカップルたちを見渡しても、誰一人として、互いの手に『夫婦』の証を嵌めてはいない。
そうか、ヨハンはこれに気づいたのか……。
俺たちの左手薬指に燦然と輝く、オリハルコンの指輪に――
新作投降してます~
6/21まで毎日更新
PVは付くのですがブクマやリアクションがつかないので、見てくれる人は是非にm(__)m
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