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23章 青年期 ~リスター帝国学校 3年生編~

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第526話 一葉知秋

 ビートル辺境伯は多くを語らなかった。

 それでも──言葉の裏にある思いは痛いほど伝わってくる。


 王は声も権威も枯れ果て、代わりに響くのは「戦争」の二文字のみ。

 民の暮らしなど視界に入らず、ガナルや東リムルガルドも荒れ放題だ。

 領主が腐っているなら廃嫡し、善政を敷ける者を据えれば済むはず。

 それすら動く気配がない。たとえ水面下で策を練っていようと、結果は一向に良くならない。


 それに、蓋を開ければ、上級貴族の席には悪魔族。

 ミリオルド公爵は魂をどこかに落としたまま、仮面で顔を隠し、目は虚ろ。


 対外侵略に血道を上げる一方、国内では貴族同士が骨肉を削り合う。

 ここまで綻びだらけで、よく王国を名乗れるものだ。

 ──もはや詰んでいる。そう断じても差し支えないだろう。


 内情を知らぬ俺でさえ、ザルカムの末期ぶりは肌で感じる。

 ならば、国の裏表を知り尽くすビートル辺境伯は――なおさらかもしれない。


「マルス。協力までは望まん。ただ、いざという時は黙っていてくれ。私がどんな手を打とうとも」


 その眼差しには、退路を断った者の覚悟が宿っていた。


「――王を討つおつもりですか?」


「いや。ザルカム王にはいてもらう方が好都合だ。敵は、あいつらだ」


 辺境伯の視線の先――ダンスホールの隅で群れている四人の影。


「なるほど……ビートル辺境伯とは、これからも良い関係を築けそうです」


 深入りはしない。だが、孤軍奮闘するビートル辺境伯へ、俺の気持ちだけは伝えたかった。

 その想いを汲んだのか、辺境伯の表情にわずかな笑みが戻る。


「呼び出して悪かったな――ほら、曲が変わるぞ。お姫様の前には、また長蛇の列ができる」


 ビートル辺境伯の視線を追う。その先にはフレスバルド公爵と踊るクラリス。

 その背後で、次の順番を狙う男どもが群れていた。


「ですね。では、失礼します」


 頭を下げてホールへ戻った瞬間、音楽が切り替わる。

 男たちが一斉にクラリスへ手を差し出すが、俺が前へ出て告げた。


「申し訳ありません。クラリスはずっと踊りづめでしたので、少し休ませていただけますか?」


 列から漏れる落胆の溜息を背に、俺はクラリスの手をそっと取り、二人用のソファへと導く。


「大丈夫だったか?」


 と、言っても俺はずっとクラリスを見ていた。

 誰と踊っていたのかはすべて覚えている。

 アイク、ジーク、ミック、ビラキシル侯爵にフレスバルド公爵。

 どの顔ぶれも、安心してクラリスを任せられる相手ばかりだ。

 きっと彼らも、俺の不安を少しでも和らげようと、手を取ってくれたのだろう。


「ええ、なんとか。でも少しゆっくりしたかったから、ありがと」


 そう言って微笑むクラリスと肩を並べ、俺たちはテラス脇のソファでしばし静かな時間を過ごした。

 ――その穏やかさが、長く続くはずもないと知りながら。



 そして――ついに、奴らが動く。


 一人は、リーガン公爵を目指して歩み、

 一人はホールの出口へと影のように消え、

 一人はフロアをさまよって物色する。


 残る最後の一人――


「やあ、クラリスさん。さっきの約束、覚えているよね? マルス君に勝った褒美――僕と一曲、お願いしたいんだ」


 邪悪な笑みを湛え、ヨハンが俺たちの目前に立つ。


 ラースはすでに扉の向こうへ。

 アイク、スザク、ビャッコ、それにビラキシル侯爵がその影を追尾した。


 リーガン公爵も視線を走らせたが、目前に現れたミリオルド公爵をないがしろにはできない。


 クラリスは涼やかな微笑みを作り、差し出された手にそっと触れる。


「ええ。私も――あなたと踊りたかったわ、ヨハン」


 その瞬間だった。

 ヨハンの身体がビクリと痙攣し、血管が蒼黒く浮き上がる。

 首筋から耳裏へ、うねる影――まるで寄生する蟲が皮下を走ったかのように。


 ――そういうことか!

