第524話 ダンス
「――何!? 未来が視える、だと……!?」
諸々のことを、リーガン公爵邸の応接室にて皆に共有するとセレアンス公爵の声が響く。
「そうです。だからあの場では説明することができなかったのです。ですが、天界石が散りばめられたこの屋敷であれば、相手の魔眼を封じることはできます」
その一言に、セレアンスだけでなく、フレスバルド公爵、スザク、そしてビラキシル侯爵までもが目を細め、深く頷いた。
「で、ここで叩く――ということか……」
フレスバルド公爵が重々しく呟く。
だが、俺はそこで口を開いた。ヨハンから得た、もうひとつの情報を伝えねばならなかった。
「……ですが、ひとつ懸念があります。ヨハン曰く、相手は何かあった場合、暗黒魔法で生徒を操ってくる可能性が高いと」
その場にいた全員が目を見開く。
予め暗黒魔法が使える者がいると伝えていたリーガン公爵すらも。
しかし、セレアンス公爵だけは暗黒魔法よりもヨハンの方が気になったようだ。
「なにっ!? ヨハンだと……!?」
セレアンス公爵が椅子から立ち上がり、鋭く俺を睨みつける。
「マルス! 貴様……まさかヨハンと通じているのか!」
「そう思われても仕方ない行動を取っているのは、承知の上です。けれど――ヨハンと手を組んでいるのは、未来視を駆使し、暗黒魔法で多くを操る者を止めるためです」
「な、なんだと……!? 暗黒魔法だと……?」
ここでようやくセレアンス公爵が暗黒魔法というワードに反応する。
「ヨハンの目的は、その者を殺すこと。彼はこうも言っていました――獣人を攫う依頼を受けていると。十中八九、それはそいつからの依頼だと思われます」
セレアンス公爵の歯ぎしりする音が聞こえる中、俺は一歩前に出る。
「そして……最後にひとつ、問わせてください。僕が獣人を獣と呼ぶ者に対して何も感じないと思っているのですか?」
まっすぐセレアンス公爵の目を見据える。
すると、公爵は頷き、一言――
「……すまなかった」
どうやら分かってもらえたようだ。
「これで、皆も納得できたと思います。ですが、生徒を人質に取られる可能性……もしかしたら、すでに取られているとなると今この場での決行は、躊躇わざるを得ません」
リーガン公爵が、皆の注目を集める中、俺に意見を求めるようなまなざしで見つめる。
それに応えるように、俺も周囲を見渡した。
「はい。それについてもヨハンと戦っている最中、彼がこのようなことを口にしていました。『これまで虐げてきた者たちの怨念が集まる場所――そこが、奴の死に場所だよ』、と」
「……そうですか……マルス、一つ教えてください。ヨハンを操り、未来視と暗黒魔法を駆使するその人物は誰なのですか?」
皆の注目が俺に集まる。
いつかは訊かれると思っていたことだ。
「ミリオルド公爵の執事……公爵家を裏から操り、ディクソン辺境伯の背後に潜んでいた男――ラースです」
☆☆☆
ラースを巡る激しい議論が応接室で渦巻く中、クラリスが静かに俺の手を引き、そっと部屋を後にした。
扉の向こうでは、公爵たちが声を潜めながらも、必死に情報を整理していることだろう。
ラースという男が、かつて滅んだはずの魔王ラースの落胤ではないか……あるいは、魔王本人が生き延びていたのでは――という話まで、俺が部屋を退出するときに飛び交っていた。
転生術で転生してきた存在であると明かすこともできた。
だが、彼らには転生という概念そのものがないかもしれない。理解が追いつかない以上、今は黙っておこうと思ったのだ。
それに伝えたところで、大局は変わらないだろう。
未来視。そして暗黒魔法。それだけでも、十分すぎるほどの脅威だ。
さらに、俺と拮抗する実力を持つヨハンでさえ、単独では勝てず、俺に助力を求めるほどの相手。
ラースという男の強さは、それだけで誰の目にも明らかだ。今さら俺が語るまでもない。
……ただ、朝から張り詰めた空気の中に身を置き続けていたせいで、気づけば心も身体も硬くなっていた。
そんな俺の様子を、クラリスは言葉もなく感じ取ってくれていたのだろう。
「ねぇ、マルスって……ダンス、したことある?」
「うーん……授業でやったことはあるけど、それ以外では……あんまりないな。しかも、もうけっこう前の話だし」
苦笑交じりに答えると、クラリスがくすっと笑った。
正直に言えば、俺は舞踏会や社交の場の空気があまり得意ではない。
それは、クラリスも同じだった。
貴族として必要な礼儀作法は一通り叩き込まれている。
だが、ダンスの授業を受けるくらいなら、剣を振っていたい。
余暇のほとんどを訓練にと思って生きてきたからな。
そう思うところまで、俺たちはよく似ていた。
「じゃあ……ちょっと練習しない?」
そう言って、クラリスが柔らかく微笑む。
「ああ――なら、俺と一緒に踊ってくれるか」
俺は彼女の前に立ち、恭しく右手を差し出す。
すると、クラリスは照れたように微笑みながら、そっとその手の上に自分の手を重ねた。
そのまま、俺たちは静かに向き合い、そっと一歩ずつ足を運びながら、ゆるやかに踊り始めた。
「良かった。最初にマルスと踊りたかったんだ」
そう言って、クラリスは俺の胸元に身を預けてくる。
そうか……一時間後には、クラリスがたくさんの男たちと、こうして踊ることになるのか。
舞踏会が開かれれば、クラリスは注目の的。
ラースたちは警戒していたから近寄って来ない可能性があるかもしれないが、他の貴族たちは競ってクラリスの手を握りに来ることだろう。
考えるだけで、胸の奥がざらついた。
クラリスの細い腰に添えた手を、思わず少しだけ強く抱き寄せてしまう。
それに気づいたのか、クラリスが首を傾げた?
「どうしたの?」
「一時間後にクラリスがこうやって別の誰かと踊っていると思ったら……」
素直に答えると、クラリスがさらに密着し、俺の胸に顔をくっつける。
「それは、マルスもでしょ?」
そう……だからこそ、クラリスがこうやって誘ってくれたのだ。
お互いの温もりや香りをマーキングするように密着し、ホールで踊る。
やがて、招待された貴族たちが次々と屋敷の中へ足を踏み入れてくる。
その多くは数日前にも顔を見せていた面々――バロンの父・ラインハルト伯爵、コジーラセ男爵など。
だが、その中には先日姿を見せなかった者たちも混じっていた。
「マルス、久しぶりだな。クラリスも元気そうだ」
声の方を振り返ると、そこには懐かしい顔。
「お久しぶりです! ヒュージ様!」
【氷帝】のリーダー、ヒュージ。考えてみればこの人も伯爵位――確かサザーランド伯爵だったな。
そしてその後ろから、さらに賑やかな一団が姿を現す。
「こんなところに招待されるとは思わなかったぞ?」
現れたのは、リュート、ヒルダ、マチルダを引き連れたミックだった。
クラリスは俺の腕からそっと離れ、ミックの前に挨拶に行く。
――A級冒険者たちが続々と集結するこの光景。
ここでケリをつけたいと思うリーガン公爵の思惑が透けて見える。
ジークやグレイたちの姿も見え、会場は一気に華やぎと緊張感が交錯し始める。
そして、最後に現れたのが――あいつらだった。
「やあ、マルス君。今日は楽しませてもらうよ。クラリスさん、あとでぜひ僕と一曲、踊ってくれないかな?」
にこやかに声をかけてきたのはヨハンだった。
その後ろには、ミリオルド公爵、そして仮面をつけた二人の執事――
もちろん、そのうちの一人が、ラースだ。
仮面の奥から視線を感じた気がして、俺は無言でそいつを睨み返す。
心に仮面を被った舞踏会の幕が、上がろうとしていた。
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