 ラースたちがクラリスを見つめた、あの視線。

 あれは美貌に見惚れていたわけでも、色気に飲まれたわけでも、香りに心を奪われたわけでもない。


 神聖魔法使いを――【聖女】の気配を、体内の蟲たちが本能的に拒絶し、奴らに伝えていたのか!


 思い返せばライナーも同じだった。

 呪われていたときは、ただクラリスを遠ざけ続けていたではないか。


 ――そしてヨハンも、その因果に気づいていたに違いない。

 だが確証を得るため、あるいは自らの役割を演じ切るため、またはラースの命令に従いあえて接触を図った


 そういえば、ズルタンがゲドーと取引をしていたときのことを言っていたな。

 ゲドー曰く、ミリオルド公爵は神聖魔法は見つけ次第即殺す、と。


 しかし、ゲドーはそれに逆らい、別の者にリーナを売りさばこうとしていたとサーシャからも聞いた。

 その理由が今、はっきりと分かった。

 このような事態を避けるためか!


 俺程度の神聖魔法使いであれば、蟲も過剰な反応は起こさないが、クラリスともなれば話は別……ということか!

 

 だがヨハンは相変わらず、邪悪な笑みを崩さない。


「不思議だね。クラリスさんに触れた途端、僕の体が――ほら、こんなにも悦びで震えてる」


 皮膚下を蠢く影は止まらない。それでも彼は涼しい顔で、クラリスの手を離そうとしなかった。


 しかし、その異様な蠢きに気づいたクラリスは、恐怖を抑えきれずに指先を震わせている。


「ヨハン、悪いんだけど、クラリスは慣れないダンスでまだ疲れているみたいなんだ。もう少し後でいいか?」


 俺はそう言って、右手を下に、左手を上に、二人の手を軽く握り、やんわりと引きはがそうとした。

 すると、クラリスも左手を俺の左手に添えるように置き、一言。


「ごめんなさい、ヨハン。私も楽しみにしていたのだけれど……」


「僕だって……興奮して、つい――」

 

 ヨハンも手を添えようとしてきたときだった――

 ヨハンの口が、そして体がまた震え始めた。


 どうした――!?

 今度は何が起きた!?


 ヨハンの視線は見開き、まるで目の前に信じがたい光景が広がっているかのようだった。そこへ、ようやく絞り出すように呟く。


「マルス君、クラリスさん……僕、どうやら本当に具合が悪いみたいだ。それに、ラースは【剣神】とエリーさんを探しているだけなんだ。彼らさえ姿を見せなければ、ここでは動かないはず……ラースを追っていた奴らを早く止めた方がいい。じゃあ、また明日」


 不気味な笑顔を残すと、ヨハンは足早にうろつく執事の下へ戻って行く。


 なんだ……?

 何かに気づいたのか……?


 俺とクラリスは少しの間、その場で顔を見合わせていた。

 ヨハンが何に気づいたのか。

 ただ、ずっとここで考えているわけにもいかない。


 アイクたちを止めないと……。

 と、その時、クラリスを誘う声が。


「マルス、クラリスとも話しておきたいんだがいいか?」


 振り返れば、ビートル辺境伯。


「はい! お願いします! クラリス、すぐ戻ってくる!」


 クラリスをビートル辺境伯に預け、アイクたちが出て行った扉へ急いだ。

活動報告を見てください~

SSというかスピンオフというか、、、


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― 新着の感想 ―
気づいた?何に?にしても、てっきりクラリスさんのオート魅了にかかったのかと…そこまでギャグじゃなかったw どうなることやら、続きが楽しみです!
ヨハンも不気味だけど気の毒な奴よのう。 気付いたって、やはりマルスとクラリスの正体か?
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